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林 昌範



24
名前 はやし まさのり
生年月日 1983年9月19日
経歴 市立船橋高−巨人(01年D7巡目)−日本ハム−横浜
入団年 12年に日本ハムから移籍
在籍年 12年−
背番号 12年−[24]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
巨人入団
友人の誘いで小学校2年から野球を始める。船橋市立七林中ではエースで4番を勤め、市立船橋高では投手兼外野手でプレー。2年時にスカウトに挨拶を受けるなど期待されていたが、3年の4月にレフトを守っていた際にセンターと激突して負傷。センターの選手は救急車で病院搬送となり、林も足首を痛めたが、監督に「人を病院送りにして自分も下がるのか」と脅されて、走れない状態のまま試合に出続けたが、試合後に骨折が判明。同年のドラフト会議で巨人から7巡目指名を受けて入団した。

初登板
ルーキーイヤーはイースタンリーグで12試合に登板して防御率6.38という成績に終わったが、翌03年にはイースタンリーグで先発として起用されて2勝3敗、防御率3.36を記録して一軍昇格。初登板初先発となった6月28日の中日戦では6回まで無安打、1四球という素晴らしいピッチングを見せる。7回裏に立浪にセンター前ヒットを打たれて大記録を逃したが7回を1安打、2四球で無失点に抑える圧巻の内容でデビュー戦を飾った。だが打線が中日の山本昌に封じ込まれて得点を奪えず初勝利は逃してしまった。

10代で勝利投手
その後も先発として起用されたが投打の噛み合わせが悪く、なかなか初勝利とはいかなかったが、8月14日の中日戦で8回まで3安打に抑える素晴らしいピッチングを見せると、2対0とリードして迎えた9回裏にアレックスのタイムリーで1点を返されて初完投初完封は逃したが、後続はサンタナが締めて林に初勝利が記録された。林はまだ19歳10ヶ月でドラフト制以降に巨人へ入団した投手が10代で勝利投手になったのは堀内、新浦、槙原、斎藤雅、桑田、條辺、真田に次ぐ8人目の快挙だった。

11奪三振
初勝利の翌週の横浜戦では初回にウッズのツーランなどで3点を失ったが、2回表に3三者連続三振を奪うなど8イニングで11奪三振を記録して2勝目を上げる。同年はそのままシーズンの最後までローテーションを守って3勝3敗、防御率3.22を記録した。

6連敗
04年は開幕第5戦となった4月7日の中日戦で先発して7回を2安打、2四球で1失点に抑える上々のスタートを切ったが、4月13日の中日戦で9対9の同点で迎えた9回表から4イニングのロングリリーフで起用されるなど堀内監督に先発、リリーフの両面で起用された事で疲労が溜まったのか6月24日の中日戦から6連敗を喫して3勝9敗、防御率4.89という成績に終わってしまった。

交流戦初セーブ
05年は中継ぎとして起用されて開幕から好投を続けた。同年から始まった交流戦初戦となった5月6日の楽天戦で9回表が終わって巨人が8対2と大差をつけていたが、9回裏にミセリに代わって抑えを任されていた久保が死球から崩れるとロペスに満塁ホームランを運ばれて2点差に追い上げられてしまう。ここで急遽マウンドに上がった林はトレーシーの四球で歩かせたが、続く山崎、佐竹を打ち取って見事に自身2つ目のセーブを記録した。他球場ではセーブが記録されなかったため、林が交流戦史上初のセーブ投手となった。

抑え
交流戦で15試合に登板して防御率0.00を記録。徐々に9回のマウンドを任される様になると、球宴明けからは抑えに定着して54登板で2勝2敗18セーブ、防御率1.61という素晴らしい成績を残した。翌06年も中継ぎとして62試合に登板して4勝4敗、防御率2.88を記録するなど不安定な巨人リリーフ陣の中で孤軍奮闘した。

