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石井 裕也



44
名前 いしい ゆうや
生年月日 1981年7月4日
経歴 横浜商工高−三菱重工横浜硬式野球クラブ−中日(04年D6位)−横浜−日本ハム
入団年 08年に中日から移籍
在籍年 08年−10年
背番号 08年−10年[44]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
サイレントK
生まれて10ヶ月の頃に、両親が後ろから声をかけても反応しない裕也を病院に連れて行った所、先天性の感音性難聴のため両耳ともにわずかに聞こえる程度であることが分かった。(左90デシベル、右80デシベル)少年野球をやっていた兄を見て野球をはじめ、横浜商工高に進学。3年夏には神奈川予選で5試合で37奪三振を記録し、サイレントKと呼ばれた。

音の無い世界
横浜商工高時代にはマウンドに上がると補聴器のスイッチを切って集中力を高めた。石井は「補聴器は機械なのでどんな音でも拾って大きくしてしまいます。せっかくの応援が僕の中ではワーという雑音になって鳴り響くだけです。だから集中が要求されるマウンドでは、いつもスイッチを切っていました。音の無い僕だけの世界です」

プロ入り
高校時代にもドラフト候補としてリストアップされたが指名は無く、社会人の三菱重工横浜に入社。三菱重工では初年度に肩を故障して2年間登板出来なかった。石井はその間にウエイトトレーニングに取り組み、故障明けにはストレートの球速が140キロ代後半までアップしていた。03年からは2年連続で補強選手として都市対抗野球に出場し、04年のドラフト会議で中日から6位指名を受け入団。

初登板
05年の4月13日広島戦、3対3の同点で迎えた6回表、打者前田という場面で初登板のマウンドに上がったが、いきなり初球のストレートをライトスタンドに運ばれてプロの洗礼を浴びた。

初勝利
4月17日阪神戦では1点をリードされた7回表からマウンドに上がり、2回を無失点に抑えると、8回裏に福留のタイムリーで中日が逆転して石井に2試合目にして初勝利が記録された。お立ち台ではテレながらも「自分の気持ちを攻めて、攻めて頑張りました」と語った。続く4月19日広島戦では同点の7回裏二死一、二塁という場面でマウンドに上がり、前田に四球こそ与えたが、新井を三振に仕留めてピンチを脱出。その直後の8回表に中日が勝ち越して、石井に2試合連続の白星が記録された。

初先発
9月24日巨人戦では初先発のマウンドに上がって高橋を2打席連続三振に抑えるなど5回を4安打、1四球で無失点。打っても4回裏に2点タイムリーツーベースを放つ活躍を見せて勝利投手になった。

4者連続奪三振
06年には開幕から調子が上がらず5月に二軍落ち。二軍で調整を続けて、9月3日の巨人戦で4月ぶりに一軍のマウンドに立つと、3.2回を投げて無安打、1四球、4者連続奪三振を含む5奪三振という素晴らしいピッチングを見せて復活を印象付けた。

大逆転
9月28日横浜戦では6対1と中日のリード迎えた6回表に、横浜が村田のイニング2二塁打など打者11人を送る猛攻を見せて一挙7点を挙げ大逆転を演じたが、その後の7回、8回を石井がしっかり抑えて試合を作ると、8回裏にウッズのこの日6打点目となるタイムリーで再逆転に成功し、石井に白星が記録された。ウッズは石井を見つけると、髪の毛がくしゃくしゃになるまで頭をなで、石井も笑顔でウッズに抱きついた。石井は「うれしかったんです。抑えられたこともうれしいし、それでチームが勝てたことも。ウッズに感謝してます」

横浜移籍
07年にはシーズン終盤に8試合連続無失点を記録したが、翌08年には肩の違和感に体調不良も重なって二軍スタートとなり、シーズン途中に小池とのトレードで横浜に移籍した。6月21日の西武戦の1対4とリードを許した6回表に移籍後初登板のマウンドに上がり、先頭の栗山を空振り三振、中島をファールフライ、ブラゼルを見逃し三振と完璧なピッチングで西武の主軸を抑えた。これで試合のムードは一変し、8回裏に村田のスリーランで追いつくと延長10回裏に村田のソロでサヨナラ勝ちを飾った。

