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未来の4番打者吉村

吉村 裕基



31
名前 よしむら ゆうき
生年月日 1984年6月14日
経歴 東福岡高校−横浜(02年D5巡目)−福岡
入団年 02年ドラフト5巡目
在籍年 03年−12年
背番号 03年−12年[31]
投打 右投げ右打ち
守備 内野手
村田の後輩
東福岡高では1年春からレギュラー。2年春の選抜では4番で8強入りし。1年秋の明治神宮大会では優勝。高校通算43本塁打。投手としてもMAX147キロをマーク。02年ドラフト5巡目で横浜入団。

アクシデント
03年、高卒ルーキーながら、前半戦だけで7本塁打を放ち、一軍昇格目前だった吉村に悲劇が襲う、7月20日の試合前の練習で打球を顔面に受け、前歯を折るなどの怪我を負った。一週間の入院後、仮歯を入れ練習を再開し、怪我から一月後には代打限定でのゲーム復帰が決まった。そして8月17日西武戦の8回裏、5対7と2点ビハインドながら満塁の大チャンスで、代打吉村が告げられた、吉村は0-3からの4球目を振り切ると、打球はスタンドを遥かに越える代打満塁逆転ホームラン、吉村は復帰初打席で大仕事やってのけた。

勝負強さ○
03年の終盤。優勝争い真っ只中にあったシーレックスで、吉村は9月13日に9回二死から同点ツーラン、15日には11回裏にサヨナラホームランを放つなど、高卒ルーキーとは思えない勝負強さを発揮し最後まで優勝の望みをつないだ。

初ヒット
シーズン終盤の10月、東福岡高の先輩である村田が骨折し、吉村にチャンスが回ってきた、3日の中日戦で初打席初ヒットを放つと、翌4日には野口から初本塁打となる決勝ツーランを放った。

足踏み
04年には湘南で打率.292、17本塁打と活躍しながら、ベイスターズではわずか13打席しかチャンスが与えられず2本しかヒットを打てなかった。05年には開幕直後の日本ハム戦で死球を受けて左手薬指を骨折したこともあって、湘南でも活躍することが出来なかった。

ブレイク
06年には多村がケガで欠場した4月19日の広島戦でスタメンで出場すると、8回表に同点ソロを放ち勝利に貢献。翌日の広島戦でも2号ツーランを放ちチャンスを掴んだ。5月3日からは3試合連続ホームランを放つ活躍、中でも5月4日の中日戦では5回までパーフェクトピッチングだった中日先発マルチェネスから放った先制弾だった。

新人王宣言
06年6月2日の日本ハム戦では初回に逆転ツーランを放つと、5回裏にはスリーランを放ち試合を決めた。試合後には「新人王をとりたいのではなく、とります」と堂々の新人王宣言まで飛び出したが、その翌日の日本ハム戦の7回裏に奇しくも一年前のイースタンリーグで死球を受けた武田久−鶴岡のバッテリーから、またも死球を受けてしまう。翌日に右手の人差し指を骨折を告げられると、吉村はロッカールームで泣き崩れた。

月間MVPならず
6月30日に一軍に復帰すると、7月2日には復帰2打席目にして10号ソロを放ちスタメンに返り咲く。8月に入ると第一週に4本塁打を放つなど大爆発し、20日までの18試合で66打数29安打で月間打率.429、7本塁打と月間MVPレースを独走した。だが下旬に入ると調子を落としヤクルトのリグスに猛追されてしまう。そして29日からの月間MVPをかけたヤクルトとの直接対決でリグスが12打数5安打2本塁打5打点と横浜投手陣を打ち込んだのに対して、吉村は左手甲に死球を受けて、またも負傷退場してしまい、逆転で月間MVPを逃してしまった。

新人王ならず
新人王はシーズン中盤まで中日の佐藤充で決まりと思われていたが、8月になると佐藤は全く勝てなくなり二軍落ち、同時期に絶好調だった吉村が一気に新人王レースに名乗り出た。もう一人の候補である広島の梵が終盤にケガで欠場したこともあり大混戦となったが、吉村は8月後半からの不調から抜け出せず、一時は.340近かった打率も.311まで落としてしまい惜しくも53票で2位に留まった。死球による負傷で規定打席に到達できなかったのが響いた格好だ。