5000
07年5月2日の中日戦。3対3の同点で迎えた9回裏から林がマウンドに上がって2イニングを無失点に抑えると、巨人打線が延長11回表に岩瀬を攻めて代打ホリンズのタイムリースリーベースなど2点を勝ち越し、その裏はストッパーに転向した上原が三者凡退で初セーブを記録して逃げ切った。もちろん林が勝利投手になったが、この勝利は巨人の通算5000勝という歴史的な白星だった。

オールスター出場も
07年は開幕から好投を続けてオールスターにもファン投票で初選出を果たしたが、前年から痛めていた肘痛が影響したのか7月に入ると状態を崩し、球宴明けの7月25日の横浜戦では9回表にマウンドへ上がったが小池のツーベース、吉村のツーラン、相川のセンター前と打ち込まれてしまうと、非力な野中に初本塁打となるツーランを運ばれて4失点。続く広島戦でも2失点を喫して登録抹消になってしまった。

日本ハム移籍
同年のクライマックスシリーズ第2ステージで復帰して無失点に抑えたが、同年のオフに右肘のクリーニング手術を行った。手術明けとなった08年はイースタンリーグで18試合に登板して防御率0.43を記録。一軍でも夏場以降は結果を残したが、同年のオフに二岡と共にマイケル中村、工藤とのトレードで日本ハムへ移籍した。

巨人から移籍後初勝利
09年は古巣との初対決となった5月19日の巨人戦で6回表にリリーフして李、谷から連続三振を奪うなど三者凡退に抑えて勝利に貢献。翌日の巨人戦では4対4の同点で迎えた6回表無死一、三塁という厳しい場面で起用されたが、亀井を空振り三振、阿部を空振り三振で三振ゲッツーに仕留めて見事に無失点で切り抜けた。その裏に高橋、ヒネメスの連続ホームランが飛び出して林に移籍後初勝利が記録された。

日本シリーズで好投
同年には46試合に登板して防御率3.33を記録。クライマックスシリーズでは第2ステージの初戦でリードされて迎えた9回表途中に登板すると鉄平にホームランを打たれて決定的な追加点を奪われてしまったが、その裏にスレッジが逆転満塁サヨナラホームランを放つなどで4点差をうっちゃって9対8で大逆転勝利となり林が勝利投手になった。救われた林は続く第3戦、第4戦は打者5人をパーフェクトに抑えて日本シリーズ進出に貢献。古巣巨人との間で行われた日本シリーズでも5試合に登板して3.2回を2安打、無四球に抑える活躍を見せた。

横浜入団
10年は6月5日の巨人戦で5対3とリードした7回裏にマウンドへ上がったが代打谷を四球、坂本にセンター前ヒット、高橋由にライトスタンドへスリ−ランという形で逆転を許して敗戦投手になるなど結果が残せず登録抹消となってしまった。だが8月に復帰するとそこから19試合に登板して自責点1、18.1回を投げて8安打、4四球という好成績を残した。翌11年はイースタンリーグでは34試合に登板して防御率2.27を記録しながら、一軍ではわずか5試合しかチャンスを貰えず同年のオフに戦力外通告を受けて退団。横浜DeNaに入団した。

