ベイスターズ記録あと何?

サイト内検索>  
ホーム ニュース 通算記録 シーズン記録 日本記録 MLB記録 選手名鑑 タイトル 球団歴史 ドラフト

選手名鑑

■>打者:あ:
■>打者:か:
■>打者:さ:
■>打者:た:
■>打者:な:
■>打者:は:
■>打者:まや:
■>打者:らわ:

■>投手:あ:
■>投手:か:
■>投手:さ:
■>投手:た:
■>投手:な:
■>投手:は:
■>投手:まや:
■>投手:らわ:

■>監督
■>その他

■>大洋ホエールズ
■>横浜大洋
■>横浜ベイスターズ
■>全選手
MLB記録 タイトル

関連リンク


井納 翔一



15
名前 いのう しょういち
生年月日 1986年5月1日
経歴 木更津総合高−上武大−NTT東日本−横浜(12年D3位)−巨人
入団年 12年ドラフト3位
在籍年 13年−20年
背番号 13年−20年[15]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
松本 啓二朗に破れる
小学校1年から野球を始める。中学時代には軟式のクラブに所属。木更津総合高では2年夏にチームは甲子園出場を果たしたが井納はベンチに入れずアルプススタンドでの応援となった。3年夏の県大会はエースとして起用され市立船橋戦で1失点完投勝利を上げるなどベスト4まで駒を進めたが、千葉マリン球場で行われた準決勝の千葉経大付戦では味方のミスもあって序盤でKOされてしまうと、打線も千葉経大付の4番エース松本 啓二朗に抑え込まれて2対10でコールド負けを喫して甲子園出場はならなかった。

2季連続で最優秀防御率
上武大では加賀の1年後輩。2年夏に右肘を手術したがリハビリ中に下半身を鍛え上げて復帰後は球速がアップ。4年時には春に防御率0.40で最優秀防御率、秋にも最優秀防御率(防御率0.82)に加えて5勝0敗を挙げてベストナインを獲得した。だが東海大学との関東代表決定戦では初回に3四球で無死満塁というピンチを作りそこから犠飛とパスボールで2失点、2回以降は立ち直って8回途中まで1安打に抑えたが0対2で破れて明治神宮大会出場はならなかった。

社会人4年目に飛躍
NTT東日本に入社すると2年目に日本選手権の準決勝トヨタ自動車戦で4点をリードされた4回表からマウンドに上がって2イニング連続の三者凡退に抑えたが、味方が2点を返した直後の6回表に荒波 翔に痛恨のツーランを被弾して突き放されてしまった。3年目も思ったような成績が残せず井納はクビも覚悟したが、同年のオフに投球フォームの修正とコーチに進められたスプリットを習得して飛躍。都市対抗では2回戦のトヨタ自動車戦で8回2失点。準決勝のJX-ENEOS戦でも5回まで無失点に抑えたが、疲れの見え始めた6回表に二死一、二塁というピンチを招いた所でマウンドを降りると代わった投手がスリーランを打たれて決勝進出はならなかった。

横浜入団
12年のドラフト会議で横浜から3位指名を受けて入団。開幕ローテに入ったが初登板となった4月4日の巨人戦でラミレスのまさかの落球からピンチを招いてイニング5失点、10日の広島戦でもラミレスのまずい守備から逆転を許して敗戦、17日の広島戦では6回を1失点に抑えたが打線が4安打で無得点と、まずまずのピッチングを見せながら野手の援護を受けれない苦しい試合が続いた。5月7日の広島戦でようやく初勝利を記録すると、続くソフトバンク戦でも6回1失点で2勝目を挙げたが、続く楽天戦で2回途中7失点でKOされて二軍降格となった。