1敗の成瀬打ち
07年6月9日、湾岸対決と銘打って行なわれたロッテ戦で4回裏に開幕から6連勝中だったロッテ先発の成瀬からライトポール際に決勝ツーランを放った。なお同年に16勝1敗を記録した成瀬が喫した唯一の敗戦となった。ペナントレース終盤には9月1日巨人戦では豊田からサヨナラホームラン、9月25日阪神戦では藤川からサヨナラツーベースとクライマックスシリーズ進出を争うチームを引っぱった。

34本塁打
08年には4月16日のヤクルト戦で6打数5安打を記録すると、5月13日の巨人戦では1点をリードされて迎えた9回裏にクルーンから同点タイムリーを放ってチームの逆転勝利に貢献。同年にはオールスターまでに22本塁打を記録すると、村田が北京五輪でチームを離れた際には4番を任されるなど、リーグトップクラスの長打力で34本塁打で91打点という素晴らしい成績を残した。

大不振
09年は開幕から不振に陥り、全試合に出場したが打率.248、16本塁打、54打点に終わってしまう。翌10年には開幕戦では8番でスタメン起用されたが結果が残せずスタメン落ち、そして二軍降格となってしまった。一軍復帰後もいい所を見せれず打率.205、3本塁打、11打点という信じられない成績に終わってしまった。

開幕戦で4安打
11年は開幕戦スタメンの座を掴むと2回裏に三塁線を抜くタイムリーツーベース、4回裏にレフト前ヒット、6回裏にサードへの内野安打、9回裏に浅尾からサヨナラのきっかけになるフェンス直撃のツーベースと4打数4安打の固め打ちで吉村復活を印象付けた。そのまま4月は打率.309を記録し、5月8日の阪神戦では久保田からサヨナラホームランを放ったが、その後は大幅に数字を落として打率.200、5本塁打、11打点という数字に終わった。

ソフトバンク移籍
12年は開幕二軍スタートとなったが4月30日に一軍に昇格すると5月5日の中日戦で岩田から2打席連続ホームランを放ってハマスタのお立ち台に上がった。福岡から上京して試合を見守った両親には「二軍だから箱根にでも行っておいで」と言っていた吉村は「箱根ではなく横浜スタジアムでヒーローになるところを見せられて本当にうれしいです」と笑顔を見せた。翌日にも3安打を放つと、8日の巨人戦で9回表に西村から同点タイムリー、12日の阪神戦で勝ち越しタイムリーと印象的な活躍を見せたが、交流戦に入る頃から数字を落として7月5日に登録抹消となり、同年のオフに地元の福岡ソフトバンクにトレードで移籍した。

交流戦で
移籍初年度となった13年はキャンプで左ふくらはぎを痛めて二軍スタートとなってしまったが、移籍後初出場となった4月27日のロッテ戦で2回表に成瀬からソロを放って移籍後初打席で本塁打という派手なデビューを飾った。その後も好調をキープして13試合で打率.283、4本塁打、10打点という好成績を記録して5番を任されるまでになったが、交流戦に入ってかつての対戦相手たちと顔を合わせる事になると打率が1割台まで急降下、交流戦以降は47打数5安打で7月12日に登録抹消となりチャンスを逃してしまった。

凱旋
14年は5月28日に故障の内川に代わって一軍昇格。同日にハマスタで行われた横浜戦にスタメン出場。3回表に犠牲フライ、8回表にレフト前ヒットを放って横浜ファンにも元気な姿を見せると、同点で迎えた9回表に二死満塁という大舞台で打席に入ってハマスタが大きく盛り上がり、ソーサの徹底した変化球攻めをファウルで粘ってカウント3−2に持ち込んだが最後は空振り三振に倒れてヒーローになる事は出来なかった。だが翌日の横浜戦では2点をリードされて迎えた8回表に二死一塁で代打で登場すると、前夜の再現のようにソーサから粘ってカウント3−2に持ち込むと今度は甘く入った変化球をレフトポール際に特大のツーランを叩き込んでハマスタ凱旋を最高の形で飾った。なおこの一発で史上初の全打順と全球団から本塁打を放った選手になった。