タイロンウッズ
横浜と中日に所属したタイロン・ウッズに通算で2本塁打を含む17打数10安打、5四球と手ひどく打ち込まれているが、林は何を思ったのか愛犬のトイプードルを「林タイロンウッズ」と名付けた。
03 04 05 06 07 08 09 10 11
オールスター 1回
  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
03 巨人 15 0 0 3 3 0 72.2 73 10 25 5 87 1 0 28 26 3.22
04 巨人 25 0 0 3 9 0 106.2 117 14 49 6 91 5 0 65 58 4.89
05 巨人 54 0 0 2 2 18 67.0 45 6 35 2 67 6 1 13 12 1.61
06 巨人 62 0 0 4 4 0 56.1 45 4 16 2 54 3 0 22 18 2.88
07 巨人 41 0 0 2 1 3 38.1 34 6 9 0 42 1 0 14 14 3.29
08 巨人 11 0 0 0 0 0 10.2 15 3 12 1 14 2 0 12 8 6.75
09 日本ハム 46 0 0 3 2 0 46.0 35 3 25 3 42 4 0 17 17 3.33
10 日本ハム 36 0 0 2 2 0 30.2 20 3 9 0 25 0 0 12 9 2.64
11 日本ハム 5 0 0 0 0 0 4.0 10 0 3 0 2 0 0 6 6 13.50
通算 9年 295 0 0 19 23 21 432.1 394 49 183 19 424 22 1 189 168 3.50
  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
03 巨人 17 26 1 3 1 0 0 4 3 0 0 2 0 0 0 15 1 2 .115
04 巨人 26 27 1 2 1 0 0 3 1 0 0 4 0 0 0 17 0 1 .074
05 巨人 54 3 0 2 0 0 0 2 2 0 0 0 0 0 0 1 0 1 .667
06 巨人 62 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
07 巨人 41 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
08 巨人 11 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
09 日本ハム 46 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
10 日本ハム 36 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
11 日本ハム 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 9年 298 57 2 7 2 0 0 9 6 0 0 6 0 0 0 33 1 6 .123
  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
09 日本ハム 5 0 0 0 0 0 3.2 2 0 0 0 4 0 0 0 0 0.00
通算 1年 5 0 0 0 0 0 3.2 2 0 0 0 4 0 0 0 0 0.00
  プレーオフ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 巨人 2 0 0 0 0 0 1.2 0 0 1 0 3 0 0 0 0 0.00
09 日本ハム 3 0 0 1 0 0 2.2 1 1 0 0 2 0 0 1 1 3.38
11 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0.2 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0.00
通算 3年 6 0 0 1 0 0 5.0 1 1 2 0 5 0 0 1 1 1.80
  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 1回 1 0 0 0 0 0 1.0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
02 巨人 12 0 0 0 0 18.1 27 6 10 15 18 13 6.38
03 巨人 14 1 2 3 0 59.0 67 4 30 54 31 22 3.36
04 巨人 1 0 0 0 0 6.0 0 0 1 11 0 0 0.00
08 巨人 18 0 1 1 5 21.0 13 0 5 26 2 1 0.43
09 日本ハム 8 0 0 0 1 14.0 12 1 6 13 5 5 3.21
10 日本ハム 18 0 1 1 1 16.2 14 2 3 12 5 5 2.70
11 日本ハム 34 0 0 3 6 31.2 26 0 14 24 9 8 2.27
通算 7年 105 1 4 8 13 166.2 159 13 69 155 70 54 2.92





菊地 和正



30
名前 きくち かずまさ
生年月日 1982年6月27日
経歴 樹徳高−上武大−日本ハム(04年D6巡目)−横浜
入団年 12年に日本ハムから移籍
在籍年 12年−
背番号 12年−[30]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
日本ハム入団
小学4年生までは水泳教室に通っていたが、辞めたら母親に他のスポーツをするように言われて野球を始めた。中学まで内野手で樹徳高の1年時からピッチャーも始めたがレギュラーになる事は出来なかった。上武大に進学するとエースとして活躍し、04年のドラフト会議で日本ハムから6巡目指名を受けて上武大から始めてのプロ野球選手になった。

一軍登板2試合で
ルーキーイヤーはシーズン終盤の9月25日オリックス戦で初登板のマウンドに上がって1イニングを三者凡退に抑えたが、翌06年は一軍登板なしに終わった。07年も10月2日の楽天戦でようやく同シーズンの一軍初登板を果たすと、この試合で2イニングで3奪三振を奪う好投を見せる。同年のクライマックスシリーズで一軍登板はまだ2試合の菊地が第2ステージの4戦で起用されて代打堀をセンターフライ、今江をファーストゴロに打ち取って無失点で抑えた。続く日本シリーズでも第2戦で起用されたが森野にツーランを運ばれてマウンドを降りた。

