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藤江 均



19
名前 ふじえ ひとし
生年月日 1986年1月27日
経歴 上宮太子高−NOMOベースボールクラブ−東邦ガス−横浜(08年D2位)−楽天ー米ランカスター
入団年 08年にドラフト2位で入団
在籍年 09年−14年
背番号 09年−14年[19]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
野茂 英雄
上宮太子高の3年から投手に転向。大学、社会人からの誘いがなかったため野球を諦めかけていたが、近所に誕生した元メジャーリーガーの野茂 英雄がオーナーを務めるNOMOベースボールクラブの入団テストを受けて合格。当初は練習もさぼりがちだったが、監督から連絡を受けていた野茂が練習を見に来た際に「オマエか!」と藤江を捕まえた事をきっかけに目をかけられて「やるもやらんもお前次第、でも、もったいないで」と背中を押されて徐々に練習にも身を入れるようになっていった。


横浜入団
野茂からフォークの親指の使い方と縫い目のかけ方を伝授されて打者に見切られにくいストレート回転のフォークを手に入れた。05年には全日本クラブ野球選手権で初出場初優勝に貢献、最優秀選手賞を獲得した。また同年には野茂から「生意気なくらい気持ちを前面に出す投球を貫け」という言葉を貰った。08年に東邦ガスに入社すると同年の都市対抗では2試合で27奪三振を奪う力投を見せた。同年オフのドラフト会議で横浜から2位指名を受けて入団した。

初登板
5月7日の巨人戦で初登板初先発。初回に小笠原のピッチャー強襲のライナーを受けたが、続くラミレスをショートゴロに打ち取ると、5回まで3安打、無四球という素晴らしいピッチングを見せた。6回裏には無死二、三塁というピンチを背負ったが松本をスクイズ失敗の併殺にしとめるなどで無失点で切り抜けた。だが7回裏に李にソロを運ばれた所でマウンドを降りると、8回裏に山口が3被本塁打を打たれて逆転を許して、初登板初勝利はならなかった。試合後には山口から頭を下げられたが、藤江は「野球をやっている者同士、誤る必要なんかない」と山口をかばった。

イースタン3冠
好投から1週間後の巨人戦で3回途中4失点でKOされてしまうと、6月19日の西武戦ではモーションを盗まれて4盗塁を許すなど3回5失点と結果が残せなかった。だが二軍で9勝3敗、防御率1.97で最多勝、最優秀防御率、最高勝率の3冠に輝くと、シーズン終盤には一軍に復帰して、まずまずのピッチングを見せた。

初勝利
10年は開幕第3戦の阪神戦で先発を任されると、5.1回を3安打、2四球で1失点に抑えて初勝利を記録した。同勝利は尾花新監督の初勝利でもあったため、藤江はウイニングボールを尾花監督に手渡したが、尾花監督は気前良くスタンドに投げ入れてしまって、その後に回収されて藤江の元にウイニングボールが戻ってくるハプニングがあった。同年は初勝利の次試合で初回7失点KOで二軍落ち。夏場に復帰すると8月12日の中日戦で6回一死まで完全投球を見せたが、続く試合で7失点と好不調の波が激しく一軍定着はならなかった。

飛躍
11年の開幕は二軍で迎えたがイースタンリーグで防御率1.74という好成績を残して6月25日に一軍昇格。7月に12試合に登板して自責1(防御率0.63)を記録。徐々に勝ちゲームでの起用が増えたが安定感のあるピッチングは変わらず6月下旬からの合流にもかかわらず47試合に登板して3勝0敗15ホールド、防御率1.58、被安打率.204という素晴らしい成績を残した。

開幕直後にインフルエンザ
12年は開幕一軍となったが開幕直後にインフルエンザを発症して1試合も投げないまま登録抹消となってしまった。5月1日に一軍に復帰すると同月に11試合の登板で14.1イニングを投げて被安打5、3四球の防御率0.00という素晴らしい成績を残す。その後も防御率0点台の安定した活躍を続けたが、7月6日の中日戦では0対0の同点で迎えた延長10回裏に和田にレフトスタンドへ運ばれてサヨナラ負け。11日のヤクルト戦では5対2とリードして迎えた8回裏に4安打を集中されて4失点と徐々に疲労の色が見え始める。