首位攻防戦
ハマスタ凱旋以降も代打の切り札的な活躍すると、7月3日からは故障の松田に代わってキャンプから練習してきたサードでスタメン出場。7月5日の楽天戦では3年ぶりの4安打を記録するなど打率4割を超える大活躍を見せていたが、7月9日の試合で肉離れを起こして翌日に登録抹消となった。8月14日に復帰すると9月3日のオリックスとの首位攻防戦では同点で迎えた6回裏に二死満塁で代打起用されてエースの金子から勝ち越しの2点タイムリーツーベース、8回裏にはダメ押しツーランを放った。翌日のオリックス戦でも先制タイムリーを放つと、9月16日からの首位攻防戦でも初戦で先制タイムリーを含む2安打、第3戦ではソロに2四球、勝てば優勝、負ければ2位濃厚という大一番となったシーズン最終戦の首位攻防戦でも先制に繋がるツーベースを放つなど勝負所で印象的な活躍を残した。

CSでMVP
クライマックス・シリーズでもファイナル・シリーズの初戦で1対2で迎えた9回裏に一死二、三塁で打席に入って日本ハムの増井からセンターオーバーの逆転サヨナラ打を放ってセカンドベース近くで誰よりも早く駆けつけた内川と抱き合った。第4戦でも勝ち越しタイムリーを放ってお立ち台で「ハッピーです」と答えた。第5戦でも大谷から先制の2点タイムリーツーベースを放つと、勝ったチームが日本シリーズ進出となる最終戦でもタイムリーを放ってクライマックス・シリーズ・ファイナルのMVPに選出された。日本シリーズでも第3戦で4回裏に四球で出塁して二塁へ進塁すると、藤浪が投じた暴投がファウルゾーンを転がる間に抜け目なく三塁を蹴って一気にホームインして追加点を記録したが、第5戦でショートへの内野安打で出塁した際にヘッドスライディングで左手の指を骨折、胴上げの瞬間はベンチで迎えることになった。

飲んだら乗るな
シーズンオフには9月4日のオリックス戦でお立ち台に上がった際に「皆さん、試合後は何を飲むんですか? 僕はまずプロテインを飲みます! 皆さんはこれから勝利の美酒を飲むと思いますが、くれぐれも『飲んだら乗るな』でお願いします!」と飲酒運転防止をアピールしたことが評価されて、福岡県警・JAFの飲酒運転防止キャンペーンのテレビCMに出演した。

サヨナラ打を放つも
15年は開幕から打率1割台と低迷する苦しいシーズンとなり、5月3日のオリックス戦では1点を追う9回表二死一、三塁でライトオーバーの逆転のスリーベース、6月19日の日本ハム戦では同点に追いついた直後の9回裏に増田からサヨナラヒット、8月30日の日本ハム戦でも7回裏に同点に追いつく2点タイムリーと記憶に残る活躍は見せたが打率.217で3本塁打に留まった。

熊本地震
16年は開幕から16打数0安打と苦しんだが、4月16日の試合が地元九州を襲った熊本地震で中止となると、翌日の楽天戦で3点を追う9回裏二死一、二塁で代打起用されて、抑えの松井裕から起死回生の同点スリーランを放ってそのまま守備につくと、12回裏の第2打席ではレフトスタンドへ劇的なサヨナラホームランを運ぶ大仕事をやってのけた。史上6人目の代打弾&サヨナラ弾という快挙を達成した吉村はお立ち台「打てないくらいで、どうこう言っていたらダメだ。もっといろいろな苦しみと戦っている人がいるから」と声を震わせながら語った。

165
6月2日の中日戦では打ち上げた飛球がセンター前に落ちたが、捕球されると判断した一塁走者が走っていなかったため二塁へ送球されて吉村にセンターゴロが記録された。32歳の誕生日である6月14日のヤクルト戦では勝ち越しソロを放ったが打率2割前後に低迷。夏場には多くの試合でスタメンを任されたが、故障の内川に代わって4番ファーストで起用された8月14日のロッテ戦で4タコに加えて守備でもミスを犯すなど期待に応えることができなかった。またCSでは後がなくなった日本ハムとのファイナルシリーズ第5戦で9回表に大谷が投じたワンバウンドになりそうなストレートを空振りしてしまったが電光掲示板には日本新記録となる165キロが表示された。

本拠地最終戦で
17年は開幕一軍を逃して3年ぶりとなる二軍戦に出場、4月18日に一軍へ昇格すると22日の楽天戦でレフト前ヒットとファインプレー2つと活躍したが翌日に登録抹消となり、以後は厚い選手層に阻まれて二軍暮らしが続き、リーグ優勝決定後の9月26日にようやく再昇格となった。同日のロッテ戦で2ランを放つと本拠地最終戦となった10月6日のオリックス戦で延長12回裏に球団では80年の門田以来37年ぶりとなる代打サヨナラホームランを放ってヒーローになった。最後のアピールが実って横浜との日本シリーズにも出場し、かつての本拠地ハマスタで行われた第3戦に代打で出場したがファーストゴロに倒れた。18年はウエスタンリーグで打率.204と結果が残せず戦力外通告となった。





