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石田 健大



14
名前 いしだ けんた
生年月日 1993年3月1日
経歴 広島工業高−法政大−横浜(14年D2位)
入団年 14年ドラフト2位
在籍年 15年−
背番号 15年−[14]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
::
小学校2年時にソフトボールを初めて、仁保中では2年夏の区大会決勝で敗れた悔しさから練習に明け暮れたが、3年夏の大会前に左肘を剥離骨折してマウンドに上がる事ができなかった。

広島球場最後の試合で大敗
広島工業高では1年夏からベンチ入りして、2年春の中国大会では立正大淞南戦で先発を任されて好投、延長10回の末にサヨナラ負けにはなったが、9.1回を1失点に抑えて自信をつけた。3年春の県大会では2回戦で無安打1四球の準パーフェクトを達成するなど好投を続けて同校を30年ぶりとなる県大会優勝に導くと、中国大会も制してスカウトの大きな注目を集めた。だが3年夏の大会前に左肩を痛めてしまうと、プロアマを通じて広島市民球場での最後の公式戦となった県大会準々決勝で制球が乱れて6対11で大敗、広島市民球場の最後の打者にもなった。

二番手
プロ志望届は提出せずに法大へ進学。リーグ戦デビューとなった1年秋の明大2回戦で初回に3四球でピンチを作ったが、ここを乗り切ると5イニングを1失点に抑えて、07年秋の早大の大石以来8季ぶりとなる初登板初勝利を飾った。その後も三上 朋也に次ぐ先発2番手として起用されて3勝を記録。2年秋には三嶋 一輝に次ぐ2番手として3勝を記録して7季ぶりの優勝に貢献したが、優勝がかかった最終の明大戦は2戦ともに三嶋が先発(2日連続完投)となり、大舞台を任せてもらえなかった悔しさを味わった。

横浜入団
3年春には慶応戦で4安打、15奪三振という圧巻の内容で初完封を達成するなど4連勝を記録したが、2戦連続で先発を任された明大戦ではともに5失点と打ち込まれて優勝は逃してしまった。エースとなった4年春には東大戦で4安打、13奪三振の完封勝利を上げたが3勝4敗と負け越してしまうと、4年秋は左肩痛に悩まされて開幕から6連敗を喫するなど1勝6敗に終わり大幅に評価を下げたが横浜から2位指名を受けて入団した。

初勝利
ルーキーイヤーは左肩痛で出遅れたが6月30日にイースタン・リーグの楽天戦で8回2失点、10奪三振を記録すると、これが評価されて7月14日に一軍昇格、初先発初登板となった同日の巨人戦では変化球の制球に苦しんで4回3失点で降板となったが、続く22日のヤクルト戦では敗れはしたが7回を2失点に抑えて中畑監督に「大合格」と絶賛された。続く巨人戦も6回無失点で白星がつかなかったが、8月6日の中日戦でリーグを代表する左腕の大野と投げ合って8回を3安打、1四球、9奪三振で1失点とほぼ完璧に抑え込んで初勝利を記録した。

好投も
8月13日の巨人戦も6回途中2失点でチームの勝利に貢献すると、続く20日のヤクルト戦では6回1失点に抑えて2勝目を記録。お立ち台に上がった石田は「ここに立つのが第一歩だと思う」と喜びに浸ったが、そこから27日の中日戦で6回途中3失点、9月3日の中日戦で8回途中2失点、10日のヤクルト戦で7回2失点と好投を続けながら打線の援護無く3連敗、その後もシーズンの最後まで先発を任されたが白星をつかめず防御率2.89ながら2勝6敗と大幅に負け越してシーズンを終えた。

月間MVP
16年は地元広島で行われた開幕第3戦に先発、6回途中まで2安打、4四球で1失点に抑える好投を見せたがリリーフが打ち込まれて白星は逃した。その後も白星が伸び悩んだが5月に入ると4日のヤクルト戦で6回無失点、11日の中日戦で7回無失点、18日の巨人戦で7回無失点と圧巻のピッチングを続け、25日の中日戦では自らの暴投で連続イニング無失点は26でストップしたが7回1失点で4連勝、月間防御率0.33という文句のない成績で月間MVPを受賞した。なお球団の左腕投手が月間4勝を記録したのは93年の野村以来23年ぶりの事だった。

1球から満塁被弾
6月1日の西武戦でも菊池との素晴らしい投手戦を演じたが、6回裏に空振り三振かと思われた先頭の秋山への判定がファウルとなると、これに動揺したのかそこから連蔵四球、ポテンヒット、ヒット、浅村に満塁弾と一気に崩れて5失点、続く8日のソフトバンク戦では憧れだった和田に投げ負けるなど5月から一転して6月は未勝利に終わったが、7月2日の広島戦で6回途中1失点に抑えて勝利投手になった。