中継ぎエース
初登板から9試合連続無失点を記録して崩壊していたブルペンの救世主になった。シーズン終盤の10月9日には優勝争い真っ只中の巨人戦に先発し、5回を3失点に抑えて3年ぶりの先発勝利を記録した。シーズン途中の移籍にもかかわらず35試合に登板し、防御率2.38、被安打率.177という素晴らしい成績を残した。

抑え
09年は開幕から抑えを任されたが、4月22日の広島戦で同点の9回表にマウンドに上がったが、二死から伏兵赤松にレフトスタンドに勝ち越しソロを打たれて敗戦投手になってしまうと、4月30日の阪神戦では2対0とリードして迎えた9回裏に、二死から5連打を打たれて悪夢の逆転サヨナラ負けと結果が残せず、中継ぎに降格し、その後登録抹消になってしまった。その後再登録されたが結果が残せず再び二軍落ちとなり、結局28試合登板で防御率4.26と前年を大幅に下回る成績に終わってしまった。

日本ハム移籍
10年の開幕直後に江尻とのトレードで日本ハムに移籍した。移籍初年度は防御率2.53を記録したが故障などもあって13試合登板に留まった。翌11年には8月8日の楽天戦で4対2とリードした5回裏の一死満塁というピンチで斎藤佑に代わってマウンドに上がると代打草野を初球でショートゴロ併殺に打ち取って史上31人目の1球勝利投手になった。そしてわずか6日後のソフトバンク戦では6回表に斎藤佑に代わってマウンドに上がると川崎を2球でピッチャーゴロに打ち取ってピンチを切り抜けるとその裏に打線が逆転して2球で勝利投手になった。

めまい
12年は開幕第2戦で1イニングを無失点に抑えて逆転勝利に貢献したが、翌日にめまいを訴えて4月6日に登録抹消。難聴が一因と思われるめまいはなかなか回復せず一時は野球をやめる事も考えるほどだったが、徐々に回復し二軍登板を経て8月28日に一軍復帰。優勝争いの真っ只中の9月に実に14試合に登板するなど栗山監督の期待に応えて日本ハムのリーグ制覇に貢献した。

日本シリーズで好投も
クライマックスシリーズでも2試合連続無失点に抑えると、日本シリーズでは第3戦で3者連続奪三振を記録するなど第2戦から3試合連続で無失点に抑えた。だが2勝3敗と後が無くなった第6戦で3対3の同点で迎えた7回裏にマウンドへ上がったが、先頭の長野を追い込みながら粘られて四球を与えてしまうと犠打で一死二塁というピンチを背負ってしまう。続く坂本を空振り三振に切って取ったが、敬遠も考えられた阿部と勝負してセンター前にタイムリーを許して日本一は逃してしまった。

キャリアハイ
13年はキャリアハイとなる51試合に登板して防御率2.74という好成績を残した。翌14年は13試合登板に留まったが、15年には左のワンポイントとして復活して再び51試合に登板して防御率2.06を記録した。16年は故障に苦しんだが球宴明けから一軍に合流して22試合の登板ながら防御率1.65でリーグ優勝に貢献。日本シリーズでは打ち込まれたがチームは日本一に輝いた。オフに左膝を手術して迎えた17年はわずか8試合に登板で防御率9.00に終わりオフには70%近い減俸と正念場に追い込まれた。

引退
18年は一軍登板が果たせないままシーズン終盤を迎えて同年限りでの現役引退を決断。引退試合となった9月30日の西武戦では3点をリードした7回表二死二塁という場面で330試合目のマウンドに上がって横浜商工高の後輩である秋山を141キロのストレートでレフトフライに打ち取って有終の美を飾った。引退セレモニーでは「今日のために横浜から来てくれた親友と家族、特に母には感謝の気持ちでいっぱいです。難聴というハンデを持って生まれてきた僕を周りの子と同じように育ててくれて、たくさんの愛情を注いでくれて、一番のファンでいてくれたお母さん、ありがとう。そして調子が良いときも悪いときも変わらず明るく接してくれた妻と子どもたち、ありがとう」とスピーチし、その後も監督やコーチ、裏方、チームメイトなどに感謝を伝え続けた。