初記録
初出場 03年10月3日中日戦
初安打 03年10月3日中:平松から
初本塁打 03年10月4日中:野口から
初打点 03年10月3日中:押し出しで
初盗塁 06年5月18日ロッテ戦
記録達成日
100本塁打 09年10月3日中:吉見から:257人目






  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
03 横浜 6 18 2 4 1 0 1 8 3 0 0 0 0 2 2 4 1 1 .222
04 横浜 10 13 1 2 0 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 5 0 0 .154
06 横浜 111 396 57 123 24 1 26 227 66 5 3 2 2 10 6 116 5 4 .311
07 横浜 141 519 69 142 21 4 24 243 85 5 3 3 5 30 8 95 16 10 .274
08 横浜 142 530 69 138 30 4 34 278 91 9 5 2 1 30 11 135 9 2 .260
09 横浜 144 528 62 131 26 2 16 209 54 13 7 0 4 45 11 134 17 4 .248
10 横浜 49 132 12 27 4 0 3 40 11 0 2 1 3 5 0 41 5 1 .205
11 横浜 81 220 25 44 8 1 5 69 11 0 1 2 1 15 7 59 3 3 .200
12 横浜 25 67 4 14 3 0 2 23 7 0 1 0 0 5 0 22 0 1 .209
13 ソフトバンク 36 93 13 18 0 0 5 33 16 1 0 1 0 7 3 23 2 2 .194
14 ソフトバンク 64 162 15 48 11 0 5 74 29 1 2 2 3 24 1 28 5 2 .296
15 ソフトバンク 73 129 12 28 5 2 3 46 15 0 0 0 1 16 5 36 1 1 .217
16 ソフトバンク 78 177 16 37 4 1 5 58 28 1 1 4 4 14 7 46 5 1 .209
17 ソフトバンク 8 17 2 3 0 0 2 9 2 0 0 0 0 1 1 7 1 0 .176
球団 9年 709 2423 301 625 117 12 111 1099 329 32 22 10 16 142 45 611 56 26 .258
通算 14年 968 3001 359 759 137 15 131 1319 419 35 25 17 24 204 62 751 70 32 .253


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
14 ソフトバンク 5 12 2 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 5 0 0 .167
15 ソフトバンク 3 5 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .200
17 ソフトバンク 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 3年 10 19 3 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 1 0 7 0 0 .158


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
14 ソフトバンク 6 21 2 5 2 0 0 7 6 0 0 0 0 3 0 3 1 0 .238
15 ソフトバンク 3 7 0 1 0 0 0 1 2 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .143
16 ソフトバンク 4 6 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 1 0 3 0 0 .333
17 ソフトバンク 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 4年 15 36 2 8 2 0 0 10 8 0 0 0 0 4 0 8 1 0 .222


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
03 湘南 66 232 35 64 17 3 12 123 41 5 0 0 23 51 9 14 .276
04 湘南 71 277 45 81 22 2 17 158 53 3 0 2 31 59 7 13 .292
05 湘南 62 230 33 58 8 1 10 98 44 2 0 1 26 43 5 13 .252
06 湘南 1 5 2 3 0 1 0 5 3 0 0 0 0 1 0 0 .600
10 湘南 43 145 27 39 6 0 5 60 22 1 0 1 20 28 6 1 .269
11 横浜 14 52 8 13 2 1 3 26 10 1 0 0 9 9 1 1 .250
12 横浜 60 215 25 53 9 0 7 83 37 0 0 3 22 58 7 5 .247
13 ソフトバンク 57 177 24 54 13 0 3 76 26 7 0 1 23 35 5 1 .305
14 ソフトバンク 38 91 9 23 3 0 4 38 21 0 0 0 8 21 5 3 .253
17 ソフトバンク 72 211 25 59 13 1 5 89 31 0 0 3 33 55 7 3 .280
18 ソフトバンク 63 152 18 31 4 0 4 47 15 1 0 3 28 40 4 0 .204
通算 11年 547 1787 251 478 97 9 70 803 303 20 0 14 223 400 56 54 .267







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年