初回7失点
6月下旬に一軍へ復帰すると28日の中日戦には母親を招待して臨んだが、気合が空回りしたのか初回に7安打を集中されてイニング7失点。集中力を無くした打線は中日先発の山井にノーヒット・ノーランを喫する最悪の結果になった。だが二ヶ月間の二軍調整を経て一軍に復帰すると、再び母親を招待して望んだ9月6日の広島戦で7回を1失点に抑えて初めてのお立ち台に上がった。続く14日の中日戦では気迫溢れるピッチングで7回を4安打、3四球で無失点、10奪三振も記録して初回7失点の屈辱を晴らした。

7キロと4000キロ
9月28日の巨人戦では球団の新人としては斉藤 明雄以来36年ぶりとなる巨人戦完投(2失点)とCSを争うシーズン終盤に好投を続けた。井納は終盤に状態を上げた要因として気付かないうちに入団時から7キロ増加していた体重を3キロ絞った事で腰のキレが出てきた事を上げた。11月には日本代表に選出されて台湾遠征に参加、その初戦でリリーフのマウンドに上がると緊張感から頭が真っ白になり、小久保監督が「井納だけは目が飛んでいた」と語るほどの状態だったが何とか無失点に抑えて見せた。またオフには故障した愛車の代車を乗り回して、わずか3週間で4000キロを走破して話題になった。

開幕3連勝
14年はキャンプでフォークの神様といわれた杉下 茂氏に「フォークの練習はしなくていい、ストレートが指にかかればフォークの精度が上がり、ストレートを磨くためにはカーブを練習」との助言を受けた。開幕第2戦のヤクルト戦を任されて6回3失点ながら代打を送られた7回表に山崎が勝ち越しソロを放って勝利投手になった。続く広島戦では雨天の厳しいマウンドで粘ってイニングを重ねたが、9対4で迎えた9回裏に3四球を出してしまうなど一死も取れず涙の降板となった。続くヤクルト戦でも9回表に自らのエラーから1点差に追い上げられたが、最後まで投げ抜いて無四球完投勝利で3戦3勝を記録。月間MVP候補にも名前が上がったが、そこから広島戦で6.1回6失点、阪神戦で6回4失点と打ちこまれて、球団としては5年ぶりの投手の月間MVPはならなかった。

月間MVP
5月に入ると3日の広島戦で6回3失点、9日のヤクルト戦でも6回3失点と試合を作って白星を重ねると、16日の阪神戦では8回一死まで3安打、1四球という素晴らしいピッチングで無失点に抑えたが、今成のソロで1点を返されてしまうと9回裏には2安打を集中されて無念の降板となった。降板時には悔しさを隠さなかった井納だったが、続く日本ハム戦で4安打、1四球、10奪三振という圧巻の内容で初完封を達成。ここまで苦戦を続けるチームの21勝中7勝を記録し、5月までに先発のみで7勝は球団史上30年ぶりの快挙で、続くソフトバンク戦にも勝っていれば球団史上初の先発のみで8勝だったが、惜しくも勝ち負け無しに終わった。だが月間4勝0敗、防御率2.50という好成績で球団としては5年ぶりの投手月間MVPに選出された。

7月までに10勝も
7月11日のヤクルト戦では背中に違和感を感じて5回降板となったが1失点に抑えて9勝目。初選出されたオールスターゲームではらしくない内容で3四球を出したが、25日のヤクルト戦では6回1失点に抑えて早くも10勝を達成。横浜DeNAとしては3年目で初の二桁勝利投手で、リーグ最速の10勝を単独で達成したのは85年の遠藤以来球団史上29年ぶりの快挙だった。93年の野村以来となる最多勝も期待されたが、スターナイト初戦となった8月8日のヤクルト戦で3回途中7失点を喫するなどシーズン終盤は状態を大幅に落として、8月以降は9試合の登板で1勝のみ、防御率も4.01と大台を超えてしまった。

前半好調
15年は日本代表に選出されて欧州代表戦で好投を見せるなど更なる飛躍を期待されてホーム開幕戦を任されたが4回4失点でKOされてしまった。だが続く阪神戦で白星を上げると、4月24日の中日戦で8回1失点、5月16日の広島戦では登板過多のリリーフ陣を救う1失点完投、23日の阪神戦で8回1失点、30日のロッテ戦で8回1失点と首位を争うチームを引っ張って中畑監督からは「あいつでやられたら仕方がないという所まで来ている」と絶賛された。

