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石田 裕太郎



54
名前 いしだ ゆうたろう
生年月日 2002年1月22日
経歴 静清高−中央大−横浜(23年D5位)
入団年 23年ドラフト5位
在籍年 24年−
背番号 24年−[54]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
ベイスターズファンじゃないと
横浜市磯子市出身で幼いころからベイスターズファン、山崎 康晃が憧れの選手だった。野球をやっていた父とソフトボールをやっていた母との間に生まれた。ベイスターズファンの父から「ベイスターズのファンじゃないと野球をやらせない」と言われて小3から野球を始めると同時にハマスタ通いが始まった。小学校の修学旅行には筒香のユニホームを着て参加するほどファンになった。

123キロ
身長が小6で138センチと後にプロ入りする選手としてはかなり小柄で、中学時代に内野手から投手に転向したが高校入学時の球速が123キロと決して目立つ存在ではなかった。そんな中でもプロ入りを諦めず持ち味となるコントロールや回転数の多い球筋に磨きをかけた。

最優秀防御率
静清高在学時に一気に身長が伸びて球速も145キロまで上昇、2年秋からエースとなったが3年夏は開誠館戦でサヨナラ負けを喫して甲子園出場はならなかった。中央大に進学すると1年秋からベンチ入りを果たして、2年秋には亜細亜大戦でマダックスを達成(99球で完封勝利)するなど防御率1.11で最優秀防御率に輝いた。3年春は0勝でチームも最下位に低迷したが、入れ替え戦では第2戦に先発して7回1失点に抑えて残留に貢献した。

横浜入団
3年秋からエースの座をを西舘 勇陽を奪われて、4年春は0勝とドラフトイヤーに厳しい立場に追い込まれた。球速を上げる必要があると考えた石田は投球フォームを研究している後輩に相談してオーバースローからスリークウォーターに変更したところ、最速149キロを計測してシンカーも切れを増すなど手応えを掴んだ。4年秋には亜細亜大戦で7.1回で7安打を打たれながら無失点に抑えて11か月ぶり勝利投手になり、東洋大戦では4安打完封で1部残留を決めた。同年のドラフト会議では憧れの横浜から5位指名を受けて涙を流した。実家から車で20分ほどの距離にある球団寮に入寮すると、選手全員と応援歌が頭に入っているという石田は同期のルーキーたちに先輩たちの説明をするなど新人離れした活躍を見せた?

ハマスタで初登板
開幕から2軍でローテを守って評価を高めると6月9日のソフトバンク戦で先発に抜擢された。初回に栗原、山川の連打などで二死満塁のピンチを背負ったが柳町をファーストゴロに打ち取って無失点で立ち上がると、その裏に牧が満塁ホームランを放って4点を先制、2回表のピンチでは筒香がダイビングキャッチ、3回表にも牧が好守と憧れの先輩たちの強力援護を受けた石田は同年に貯金42を記録する最強のソフトバンク打線を相手にストライクを投げ続けて5回を5安打1四球で1失点に抑え込んで見せた。マウンドを降りてからはベンチで応援を続けて、7回裏に筒香のホームランが飛び出すと腕を大きく突き上げて喜びを表現した。

父の日
球団11人目の初登板初勝利を達成した石田は「ファンでも1勝できるんですね」と喜びに浸った。続く西武戦ではナチュラルにショート回転するストレートで見逃し三振を量産、7回まで2安打無四球と完璧に抑え込むと、8回裏のピンチも切り抜けて9回をわずか95球の無四球でマダックスを達成した。初登板の試合は入院中で現地観戦できなかった父親が来場した父の日に快挙を成し遂げた石田はお立ち台から「いつもありがとう!」と感謝を伝えた。続く7月2日のヤクルト戦でも5回2失点で勝利投手になって3戦3勝を記録した。

4連勝
史上初のオール先発での新人4戦4勝がかかった7月9日の中日戦では5.2回3失点でチームは勝ったが石田に白星は付かず記録達成はならなかった。その後もまずまずのピッチングを続けて8月9日のヤクルト戦では7回2失点で4連勝を達成したが、続く巨人戦ではピッチャー井上に2打席連続でタイムリーを打たれるなど試合を作れず3回で降板すると、そこから4戦連続で4回を投げ切れず抹消となり、ポストシーズンでの登板機会も回ってこなかった。


初記録
初登板 2024年6月9日ソフトバンク戦
初勝利 2024年6月9日ソフトバンク戦
初奪三振 2024年6月9日ソフトバンク戦:周東から
初完投 2024年6月16日西武戦:完封で
初セーブ


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
24 横浜 12 1 1 4 3 0 59.0 76 4 12 0 39 1 0 27 26 3.97
通算 1年 12 1 1 4 3 0 59.0 76 4 12 0 39 1 0 27 26 3.97


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
24 横浜 12 16 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 9 0 0 .000
通算 1年 12 16 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 9 0 0 .000


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
24 横浜 10 0 1 3 0 48.0 48 5 11 46 19 17 3.19
通算 1年 10 0 1 3 0 48.0 48 5 11 46 19 17 3.19