竹田 祐
12
|
名前 |
たけだ ゆう |
| 生年月日 |
1999年7月5日 |
| 経歴 |
履正社高−明治大−三菱重工West−横浜(24年D1位) |
| 入団年 |
24年ドラフト1位 |
| 在籍年 |
25年− |
| 背番号 |
25年−[12] |
| 投打 |
右投げ右打ち |
| 守備 |
投手 |
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|
:する:
大阪府大東市生まれ、プロのアメフト選手だった父親を応援するために幼いころからアメフトを観戦して、父親のチームメイトたちとのアメリカンボールでのキャッチボールで球技に親しんだ。小2の時に友達の誘いで野球大会に参加したことで野球にはまり、家族に野球を始めることを伝えると父親から「選手の役割をパパと交換する?」と尋ねられて「する!」と返答、父親は現役を引退してかねてから準備をしていた整骨院を開業した。父親も小学校時代に所属していたオール住道に入団、父親もコーチに就任して後に監督も務めた。なお弟の剛もアメフトのQBとして立命館大を大学日本一に導くなどスポーツ一家に育った。
:明治神宮大会:
中学では生駒ボーイズに所属、大阪桐蔭高にほど近い場所で育ち、進学時には大阪桐蔭からの誘いも受けたが自主性を重んじる方針にひかれて履正社に進学、1年秋にショートでレギュラーになると、2年秋からエースになり同秋には府大会の大阪桐蔭戦で4失点完投勝利、明治神宮大会では西巻賢二を擁する仙台育英戦で15者連続凡退に打ち取って1失点完投、決勝の早稲田実業戦ではリリーフで6.1回を無失点に抑えてチームの初優勝に大きく貢献した。
:大阪桐蔭:
3年春のセンバツでは初戦の日大三高戦で桜井周斗に投げ勝つなど3試合連続完投を記録、決勝の大阪桐蔭戦でも8回まで3失点に抑えて後に同僚となる徳山との投手戦を演じたが9回表に代打西島に決勝弾を浴びて惜敗した。3年夏の府大会でも準決勝で大阪桐蔭と再戦したが打ち込まれて最後の夏を終えた。
:入江:
明治大学に進学すると1年秋から先発を任されて2年春には4勝0敗、防御率1.96を記録して優勝に貢献した。だが3年時にはコロナウイルスの影響で8月開催となった春のリーグ戦で開幕投手を任されるも早稲田大に打ち込まれて5回4失点、続く慶大戦でも試合を作れず4回途中で降板した。リーグ戦後には気分転換も兼ねて実家に戻ったがモチベーションが上がらず苦しい日々を過ごした。だが前向きにチームを引っ張るエース入江を見て「自分も負けたくない」と奮起、入江の大学引退試合となった3年秋の東大戦では7回二死までパーフェクトに抑えるなど8回1安打に封じ込んで抑えの入江につないだ。
:逆境:
プロ入りする入江から「逆境からの成長」とつづられたボールを送られてエースナンバー11も引き継いだ4年時には春に37.1回を投げて防御率2.89、秋にも34回を投げて防御率1.59を記録、六大学通算11勝まで数字を伸ばした。プロ志望届を提出してドラフト会議の当日はヤクルトから2位指名を受けることになる丸山とともに会見場で吉報を待ったが、3位までならプロ入りの上位縛りだったためドラフト指名はなく、監督に肩を抱かれて会見場を後にした。その写真が新聞に載ると「悔しさを絶対に忘れないために」その記事を実家に張ってエネルギーに変えた。
:2度目のドラフト会議:
社会人の三菱重工Westに入社すると1年目からエースになって日本選手権では1回戦のJFE西日本戦で完封、準々決勝では同年の都市対抗の覇者であるENEOSを相手に9回を投げて1失点、主軸の度会を4打数ノーヒットに抑え込んだ。だがドラフト解禁となる翌年は都市対抗野球の予選から打ち込まれる試合が続いて評価を落とし2度の指名漏れとなった。竹田はお世話になった入江らに報告の電話を入れた後で、大阪から駆け付けた家族と回転ずしを食べに行ったが、いつもは20皿の竹田が3皿しか喉を通らないほどの憔悴した姿を見せた。
:ドラフト1位:
1週間後に実家へ帰った際には「もう1年頑張る。ドラフト1位を目指す。このままでは終われない」と決意表明、動作解析を参考にして上半身主体の投球フォームを修正し、練習やトレーニング、食事の意識レベルも上げて野球漬けの1年を送った。春に自己最速を更新する153キロを記録すると、都市対抗や日本選手権で好投を続けて3度目となったドラフト会議では金丸を外した横浜から1位指名を受けて待望のプロ入りを果たした。
:0勝5敗:
ドラフト前は1位候補には上がっておらず、大学から社会人を経ての入団で年齢も重ねていた事もあって1位指名には疑問の声が上がった。ルーキーイヤーはイースタンリーグの初登板試合で左脛に打球を受けて負傷した影響もあったのか直球の威力が上がらず6月終了時点でイースタンリーグで0勝5敗と苦しんだ。6月中旬から実戦を離れて体の可動域を広げるトレーニングなどを2週間行うと徐々に出力が上がって、8月9日にはイースタンリーグのロッテ戦で7回を6安打無失点に抑えて復調を印象付けた。
:初勝利:
イースタンリーグの好投から6日後の8月15日16時30分に電話があり、1軍で先発予定だったケイが負傷したため翌日にナゴヤドームでの先発が決まったことを告げられた。デーゲームということもあり21時間30分後の登板に間に合わせるために急きょ名古屋に移動して23時に現地に入るドタバタのデビュー戦となったが、竹田は「すごく緊張した」と語ったが初登板とは思えないような落ち着きのあるマウンドさばきでアウトを重ねて6回まで1安打1四球に抑え込み、7回裏の無死一塁も細川を空振り三振、ボスラーをレフトフライ、チェイビスをサードゴロと危なげなく抑えて7回2安打1四球という完璧な内容で初勝利を飾った。なお球団の新人投手が初登板初勝利で7回以上を投げて無失点に抑えたのは野村弘以来37年ぶり2人目の快挙だった。
:ビジター4戦4勝:
東京ドームの巨人戦ではリチャードに特大弾を浴びたが6回を1失点でまとめて2戦2勝、続くハマスタのヤクルト戦では好投も0対0で迎えた6回表に濱田に先制弾を浴びて敗戦投手となったが、翌週のヤクルト戦では村上を3打席連続三振に切って取るなど6回1失点の好投で3勝目を挙げた。9月20日には圧倒的な強さでリーグ優勝に輝いた阪神を相手に6回まで2安打1四球、7回裏に大山のソロで1点こそ失ったが7回1失点に抑えてビジター4戦4勝を記録、激しく2位を争ったチームの救世主になり、2位決定試合になった28日の広島戦でもマツダスタジアムで6回1失点に抑えて勝利に貢献した。CSでは阪神とのファイナル第2戦で先発、初回に不運な形で2失点も5.0回を2失点に抑えて試合を作った。 |