試合作るも
だが6月に入るとチームの歯車が狂い始めて8連敗で迎えた6月13日の日本ハム戦では自責0で完投したが守備に足を引っ張られて3失点となり敗戦投手、10連敗で迎えた19日の広島戦でも8回を3失点に抑えながら援護なく敗戦、そこからも7回3失点、7回3失点、6回4失点、8回3失点と試合を作りながら白星無しの5連敗、7月10日のヤクルト戦の試合後には「カード頭を投げるピッチャーなのに悔しいし、情けない…」と号泣するなど辛い日々が続いてしまう。後半戦に入っても24日の阪神戦で二塁すら踏ませない好投を見せながら7回裏二死に江越に先制弾を浴びて完投負け、8月には疲労から登録抹消となり、9月19日の阪神戦でようやく連敗を止めたが、6月以降はその1勝のみに留まって防御率3.27ながら5勝8敗と負け越してシーズンを終えてしまった。

代役の開幕投手
16年は開幕の1週間前にようやくローテの座の掴むなど厳しい立場に追い込まれたが、開幕投手が決定していた山口が直前になって故障したため急きょ開幕戦のマウンドをを任されて同年にリーグを制する広島を相手にして7回を3安打、1四球で無失点という完璧なピッチングで球団史上13年ぶりの開幕投手白星を記録した。すると続く4月1日の阪神戦で8回1失点、8日のヤクルト戦で7回3失点(自責2)、16日のヤクルト戦は5回4失点KOとなったが、23日の巨人戦では打線が拙攻を重ねる苦しい展開の中で5安打、1四球で2年ぶりの完封勝利を達成、続く阪神戦でも7回を3安打、1四球という好投を続けた。

誕生祝う
上々の幕開けとなったが5月7日の広島戦で右太ももの付け根に打球を受けて負傷、志願続投したが打ち込まれて5失点KO、以降はまずまずのピッチングを続けながら打線とのかみ合いが悪く白星を逃すと、開幕戦に続いて山口の代役出場となった球宴では大谷、浅村に被弾して3失点を記録した。後半戦に入ると登板試合でチームが4連勝を飾ったが「阪神打線はそこまでいいというわけじゃない」と語って迎えた8月23日の阪神戦で3回までに9失点を喫するなどなかなか殻が破れなかった。だが登板の数時間前に長男が生まれたという連絡を受けて臨んだ9月6日のヤクルト戦では完封目前の9回表に山田のソロこそ喫したが1失点完投でうれし涙を流した。

CS
球団初のCSでは東京ドームとの相性も考慮されて巨人とのファーストステージの初戦を任されると同年から登板前のルーティンに加えたマウンド作文で「決闘」と刻んで臨んだ初回にポテンヒットで先取点こそ許したが、3回裏の無死一、二塁で村田、阿部から連続三振を奪うなど試合を作り、 1点をリードした7回裏には絶好調の坂本をカウント3-2から内角高めのストレートで見逃し三振に切って取るなど7回を2失点に抑えて球団初のCS勝利投手となった。続く広島とのファイナルシリーズ第3戦でも7回を3安打無失点と大舞台で大仕事を見せた。

好投から
17年は上々の立ち上がりを見せた初登板の巨人戦で先制した直後に連続四球から崩れ、5回表にはピッチャーの内海にタイムリーを許した事を皮切りに、20日の広島戦で自らのタイムリーで追加点を入れた直後の7回裏に4安打を集中されて3失点、息詰まる投手戦を演じた5月19日の巨人戦も7回表二死からの四球で崩れるなど好投から突然崩れるパターンが続き徐々に信頼を失ってしまう。エース格との対戦が続いたこともあって白星も伸び悩んだが5月26日の阪神戦ではベイキラーの藤波と投げ合って6回までノーヒットに抑え込むと6回表には自ら先制タイムリーを放って2勝目、6月30日の巨人戦では大エース菅野に投げ勝つ7回1失点で3勝目を手にした。

