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牧 秀悟



名前 まき しゅうご
生年月日 1998年4月21日
経歴 松本第一高−中央大学−横浜(20年D2位)
入団年 20年ドラフト2位
在籍年 21年−
背番号 21年−[2]
投打 右投げ右打ち
守備 内野手
幼少期
長野県中野市出身、幼いころから野球のバットとボールで遊んでいた。3歳上の兄が始めた少年野球の練習を家族で見ているうちに興味を持って「僕もやりたい」と直訴して、3年生からしか入れない野球チームに1年生で入部した。祖父が作ってくれたバッティング練習用のネットを使って自主練にも精を出して4年生からはホームランを打てるようになった。

リンゴ畑
中学時代は「自分の野球の礎」と語る若穂リトルシニアの一期生としてプレー、祖父が営むリンゴ畑の50メートルの坂道でダッシュを繰り返して屈強な下半身を作り上げて全国大会にも出場した。2学年上に百瀬が在学していた松本第一高へ進学すると1年春からスタメンを任されて主軸を担った。通算11本塁打で甲子園出場もなかったが評価は高くプロ入りの可能性もあったが、悩んだ末にプロ志望届は提出せず進学を決断。2年連続で夏初戦敗退という事もあって有名大からの誘いはなかったが中央大のセレクションに合格して進学した。

下半身
中央大では1年春からショートのレギュラーに抜擢されて打率.229ながら11試合に出場した。2年時には秋に東洋大の甲斐野から決勝タイムリーを放ったが、チームは春秋連続の最下位に沈み、牧自身も満足いく結果を残せなかった。牧は祖父に電話をかけてアドバイスを求めると「思い切りフルスイングでいけ」と背中を押された。祖父以外にも積極的に自分のダメな部分を聞いて回り、ヒット狙いで上半身で打っていたことに気付かされた。動画で巨人の坂本と広島の鈴木誠を研究して、重心を落とした下半身を生かした打撃フォームに変更した。

MVP
ポジションをセカンドにコンバートして迎えた3年春は打率.400で首位打者に輝き、14打点も記録してベストナインに選出された。秋には打率.361で14打点を記録してチームの15年ぶりとなる1部優勝に導き、春秋連続のベストナインに選出されると共にMVPに輝いた。3年時には日本代表の4番を任されるなど勝負強いバッティングで評価を高め、日米大学野球ではバックスクリーンにホームランを打ってプロを意識した。

ベイスターズ戦で3安打
4年時には3月7日に行われたベイスターズ2軍との練習試合で2本のタイムリー含む3安打を記録したが、その後に大流行したコロナウイルスの影響で野球部が活動自粛になってしまった。牧は地元に帰って、若穂リトルシニアで自主トレを行い、プロ入りに備えて外野練習なども行った。

横浜入団
野球部の活動が再開されると巨人2軍との交流戦で桜井からホームランを放ち、秋のリーグ戦では打率.333、OPS.978という好成績を残して4度目のベストナインに選出された。大学通算で82安打を放つとともに46四球も選んで実戦向きな内野手として評価を高めてドラフト会議では1位指名候補と言われていたが、横浜DeNAからの2位指名での入団となった。


初記録
初出場 2021年3月26日巨人戦
初安打 2021年3月27日巨人戦:高梨から
初本塁打 2021年3月31日ヤクルト戦:高梨から
初打点 2021年3月27日巨人戦:今村から
初盗塁 2021年8月19日阪神戦:三盗
その他の記録
サイクルヒット 2021年8月25日阪神戦






  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
通算


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
通算