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| 初記録 |
| 初登板 |
2025年8月16日中日戦 |
| 初勝利 |
2025年8月16日中日戦 |
| 初奪三振 |
2025年8月16日中日戦:チェイビスから |
| 初完投 |
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| 初セーブ |
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投球成績
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チーム |
登板 |
完投 |
完封 |
勝利 |
敗戦 |
S |
回数 |
安打 |
本塁 |
四球 |
死球 |
三振 |
暴投 |
ボーク |
失点 |
自責 |
防御率 |
|
| 25 |
横浜 |
6 |
0 |
0 |
4 |
1 |
0 |
37.1 |
23 |
3 |
10 |
1 |
27 |
0 |
0 |
7 |
7 |
1.69 |
|
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| 通算 |
1年 |
6 |
0 |
0 |
4 |
1 |
0 |
37.1 |
23 |
3 |
10 |
1 |
27 |
0 |
0 |
7 |
7 |
1.69 |
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|
打撃成績
|
チーム |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
盗刺 |
犠打 |
犠飛 |
四球 |
死球 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
|
| 25 |
横浜 |
6 |
11 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
3 |
0 |
1 |
0 |
8 |
0 |
0 |
.000 |
|
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| 通算 |
1年 |
6 |
11 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
3 |
0 |
1 |
0 |
8 |
0 |
0 |
.000 |
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|
クライマックスシリーズ投球成績
|
チーム |
登板 |
完投 |
完封 |
勝利 |
敗戦 |
S |
回数 |
安打 |
本塁 |
四球 |
死球 |
三振 |
暴投 |
ボーク |
失点 |
自責 |
防御率 |
|
| 25 |
横浜 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
5.0 |
6 |
0 |
1 |
0 |
5 |
0 |
0 |
2 |
2 |
3.60 |
|
|
|
|
|
|
|
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|
|
|
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|
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|
|
|
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|
| 通算 |
1年 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
5.0 |
6 |
0 |
1 |
0 |
5 |
0 |
0 |
2 |
2 |
3.60 |
|
|
クライマックスシリーズ打撃成績
|
チーム |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
盗刺 |
犠打 |
犠飛 |
四球 |
死球 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
|
| 25 |
横浜 |
1 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 |
0 |
0 |
.000 |
|
|
|
|
|
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|
|
|
|
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|
|
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| 通算 |
1年 |
1 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
2 |
0 |
0 |
.000 |
|
|
二軍投球成績
|
チーム |
登板 |
完投 |
勝利 |
敗戦 |
S |
回数 |
安打 |
本塁 |
四死 |
三振 |
失点 |
自責 |
防御率 |
|
| 25 |
横浜 |
15 |
0 |
2 |
5 |
0 |
63.1 |
76 |
4 |
18 |
45 |
39 |
22 |
3.13 |
|
|
|
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|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| 通算 |
1年 |
15 |
0 |
2 |
5 |
0 |
63.1 |
76 |
4 |
18 |
45 |
39 |
22 |
3.13 |
|
|
|