再びCSで好投
7月8日の中日戦で7回無失点の好投で勝敗を4勝4敗の五分に戻し、故障の濱口に代わって2年連続で代替え選手での球宴にも出場した。だが7月29日の巨人戦で自らがベースカバーを怠ったこともあって初回に4失点、8月5日の広島戦では初回に3点の援護を貰いながら四球から崩れて逆転を許すなど不安定な内容が続き、12日の阪神戦では無失点に抑えていたにもかかわらず6回表二死一、二塁でリリーフを送られてしまう。3位攻防戦となった9月16日の巨人戦では6回無失点に抑えて意地を見せたが、2位への夢を残した28日の阪神戦ではイニング5失点と最後まで粘れないシーズンになってしまった。CSではファーストSの初戦を任されて敗れはしたが6回2失点、ファイナルS第3戦では5.1回を無失点、打っては先制タイムリーと前年に引き続いてビッグゲームに強い所を見せたが、日本シリーズでは初戦で先発も5回途中KOとなり以後はリリーフ登板となった。

中継ぎ転向も
18年はラミレス監督から開幕を目前に控えた3月25日に「優勝するためのビッグインパクト」というリリーフ強化で中継ぎ転向を正式に伝えられた。パットン、山崎に繋ぐ7回のマウンドを任されることになったが4月8日の広島戦から3試合連続失点、13日の中日戦では連投中の山崎に代わって9回を任されて初セーブを記録したが、5月22日からも3試合連続失点を記録するなど期待に応える事ができず登録抹消となり、先発に復帰することとなった。

ノーヒットノーラン
7月1日にイースタンの日本ハム戦で5回まで完全投球、6回表に四球を与えたが盗塁死となると、その後は一人の走者も出さない27人で抑えるノーヒットノーランを達成した(イースタン史上24度目)。8回表が終わった際には「代えてください」と申し出るらしさも見せたが、9回表は三者三振でアマチュア時代も含めて初の快挙を達成した。翌週の阪神戦で一軍に復帰すると主審にたしなめられるほどの気合満点のピッチングで5.2回を無失点に抑えて復帰戦を勝利で飾った。だが24日の中日戦で4回8失点、続く巨人戦では2回までに5失点を喫して抹消となった。8月22日の巨人戦で再昇格を果たすと7回を3安打無四球、9月7日のヤクルト戦で7回を2安打1四球、14日の巨人戦で7回途中5安打無四球と好投を続けて白星を積み上げたが、右ひじを痛めてシーズンを終えた。

4000
19年はオフに右ひじのクリーニング手術を受けた影響で出遅れたが、オープン戦終盤に1軍へ合流して開幕カードの中日第3戦で先発、5回を3安打1失点に抑えて開幕カード勝ち越しに貢献した。続く巨人戦でも5回1失点に抑えて球団通算4000勝目の白星を記録、さらに広島戦でも6.0回を2安打2失点(自責1)に抑えるなど故障者続出で苦しい先発ローテを支えた。だが中5日での先発となった4月20日の広島戦で4回7失点でKOされてしまうと、続く巨人戦で3.2回5失点と試合を作れなかった。

5000
抹消となったが6月8日の西武戦で昇格即先発、強打の西武打線を6回2失点、打っても同点タイムリーを放ってお立ち台に上がった。だが続くソフトバンク戦では内川に勝ち越し弾を運ばれるなど4失点を喫して史上初の球団通算5000敗試合の責任投手になってしまった。中14日を開けて登板した広島戦では6回を無失点に抑えたが、後半戦の開幕投手を任された7月15日の広島戦では3回6失点と試合を作れず抹消となった。8月16日に再昇格を果たすとまずまずのピッチングを続けたが、優勝へのわずかな可能性を残した9月20日の巨人との首位攻防戦で先発予定だったが発熱で離脱、CSでも登板することはできなかった。

