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MLB記録 タイトル

ソト



61
名前 Enyelbert Soto
生年月日 1982年8月20日
経歴 ラファエルマリアバウル高−マイナー−中日−横浜
入団年 13年に中日から移籍
在籍年 13年〜14年
背番号 13年〜14年[61]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
AA
99年にヒューストン・アストロズと契約。00年にドミニカのサマーリーグでデビューすると、03年に母国ベネズエラのサマーリーグで6勝4敗5セーブ、防御率1.24を記録して翌04年に渡米。初年度はルーキーリーグで24試合に登板して1勝1敗13セーブ、防御率1.03を記録。06年にA+で44試合に登板して2勝3敗1セーブ、防御率1.75すると、翌07年には初めてAAに昇格したが9イニングで16安打、13四球と結果が残せず同年限りで退団となった。

セリアA2部
08年はメキシカンリーグでプレーすると、09年からはヨーロッパに渡ってイタリアのセリアA二部リーグのコドーニョでプレー。イタリアでは初年度に9勝2敗、防御率0.81、122.1イニングで208奪三振という凄まじい成績を残すと、翌10年にはさらに成績を上げて16試合の登板で13勝1敗、防御率0.92、108イニングで被安打57、10四球、イニング数の2倍近い210奪三振で被本塁打わずか1という圧倒的な成績を残した。

中日入団
10年のオフにベネズエラのウインターリーグで中日から派遣されていた岩田の同僚としてプレーしている姿が、視察に訪れていた中日の森 繁和コーチの目に留まり、11年の春季キャンプで行われた入団テストを経て中日ドラゴンズに年俸7万ドル(770万円)で入団した。

先発で4戦4勝
オープン戦で防御率0.00を記録して開幕一軍を掴んだが故障で開幕戦の翌日に登録抹消。5月28日に不振のグスマンに代わって一軍昇格。11試合連続でリリーフで起用されて防御率0.73という好成績を残すと、先発のチャンスを貰った7月18日の巨人戦では初回に高橋由のソロで先制こそ許したが5イニングを4安打、無四球で1失点にまとめて初先発初勝利を記録。続く28日の阪神戦で6回無失点、8月4日のヤクルト戦で7回1失点(自責0)、11日の阪神戦で7回無失点という素晴らしいピッチングを続けて4連勝を飾った。

逆転優勝
8月上旬には首位から10ゲーム差を付けられて一時は5位に沈んでいたチームはソトに引っ張られるように状態を上げて首位戦線に復帰。ソトは8月25日のヤクルト戦で来日1年目の外国人としてはリーグ初の開幕5連勝を記録すると、9月以降は打線の援護がなく白星は付かなかったが、9月24日のヤクルトとの首位攻防戦で7回2失点に抑えて谷繁のサヨナラヒットに繋げるなどしっかりと試合を作って勝利に貢献。ソト先発試合は8勝1敗2分と大幅に勝ち越すなど中日の逆転優勝に大きく貢献した。だが10月1日の阪神戦で左肘に異常を訴えて降板し、クライマックスシリーズで登板することは出来なかった。

好投も故障
12年はキャンプの序盤から調整が遅れて二軍スタート。6月13日に昇格を果たすと前年同様にリリーフで好投を続けて7月14日の巨人戦から先発に転向。8月2日の巨人戦の5回裏から9月5日の広島戦の3回表まで22イニング連続で自責0を記録するなど負けなしの3連勝。同年はわずか18試合の登板で先発9試合に留まったが4勝1敗で防御率2.17という好成績を残した。だが第1戦の先発が予定されていたクライマックスシリーズには左肘痛で登板できず2年連続でCSでの登板は0に終わってしまった。同年のオフに横浜に移籍。

1勝
過去10試合に登板した巨人戦で防御率2.57を記録していたため中畑監督から巨人キラーに指名されてホーム開幕戦となった4月3日の巨人戦の先発を任されたが4.1回9安打、4四球で6失点KO。28日の巨人戦でも3.1回8安打、6四球で8失点と全く結果を残せず登録抹消。その後に両ふくらはぎの肉離れで長期離脱。9月にようやく一軍復帰を果たすと9月19日のヤクルト戦で5.2回を無失点に抑えて移籍後初勝利、打ってもスクイズを成功させてお立ち台に上がったが、結局同年は1勝のみに留まった。

腐らずに二軍で好成績
14年はモスコーソ、バルディリスが加入し、6月にはグリエルまで来日した事もあり外国人枠に食い込めず二軍暮らしが続いた。だがイースタン・リーグで8試合(9イニング)に登板して被安打4、2四球で防御率0.00という好成績を残すと、状態の上がらないソーサに代わって7月2日に一軍昇格。7月に12試合(12.2イニング)に登板して被安打5、2四球で防御率0.00という素晴らしい成績を残した。