開幕一軍
08年はイースタンリーグで防御率2.77という好成績を残したが、一軍では11試合登板で防御率9.90と結果を残せなかった。だが同年から本格的に肉体改造を行った菊地は、翌09年のオープン戦で好投を続けて開幕一軍を勝ち取ると、開幕から勝ちゲームのリリーフとして10イニング連続無失点という好投を見せる。

初勝利
4月15日のオリックス戦では11対4と大量リードした7回表一死一塁で起用されてフィルナンデスを見逃し三振、日高をサードゴロに打ち取って無失点で抑えた。同試合は先発投手の交代時は同点であり、勝ち越し時に投げていた宮西は0.2回を投げたがカブレラのソロで1点を失っていたため菊地に初勝利が記録された。菊地は宮西が勝利投手だと思っていたが、試合後の場内アナウンスを聞いて「今菊地って言ったな…って。オレなのかな」と思っていると、投手コーチの吉井から抱きついて祝福されて初勝利を確信した。

村田に2試合連続本塁打を喫す
5月27日に相模原で行われた横浜戦で4対4の同点で迎えた7回裏からマウンドに上がったが、8回裏に村田にライトスタンドへ勝ち越しソロを運ばれて初の敗戦投手になった。続く29日の横浜戦でも2対0とリードした6回裏からマウンドに上がったが村田にソロを運ばれてしまった。6月11日に札幌ドームで行われた横浜戦では8対3とリードした7回表からマウンドに上がると、7回表を三者凡退、8回表には内川にライト前ヒットを打たれたが、続く村田は変化球のサインに首を振ってストレートで空振り三振に切って取って2イニングを無失点に抑えた。

初めてのお立ち台
7月に調子を落としたものの8月15日の西武戦で1イニングを三者凡退に抑えて3勝目を記録するなど、この時点で44試合登板とチームに欠かせない戦力として活躍。その後チームを襲ったインフルエンザ騒動で10日間の戦線離脱となってしまったが、登録即登板となった8月29日のソフトバンク戦で2回を無失点に抑えてスレッジと共に初めてのお立ち台に上がった。菊地は「タミフルにありがとうと言いたかったです」と発言して笑いを誘った。なお菊地は療養中は好物のカレーではなく刺激の少ないハヤシライスで英気を養ったとか。

リーグ優勝に貢献
同年には58試合に登板して5勝2敗、防御率3.67、イニング数を上回る62奪三振という素晴らしい成績を残してチームのリーグ優勝に貢献。日本シリーズでは第3戦で3対5とリードされた7回裏にマウンドに上がって脇谷をセカンドゴロ、代打古城をレフトフライ、坂本をセンターフライで三者凡退に抑える。するとその直後の8回表に巨人のミスで1点差に追い上げたが、続投した菊地が8回裏に小笠原を四球で歩かせると、ラミレスにサード内野安打を打たれてしまう。ここで菊地はマウンドを降りたが後続も打たれて試合を壊してしまった。