ウイニングボール
20年はコロナウイルスの影響で開幕が延期となる中で、子供たちのために作ったピカチュウやスターマンのキャラクター弁当をSNSで公開して話題になった。シーズンが始まると開幕第5戦で先発して、中日打線を5回2失点に抑えて勝利投手になると、翌日に抹消となり中14日を開けて7月9日の広島戦で先発し6回1失点で連勝、さらにハマスタでの有観客試合初戦ということもあって豪雨の中で強行開催となった17日の巨人戦で6回2失点完投(降雨コールド)に抑えると、中10日で再び巨人戦に登板と長い登板間隔を与えられたことも功を奏したのか好投を続けた。また7月9日のウイニングボールを同級生の石川に誕生日プレゼントとして贈るなど、勝利球をプレゼントする新たなルーチンを開始した。

逆転V打
ラミレス監督の信頼が高まった8月からは登板間隔が短くなったが4日の中日戦で7回を6安打無四球で無失点に抑えると、続く11日の阪神戦は好投も自らのけん制悪送球から勝ち越し点を許して敗れたが、18日の広島戦では6回無失点に抑えたうえに打席では追加点につながるヒットを記録、27日の広島戦でも右中間を抜く逆転2点タイムリーツーベースを放って球団の日本人投手としては22年ぶりの逆転V打を記録した。変則シーズンの前半戦にあたる8月まで5勝3敗で防御率2.35という素晴らしい結果を残していたが、9月以降は9試合の先発で1勝4敗、防御率5.65と大幅に数字を落としてシーズンを終えた。

巨人移籍
20年オフにFAを宣言すると巨人とヤクルトから声がかかったが、滝行のパフォーマンスを行った後に巨人入団を発表した。だが開幕を目前にした3月15日にジャイアンツ球場での練習中に階段を飛ばしてジャンプした際に入口の鉄柵に頭部を強打して8針を縫う裂傷を負ってしまう。原監督も「恥ずかしくて言えない」と当初は負傷理由も非公表となるほど無自覚な行動で信頼を失うと、開幕ローテには何とか残ったが移籍後初登板となった3月31日の中日戦で1.0回4失点KOとなり登録抹消となった。その後は4試合の救援登板のみでハマスタ凱旋試合となった5月12日の横浜戦でも牧にホームランを被弾するなど全く戦力になれなかった。

引退
22年も開幕2軍という苦しい立場で迎えたがイースタンリーグで好投を続けて5月31日に1軍昇格、378日ぶりの1軍登板となった翌日のソフトバンク戦で5回表一死二塁からマウンドに上がってグラシアルをファーストライナー、中村をレフトフライで無失点に抑えた。6月22日の横浜戦ではストレートの四球のみで4球交代という屈辱も味わったが、8月6日のヤクルト戦では1回を無失点に抑えて687日ぶりの勝利投手となりお立ち台にも上がった。だが故障者の復帰で抹消となると以降は昇格は果たせず同年オフで戦力外通告を受けた。トライアウトにも参加したが現役引退となった。


初記録
初登板 2013年4月4日巨人戦
初勝利 2013年5月7日広島戦
初奪三振 2013年4月4日巨人戦:脇谷から
初完投 2013年9月28日巨人戦
初セーブ 2018年4月13日中日戦
その他の記録
月間MVP 14年5月