初セーブ
徐々に中継ぎのエース格に上り詰めると、ついにストッパーを任された8月9日のヤクルト戦では自らの悪送球と2四球で一死満塁というピンチを招いてしまったが、雄平をショートゴロ併殺に打ち取って初セーブを記録。ソトは「アメリカでもセーブのつく場面で投げた経験はあったけど、今日ほど興奮するゲームはなかった。正直に言えば緊張もあったし、怖さもあった」。この勝利で0勝7敗だった夏の一台イベント「スターナイト」の初勝利となったが、最後が長引いて22時を超えてしまったため試合後のイベントは中止になってしまった。

ありがとう
初セーブを記録した翌日のヤクルト戦ではバレンティンにソロホームランを打たれて連続無失点が16試合でストップしてしまう。8月25日には故障で抹消されていたグリエルの復帰で外国人枠が足らなくなり登録抹消となった。22試合の登板で防御率1.35と苦しい夏場を支えたソトは抹消に不満を漏らすどころか「こんなに長く1軍にいさせてくれて本当にありがとう」と泣かせる言葉を残した。シーズン最終盤の9月26日に故障したブランコに代わって一軍昇格。9月28日の巨人戦で同年の初勝利を上げるなど活躍し一時は残留が濃厚と見られていたが左腕投手の岡島を獲得した事もあって退団となってしまった。

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退団後は横浜でチームメイトだったラミレスがSDを勤めるBCリーグの群馬ダイヤモンドベガサスに入団。





初記録
初登板 11年5月28日オリックス戦
初勝利 11年7月18日巨人戦
初奪三振 11年5月28日オリックス戦:T-岡田から
初完投
初セーブ 14年8月9日ヤクルト戦


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
11 中日 22 0 0 5 1 0 78.0 65 4 19 2 59 0 0 18 15 1.73
12 中日 18 0 0 4 1 0 62.1 45 3 21 1 48 0 0 16 15 2.17
13 横浜 8 0 0 1 3 0 30.2 52 3 22 3 22 0 0 34 33 9.68
14 横浜 26 0 0 1 1 1 23.0 17 2 6 2 10 0 0 6 4 1.57
球団 2年 34 0 0 2 4 1 53.2 69 5 28 5 32 0 0 40 37 6.21
通算 4年 74 0 0 12 6 1 194.0 179 12 68 8 139 0 0 74 67 3.11


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
11 中日 22 22 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 15 0 1 .045
12 中日 18 16 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 9 0 1 .000
13 横浜 8 8 0 1 0 0 0 1 1 0 0 2 0 0 0 5 0 0 .125
14 横浜 26 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
球団 2年 34 8 0 1 0 0 0 1 1 0 0 2 0 0 0 5 0 1 .125
通算 4年 74 46 0 2 0 0 0 2 2 0 0 3 0 0 0 29 0 3 .043


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
11 中日 5 0 1 1 1 10.2 4 0 4 9 2 2 1.69
12 中日 12 0 0 0 0 14.0 15 0 5 7 4 3 1.93
13 横浜 6 0 2 0 0 29.0 33 0 10 20 13 12 3.72
14 横浜 9 0 1 0 0 10.0 4 0 3 10 0 0 0.00
通算 4年 32 0 4 1 1 63.2 56 0 22 46 19 17 2.40


  AA投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 AA 6 0 0 1 0 0 9.0 16 2 13 2 9 2 0 12 10 10.00
通算 1年 6 0 0 1 0 0 9.0 16 2 13 2 9 2 0 12 10 10.00


  A投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
04 A- 1 0 0 0 0 0 2.0 2 0 0 0 3 0 0 1 1 4.50
05 A- 9 0 0 0 1 0 10.0 9 0 4 0 12 0 0 5 4 3.60
05 A 16 0 0 2 1 2 26.1 36 5 2 0 16 1 0 14 13 4.44
06 A+ 44 0 0 2 3 1 56.2 57 1 19 1 43 4 0 19 11 1.75
07 A+ 22 0 0 3 2 1 36.0 35 2 13 2 24 1 1 14 11 2.75
通算 4年 92 0 0 7 7 4 131.0 139 8 38 3 98 6 1 53 40 2.75


  ルーキーリーグ成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
04 ルーキー 24 0 0 1 1 13 35.0 30 2 2 0 47 10 4 1.03
通算 1年 24 0 0 1 1 13 35.0 30 2 2 0 47 10 4 1.03







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年