初記録
初登板 05年4月13日広島戦
初勝利 05年4月17日阪神戦
初奪三振 05年4月13日広島戦:倉から
初完投
初セーブ 09年4月12日ヤクルト戦


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
05 中日 24 0 0 3 1 0 32.1 49 3 18 1 27 2 0 22 21 5.85
06 中日 11 0 0 2 1 0 24.2 20 1 10 2 24 1 0 11 11 4.01
07 中日 16 0 0 2 2 0 18.1 13 1 11 0 14 0 0 6 6 2.95
08 横浜 35 0 0 2 0 0 45.1 28 3 16 2 40 0 0 12 12 2.38
09 横浜 28 0 0 0 6 6 25.1 26 4 11 1 18 0 0 15 12 4.26
10 日本ハム 13 0 0 0 0 0 10.2 8 0 2 1 8 1 0 3 3 2.53
11 日本ハム 39 0 0 3 1 0 34.1 27 1 11 0 22 0 0 6 5 1.31
12 日本ハム 18 0 0 2 1 0 17.0 8 2 6 0 18 0 0 3 3 1.59
13 日本ハム 51 0 0 4 6 0 46.0 45 2 23 0 35 1 0 18 14 2.74
14 日本ハム 13 0 0 1 0 0 9.2 14 1 8 0 6 0 0 7 5 4.66
15 日本ハム 51 0 0 0 1 0 35.0 31 0 14 1 26 0 1 15 8 2.06
16 日本ハム 22 0 0 0 0 0 16.1 11 0 4 0 16 0 0 3 3 1.65
17 日本ハム 8 0 0 0 0 0 6.0 9 2 2 0 4 0 0 7 6 9.00
18 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0.1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
球団 2年 63 0 0 2 6 6 70.2 54 7 27 3 58 0 0 27 24 3.06
通算 14年 330 0 0 19 19 6 321.1 289 20 136 8 258 5 1 128 109 3.05


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
05 中日 24 4 0 1 1 0 0 2 2 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .250
06 中日 11 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 2 0 0 .000
07 中日 16 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
08 横浜 35 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 4 0 0 .000
09 横浜 29 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
10 日本ハム 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
11 日本ハム 39 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
12 日本ハム 18 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
13 日本ハム 51 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 日本ハム 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 日本ハム 51 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 .000
16 日本ハム 22 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
17 日本ハム 8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
18 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 2年 64 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 4 0 0 .000
通算 14年 331 15 0 1 1 0 0 2 2 0 0 0 0 2 0 7 0 3 .067


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
06 中日 1 0 0 0 0 0 0.1 2 0 1 0 0 0 0 2 2 54.00
07 中日 1 0 0 0 0 0 0.1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00
12 日本ハム 4 0 0 0 1 0 4.0 1 0 2 0 5 0 0 1 1 2.25
16 日本ハム 2 0 0 0 0 0 0.1 3 0 0 0 0 0 0 3 3 81.00
通算 4年 8 0 0 0 1 0 5.0 5 0 3 0 5 0 0 6 6 10.80


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
06 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
07 中日 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
12 日本ハム 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
16 日本ハム 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 4年 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  クライマックスシリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 中日 2 0 0 0 0 0 0.2 3 0 1 0 1 0 0 1 1 13.50
11 日本ハム 2 0 0 0 1 0 1.2 0 0 2 0 0 0 0 1 0 0.00
12 日本ハム 2 0 0 0 0 0 1.2 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
15 日本ハム 1 0 0 0 0 0 1.0 2 0 1 0 0 0 0 1 1 9.00
16 日本ハム 2 0 0 0 0 0 1.1 1 0 1 0 1 0 0 0 0 0.00
通算 5年 9 0 0 0 1 0 6.1 7 0 5 0 3 0 0 3 2 2.84


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
07 中日 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
11 日本ハム 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
12 日本ハム 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 日本ハム 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
16 日本ハム 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 5年 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
09 湘南 17 0 3 1 1 16.2 12 0 5 17 5 5 2.70
通算 1年 17 0 3 1 1 16.2 12 0 5 17 5 5 2.70
球団在籍時のみ







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年