13 14 15 16 17 18 19 20 21 22
オールスター 3回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
13 横浜 18 1 0 5 7 0 89.1 101 7 35 2 66 1 0 56 53 5.34
14 横浜 25 3 1 11 9 0 159,1 163 18 49 7 104 8 0 83 71 4.01
15 横浜 21 3 0 5 8 0 134.2 164 13 40 3 92 7 1 56 49 3.27
16 横浜 23 2 1 7 11 0 151.2 156 14 47 6 113 6 0 65 59 3.50
17 横浜 25 1 0 6 10 0 152.1 147 9 46 8 93 3 0 66 65 3.84
18 横浜 24 0 0 6 3 1 61.0 60 5 16 2 44 2 0 27 24 3.54
19 横浜 15 0 0 4 5 0 70.0 74 5 28 3 50 3 1 43 37 4.76
20 横浜 17 1 0 6 7 0 89.0 98 10 26 1 69 2 0 41 39 3.94
21 巨人 5 0 0 0 1 0 5.0 11 3 1 0 5 0 0 8 8 14.40
22 巨人 7 0 0 1 0 0 5.0 5 0 2 0 4 1 0 1 1 1.80
球団 8年 168 11 2 50 60 1 907.1 963 81 287 32 631 32 2 437 397 3.94
通算 10年 180 11 2 51 61 1 917.1 979 84 290 32 640 33 2 446 406 3.98


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
13 横浜 18 23 1 5 1 0 0 6 3 0 0 2 0 0 0 11 0 0 .217
14 横浜 25 45 0 5 0 1 0 7 0 0 0 5 0 0 0 19 0 2 .111
15 横浜 21 40 1 4 0 0 0 4 1 0 0 2 0 0 0 18 0 0 .100
16 横浜 23 40 1 6 1 0 0 7 0 0 0 7 0 1 0 14 1 0 .150
17 横浜 25 45 2 4 0 0 0 4 2 0 0 5 0 1 0 24 1 0 .089
18 横浜 24 16 1 3 0 0 0 3 1 0 0 0 0 0 0 5 0 0 .188
19 横浜 15 17 1 4 0 0 0 4 1 0 0 3 0 1 0 5 0 0 .235
20 横浜 17 30 0 4 1 0 0 5 3 0 0 1 0 0 0 13 0 1 .133
21 巨人 5 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
22 巨人 7 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 8年 168 256 7 35 3 1 0 40 11 0 0 25 0 3 0 109 2 3 .137
通算 10年 180 257 7 35 3 1 0 40 11 0 0 25 0 3 0 109 2 3 .136


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
17 横浜 3 0 0 0 1 0 5.2 7 1 4 1 3 0 0 7 6 9.53
通算 1年 3 0 0 0 1 0 5.2 7 1 4 1 3 0 0 7 6 9.53


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
17 横浜 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 1年 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  クライマックスシリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
16 横浜 2 0 0 2 0 0 14.0 10 0 5 0 14 0 0 2 2 1.29
17 横浜 2 0 0 1 1 0 11.1 11 1 4 0 11 0 0 2 2 1.59
通算 2年 4 0 0 3 1 0 25.1 21 1 9 0 25 0 0 4 4 1.42


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 横浜 2 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
17 横浜 2 4 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .250
通算 2年 4 9 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 3 0 0 .111


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 3回 3 0 0 0 1 0 5.2 8 2 3 0 2 0 0 4 4 6.35


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
13 横浜 6 0 3 2 0 34.0 32 2 9 20 15 11 2.91
14 横浜 1 0 0 0 0 2.0 0 0 2 2 0 0 0.00
15 横浜 4 1 3 1 0 20.0 16 0 3 16 5 5 2.25
16 横浜 1 0 1 0 0 6.0 5 1 2 5 1 1 1.50
17 横浜 3 0 0 1 0 12.0 16 0 4 12 10 8 6.00
18 横浜 10 1 1 2 0 44.0 32 5 7 40 20 18 3.68
19 横浜 9 0 3 6 0 45.2 58 5 10 42 27 25 4.93
20 横浜 2 0 0 0 0 6.0 2 0 3 5 0 0 0.00
21 巨人 24 1 6 7 2 104.0 124 7 32 65 56 47 4.07
22 巨人 28 0 4 2 0 51.1 43 2 12 50 25 21 3.68
通算 10年 88 3 21 21 2 325.0 328 22 84 257 159 136 3.77