ラスト2試合…
オールスター休みが明けるとそこから12試合連続無失点を記録するなど中継ぎエースとして活躍。9月になると球威が落ち始めて複数の走者を出す試合が目に付くようになったが何とか試合を作って、初セーブを記録した10月3日のヤクルト戦終了時点では防御率2.02という好成績を残していた。だが同年の東京ドーム初勝利がかかった10月7日の巨人戦で延長10回裏に代打矢野にサヨナラホームランを被弾して史上24人目で球団初となる1球敗戦を記録。その翌日のホーム最終戦では引退試合の石井琢に四球を与えるなど2者連続の押し出しを含む4四死球で走者を溜めると最後は廣瀬に満塁ホームランを浴びて6失点と大幅に数字を落としてしまった。

まさかの戦力外
投手キャプテンに就任した13年はシーズンの大半を二軍で過ごしたが、8月下旬に一軍へ昇格すると9月には12試合に登板して月間防御率0.66を記録した。翌14年は4月下旬に一軍へ昇格したが、5月18日の阪神戦で同点で迎えた6回裏に鳥谷に勝ち越しソロを打たれてしまうと、そこから3試合連続失点を記録して登録抹消。7月2日に再昇格を果たしたが、7月14日の広島戦で2点を勝ち越して迎えた延長12回裏にマウンドに上がったが、先頭廣瀬への四球から堂林にツーベース、菊池に2点タイムリーと打ち込まれて再び登録抹消。その後は再昇格を果たせずシーズンを終えると、戦力外という厳しい判断を告げられた。

::
入団テストを経て楽天に入団したがわずか2登板に終わって2年連続の戦力外通告を受けた。トライアウトを受験したが獲得希望球団は現れず、翌16年はアメリカ独立リーグのランカスターと契約したがビザの審査がなかなか下りず、7月中旬になってようやくチームに合流、ビザの有効期限の関係で2か月弱のプレーに留まったが22試合に登板して防御率4.50を記録した。同年オフに現役を引退。引退後はなんばで395円で焼き肉が食べられる39ごりらを開店した。





初記録
初登板 09年5月7日巨人戦
初勝利 10年3月28日阪神戦
初奪三振 09年5月7日巨人戦:坂本から
初完投
初セーブ 12年10月3日ヤクルト戦


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
09 横浜 9 0 0 0 4 0 37.1 54 8 10 1 24 3 0 31 27 6.51
10 横浜 15 0 0 2 3 0 40.2 54 10 11 3 34 1 0 36 34 7.52
11 横浜 47 0 0 3 0 0 45.2 33 2 12 3 41 2 0 8 8 1.58
12 横浜 52 0 0 3 5 1 49.2 37 4 18 2 42 2 2 18 18 3.26
13 横浜 25 0 0 3 1 0 28.1 20 0 5 1 21 1 0 5 4 1.27
14 横浜 16 0 0 1 1 0 15.1 19 3 6 0 14 1 0 12 8 4.70
15 楽天 2 0 0 0 0 0 5.1 7 0 3 0 2 1 0 4 4 6.75
球団 6年 164 0 0 12 14 1 217.0 217 27 62 10 176 10 2 110 99 4.11
通算 7年 166 0 0 12 14 1 222.1 224 27 65 10 178 11 2 114 103 4.17


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
09 横浜 10 10 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 8 0 1 .100
10 横浜 15 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 8 0 0 .000
11 横浜 47 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
12 横浜 52 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
13 横浜 25 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 横浜 16 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 楽天 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 6年 165 23 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 18 0 1 .043
通算 7年 167 23 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 18 0 1 .043


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
09 湘南 18 1 9 3 0 96.0 69 6 20 79 29 21 1.97
10 湘南 17 0 3 1 3 36.1 29 2 10 30 12 10 2.48
11 横浜 9 0 0 0 0 10.1 8 1 0 12 2 2 1.74
12 横浜 3 0 0 0 0 3.0 1 0 0 0 0 0 0.00
13 横浜 20 0 3 0 0 23.0 22 3 3 22 10 9 3.52
14 横浜 18 0 2 1 2 17.1 25 1 1 11 12 10 5.19
15 楽天 17 0 0 2 0 19.2 18 3 10 20 9 9 4.12
通算 7年 102 1 17 7 5 205.2 172 16 44 174 74 61 2.67







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年