横浜移籍
10年は春のキャンプで守備練習をした際に右手薬指を亀裂骨折して離脱。7月18日の楽天戦で一軍復帰登板を果たすと、そこから17試合に登板して、防御率1.45を記録した。翌11年はイースタンで38試合に登板して防御率2.87を記録したが、層の厚い一軍投手陣には食い込めず一軍登板なしに終わると、同年のオフに戦力外通告を受けて退団。12月11日に横浜DeNAに入団した。
  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
05 日本ハム 1 0 0 0 0 0 1.0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
07 日本ハム 1 0 0 0 0 0 2.0 1 0 1 0 3 0 0 0 0 0.00
08 日本ハム 11 0 0 0 0 0 10.0 17 1 3 0 4 0 0 11 11 9.90
09 日本ハム 58 0 0 5 2 0 61.1 59 5 11 2 62 2 0 25 25 3.67
10 日本ハム 17 0 0 1 1 0 18.2 18 0 6 0 13 0 0 4 3 1.45
通算 5年 88 0 0 6 3 0 93.0 95 6 21 2 83 2 0 40 39 3.77
  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
05 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
07 日本ハム 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
08 日本ハム 11 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
09 日本ハム 58 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
10 日本ハム 17 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 5年 88 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0.2 3 1 1 0 0 1 0 2 2 27.00
09 日本ハム 1 0 0 0 0 0 1.1 1 0 1 0 0 0 0 2 2 13.50
通算 2年 2 0 0 0 0 0 2.0 4 1 2 0 0 1 0 4 4 18.00
  プレーオフ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 日本ハム 1 0 0 0 0 0 1.0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
09 日本ハム 1 0 0 0 0 0 1.0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
通算 2年 2 0 0 0 0 0 2.0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
05 日本ハム 26 0 3 6 2 69.1 78 4 32 32 42 41 5.32
06 日本ハム 18 0 1 3 0 52.1 59 6 22 31 27 23 3.96
07 日本ハム 24 0 5 3 0 46.0 48 7 13 31 28 23 4.50
08 日本ハム 33 0 1 3 6 55.1 54 2 18 40 20 17 2.77
09 日本ハム 2 0 0 0 0 2.0 6 0 1 4 3 1 4.50
10 日本ハム 23 0 1 1 3 19.2 28 7 7 14 18 16 7.32
11 日本ハム 38 0 2 2 9 37.2 43 1 7 18 13 12 2.87
通算 7年 164 0 13 18 20 282.1 316 27 100 170 151 133 4.24





契約更改(選手コメント
年俸 UP額 旧年俸 UP率
森本 稀哲 8000 ±0 8000 ±0
渡辺 直人 6300 △1000 5300 △19%
石川 雄洋 5700 ▼300 6000 ▼5%
金城 龍彦 5000 ±0 5000 ±0
吉村 裕基 5000 ▼1400 6400 ▼22%
藤田 一也 3900 △350 3550 △10%
下園 辰哉 3700 △500 3200 △16%
内藤 雄太 1750 △700 1050 △67%
細山田武史 1700 △400 1300 △31%
嶋村 一輝 1700 ▼300 2000 ▼15%
中村 紀洋 1500 △1000 500 △200%
松本啓二朗 1300 △160 1140 △14%
荒波 翔 1300 △100 1200 △8%
新沼 慎二 1300 △200 1100 △18%
筒香 嘉智 1200 △300 900 △33%
黒羽根利規 1100 △420 680 △62%
山崎 憲晴 1070 ▼150 1220 ▼12%
井手 正太郎 1000 ▼100 1100 ▼9%
北 篤 750 △80 670 △12%
梶谷 隆幸 640 ▼20 660 ▼3%
大原 淳也 600 ±0 600 ±0
高森 勇気 580 △10 570 △2%
岡賢二郎 520 △20 500 △4%
松下 一郎 310 △10 300 △3%
年俸 UP額 旧年俸 UP率
三浦 大輔 15000 ▼15000 30000 ▼50%
山口 俊 10000 △4600 5400 △85%
山本 省吾 6000 ±0 6000 ±0
清水 直行 5000 ▼20000 25000 ▼80%
江尻慎太郎 5000 △1200 3800 △32%
高崎健太郎 4000 △2200 1800 △122%
牛田 成樹 3200 △600 2600 △23%
加賀 繁 2700 △200 2500 △8%
藤江 均 2500 △1300 1200 △108%
大原 慎司 2200 △1200 1000 △120%
小林 太志 2100 △300 1800 △17%
大沼 幸二 2000 ▼500 2500 ▼20%
須田 幸太 1700 △200 1500 △13%
篠原 貴行 1200 ±0 1200 ±0
加賀美希昇 1100 ▼100 1200 ▼8%
小林 寛 1000 ±0 1000 ±0
国吉 佑樹 1000 △500 500 △100%
小杉 陽太 840 ▼10 850 ▼12%
福山 博之 800 △60 740 △8%
大田阿斗里 750 △30 720 △4%
佐藤 祥万 750 △50 700 △7%
福田 岳洋 720 ▼60 780 ▼8%
田中健二朗 700 ▼120 820 ▼15%
眞下 貴之 650 △100 550 △18%
王 溢正 610 △10 600 △2%
陳 冠宇 600 ±0 600 ±0
ハミルトン 570
ブランドン 570
安斉 雄虎 510 ±0 510 ±0
小林 公太 260 △10 250 △4%
IN
ラミレス 35000
鶴岡 一成 4000
小池 正晃 2900
後藤 武敏 1700
高城 俊人 650 契約金7000
渡辺 雄貴 540 契約金4000
桑原 将志 540 契約金3500
乙坂 智 480 契約金2000
松井 飛雄馬 600 契約金3000
西森 将司 360 支度金300
IN
ジオ 5500
藤井 秀悟 3500
林 昌範 2600
菊地 和正 1500
北方 悠誠 720 契約金8000
佐村トラヴィス幹久 480 契約金2000
古村 徹 450 契約金1500
伊藤 拓郎 450 契約金1500
冨田 康祐 360 支度金300
OUT
村田 修一 22000 巨人へ
スレッジ 18000 日ハムへ
橋本 将 7500
ハーパー 3000
武山 真吾 2000 西武へ
稲田 直人 1850 楽天へ
喜田 剛 1600
早川 大輔 1200 オリ球団職員
桑原 義行 720 球団職員
OUT
大家 友和 10000
リーチ 6000
真田 裕貴 4900 MLBへ
ランドルフ 1000
秦 裕二 900
杉原 洋 600
ゴンザレス 600
松山 傑 520 独立リーグ移籍