球宴
同年にはキャンプで法大時代の投球フォームに戻したこともあって球速が上がっていたが、初選出を果たしたオールスターゲームでほぼストレートでパリーグの並み居る強打者たちを抑え込むと、このピッチングで何かを掴んだのか後半戦はストレートのキレが増して7月22日の巨人戦で7回を3安打、無四球で1失点、29日の広島戦で7回を4安打、2四球で2失点、7回裏には史上20人目のイニング4奪三振を記録するなど10奪三振、8月に3試合連続で1失点に抑えながら白星を掴めなかった事もあって9勝4敗に留まったがイニング当たりの走者数がリーグ2位の1.07を記録するなどリーグトップクラスの成績を残した。

CS
CSではファーストステージ最終戦の先発を任されて初回に絶好調の坂本を完璧なインローのストレートで見逃し三振に切って取ったが、村田にレフト前ヒットを打たれてしまうと、続く阿部に同点ツーランを被弾、4回裏には村田に死球をぶつけてしまうと、村田が強行出場した事もあって異様な雰囲気の中で背負った一死二、三塁のピンチはギャレットをファーストゴロ、亀井をレフトフライで無失点に抑えたが、6回裏に村田に同点ソロを浴びた所で降板となり勝利投手にはなれなかった。

開幕投手
17年は1月6日に都内のステーキ店でラミレス監督と食事をした際に開幕投手を告げられたがキャンプ、オープン戦と状態が上がらず不安なまま迎えた開幕戦では粘って試合を作ったが敗戦投手になり、4月22日の中日戦では大量援護を受けて勝利投手になったが試合後に左ひじの違和感を訴えて登録抹消となった。6月13日のロッテ戦で復帰すると5回1失点、次戦でも6回無失点、7月11日には首位広島を7回2失点に抑えるなど好投を続けた。

ポストシーズン
8月に大幅に状態を落として一時は防御率が4.14まで悪化したが、9月に入ると制球難に苦しみながらも最少失点でまとめて試合を作ると、9月23日の中日戦で6回を無安打3四球、負ければ4位転落となる9月29日の阪神戦でも6回無失点に抑えるなどシーズン最終盤で最高のピッチングを見せてCS進出に貢献した。CSでは広島とのファイナルS初戦で先発し、雨天で荒れたマウンドで4回までノーヒットに抑え込んだが5回裏に二死満塁から田中、菊池に連打を浴びて3失点となり、その直後に降雨コールド、第5戦では初回2失点でKO、日本シリーズでは第5戦で逆転した直後の5回表に再逆転を許して降板とポストシーズンでは悔しさを味わった。

2年連続開幕投手も
18年も前年の3本柱が故障した事もあって、3月15日に神戸の鉄板焼き屋でラミレス監督から2年連続の開幕投手を告げられた。だがヤクルトとの開幕戦では初回に大和のエラーと2四死球で塁を埋めて坂口に先制の2点タイムリー、3回裏には四球から川端のツーラン、神里の送球エラーも絡んで5回5失点、続く4月6日の広島戦では初回に押し出しを含む無死からの4連続出塁に宮崎のエラーで逆転を許すなど5回4失点、13日の中日戦でも守備に足を引っ張られて5失点とリズムに乗ることができず登録抹消となった。

先発1勝
4月28日の中日戦で復帰すると6回1失点に抑えて勝利に貢献、続く巨人戦では菅野と投げ合って6.0回を2安打、2四球で無失点と好投を続けて復調したかに思われたが、5月18日の巨人戦で菅野と再戦すると筒香が先制弾を放った直後に菅野のヒットからピンチを背負って坂本に逆転弾、梶谷が同点弾を放った直後には菅野に初本塁打となるソロを運ばれて5回4失点、続くヤクルト戦では4.2回5失点KO、6月3日のソフトバンク戦では2.1回6失点と打ち込まれて抹消となった。7月に中継ぎへ転向すると球速が上がり8月28日の中日戦では2回で無安打4奪三振に抑えてお立ち台に上がるなど好投も見せたが、先発に戻ると球が浮くなどシーズンの最後まで苦しみ3勝7敗、防御率4.97、先発に限ると1勝7敗で防御率5.24というプロ入り以来ワーストの成績に終わった。

中継ぎから
19年は左ひじの張りで出遅れたが5月1日に1軍へ昇格すると中継ぎとして防御率2点前後という安定したピッチングを続けた。6月19日の日本ハム戦では1.2回を投げて5奪三振、球速は151キロを計測、7月4日の阪神戦では3イニングを1安打無四球に抑えて後半戦からの先発転向が決定した。先発復帰登板となった7月20日の中日戦では3回までにパーフェクトに抑えると4回表に平田に100号ソロを浴びたが、中継ぎで掴んだ全力投球で150キロを投じるなど5回を投げて8奪三振、2安打1四球で1失点という圧巻のピッチングを見せた。大歓声を浴びて上がったお立ち台では「最高にうれしいです!」と喜びを表した。

二刀流
7月27日の中日戦では投球前に回ってきた1回表の打席でタイムリーを放つと、第2打席でも満塁走者一掃のツーベースを放って日本人投手としては9年ぶりの4打点を記録、投げても5回無失点で2戦連続のお立ち台に上がった。続く巨人戦でも5回まで2安打無四球に抑えると、6回表に岡本にスリーランを浴びたが勝利に貢献。次戦以降も好投を続けて先発試合でチームは5連勝となった。だが8月24日の巨人戦では球速が落ちた4回裏に打ち込まれて降板すると、チーム事情で再びリリーフに転向、9月16日の中日戦ではショートスターターを任された。同年は40試合の登板で71.1回を投げて防御率2.14という素晴らしい成績を残した。CSでは初戦の先発を任されて4回1失点、中1日で第3戦にもワンポイントで登板と最後まで先発・リリーフの二刀流としてチームを支えた。