通算成績
通算 3547 4437 263
ヤクルト 747 796 54
広島 731 808 53
阪神 676 875 45
中日 667 873 59
巨人 620 930 44
松竹 22 32 3
西日 11 9 0
西武 16 16 0
日ハム 14 17 1
楽天 14 16 2
オリックス 9 22 1
ロッテ 11 20 1
ソフトバンク 9 23 0
ホーム入場者数
11年 1,102,192人
10年 1,209,618人
09年 1,246,967人
08年 1,129,954人
07年 1,231,997人
06年 1,106,511人
05年 976,004人
球団通算
安打 69705
二塁打 11535
三塁打 1254
本塁打 6810
打点 29630
盗塁 4758
三振 48238
併殺打 5986
サヨナラ本 84
勝利 3547
敗戦 4437
セーブ 1000
奪三振 46524
完投 1546
被本塁打 7958
各年度全試合
60年98年
09年10年11年
監督・コーチ
尾花 高夫
中根 仁
川村 丈夫
木塚 敦志
波留 敏夫
井上 純
投手
山口 俊
大沼 幸二
山本 省吾
清水 直行
藤江 均
加賀美希昇
リーチ
秦 裕二
ゴンザレス
牛田 成樹
大原 慎司
福山 博之
眞下 貴之
福田 岳洋
陳 冠宇
杉原 洋
佐藤 祥万
王 溢正
国吉 佑樹
小林 寛
小林 太志
加賀 繁
三浦 大輔
須田 幸太
高崎健太郎
江尻慎太郎
真田 裕貴
篠原 貴行
ハミルトン
大家 友和
田中健二朗
安斉 雄虎
ブランドン
小杉 陽太
大田阿斗里
松山 傑
ランドルフ
小林 公太
捕手
新沼 慎二
細山田武史
黒羽根利規
松下 一郎
橋本 将
岡賢二郎
武山 真吾

内野手
稲田 直人
渡辺 直人
筒香 嘉智
藤田 一也
ハーパー
大原 淳也
高森 勇旗
中村 紀洋
山崎 憲晴
石川 雄洋
嶋村 一輝
村田 修一
北 篤
喜田 剛
梶谷 隆幸

外野手
金城 龍彦
荒波 翔
松本啓二朗
吉村 裕基
内藤 雄太
下園 辰哉
スレッジ
森本 稀哲
井手 正太郎
早川 大輔
桑原 義行


安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック
et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年