21試合連続0
20年もキャンプでは先発調整を行ったが、コロナウイルスの影響で開幕が延期となるとラミレス監督の方針で中継ぎ起用に変更となった。同年の初登板となった6月20日の広島戦では失点を喫したが、続く6月24日の中日戦から危なげのないピッチングで試合を作り続けて、8月19日の広島戦まで21試合連続で自責点0という完璧なリリーフを続けた。同年はシーズンを通してリリーフで活躍して、短縮シーズンの中でリーグ9位の50試合に登板、防御率2.53、奪三振率9.70というリーグトップクラスの成績を残した。

開幕2カードで大乱調
21年は8回を任されたが開幕戦で3安打を集中されて1失点を喫すると、第3戦でも梶谷にタイムリーを浴びてリード守れず、続くヤクルト戦でも初戦で2四球から崩れて内川のタイムリーなどで3失点、第3戦でも2安打1四球で降板して3失点とチームの開幕6連敗の要因となってしまった。勝ちパターンから外れると5月2日のヤクルト戦では3.1回のロングリリーフで無失点に抑えて勝利に貢献したが、久々に勝ちパターンの登板となった5月30日の楽天戦で2失点を喫すると、そこから3試合連続2失点と数字を落とした。後半戦は先発に転向して9月1日には二軍戦で8.2回を1安打無四球で12奪三振に抑えたが、1軍では1試合のみの先発登板に留まった。


初記録
初登板 2015年7月14日巨人戦
初勝利 2015年8月6日中日戦:8回1失点
初奪三振 2015年7月22日ヤクルト戦:川端から
初完投
初セーブ
その他の記録
月間MVP 16年5月






15 16 17 18 19 20 21
オールスター 1回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
15 横浜 12 0 0 2 6 0 71.2 67 6 26 1 58 3 0 23 23 2.89
16 横浜 25 0 0 9 4 0 153.0 128 21 36 1 132 5 1 53 53 3.12
17 横浜 18 0 0 6 6 0 106.0 90 10 34 0 103 6 0 43 40 3.40
18 横浜 23 0 0 3 7 0 92.1 95 16 34 5 87 2 0 62 51 4.97
19 横浜 40 0 0 4 1 0 71.1 59 7 21 0 78 2 0 19 17 2.14
20 横浜 50 0 0 1 4 0 42.2 32 1 14 1 46 3 0 15 12 2.53
21 横浜 33 0 0 1 2 0 37.2 44 4 18 2 39 1 0 24 24 5.73
通算 7年 201 0 0 26 30 0 574.2 515 65 183 10 543 22 1 239 220 3.45


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
15 横浜 12 22 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 0 0 8 1 0 .045
16 横浜 25 44 3 8 0 0 0 8 3 0 0 6 0 0 0 24 0 0 .182
17 横浜 18 36 5 6 0 0 0 6 1 0 0 7 0 1 0 15 0 1 .167
18 横浜 23 25 1 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 0 0 14 0 0 .040
19 横浜 40 12 1 2 1 0 0 3 4 0 0 3 0 0 0 4 1 1 .167
20 横浜 50 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
21 横浜 33 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 7年 201 142 10 18 1 0 0 19 8 0 0 20 0 1 0 66 2 2 .127


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
17 横浜 1 0 0 0 0 0 4.2 6 1 2 0 2 2 0 4 4 7.71
通算 1年 1 0 0 0 0 0 4.2 6 1 2 0 2 2 0 4 4 7.71


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
17 横浜 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 1年 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000


  クライマックスシリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
16 横浜 1 0 0 0 0 0 5.1 4 2 0 1 6 0 0 3 3 5.06
17 横浜 2 1 0 0 1 0 6.0 6 0 4 0 3 0 0 5 5 7.50
19 横浜 2 0 0 0 0 0 4.1 3 0 3 0 4 0 0 1 1 2.08
通算 3年 5 1 0 0 1 0 15.2 13 2 7 1 13 0 0 9 9 5.17


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 横浜 1 3 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .333
17 横浜 2 1 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1.000
19 横浜 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 3年 5 5 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .400


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 1回 1 0 0 0 0 0 2.0 1 0 0 0 3 0 0 0 0 0.00


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
15 横浜 10 0 2 4 0 50.0 50 6 18 46 30 18 3.24
17 横浜 2 0 0 1 0 10.0 8 1 1 9 3 3 2.70
18 横浜 3 0 0 1 0 17.0 15 0 7 16 5 2 1.06
19 横浜 5 0 0 0 0 4.2 4 0 1 6 0 0 0.00
21 横浜 11 1 2 3 0 41.2 44 4 6 43 24 20 4.32
通算 5年 31 1 4 9 0 123.1 121 11 33 120 62 43 3.14