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国吉 佑樹



65
名前 くによし ゆうき
生年月日 1991年9月24日
経歴 秀岳館高校−横浜(09年育成D1位)
入団年 09年育成ドラフト1位
在籍年 10年−
背番号 10年−11年途中[111]、11年途中−[65]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
横浜入団
米国人の祖父を持つクォーター。小学2年時に両親が離婚し、その寂しさを紛らわすために野球を始める。秀岳館に進学すると当初は控え投手だったが2年の秋からスポーツジムに通ってウエイト・トレーニングを行い下半身を鍛えて急成長。3年の春には県大会の決勝で先発を任されるまでになったが、初回に先制を許すと、5回を2安打、1失点に抑えたが惜しくも敗れてしまった。同年の秋の育成ドラフトで横浜から1位指名を受けて入団。

支配下登録
ルーキーイヤーは右肩痛に悩まされてイースタンリーグでもわずか5試合の登板に留まった。翌11年には開幕前に母親に電話をかけて「あと5年待ってくれ。そしたら楽させてあげるから」と伝えたが、「まだ5年もかかるの?」と叱咤された。イースタンリーグで7月3日の日本ハム戦で5回3安打無失点、13日の中日戦で6.1回5安打1失点、31日の日本ハム戦で6回4安打無失点と急成長を見せて7月29日に支配下登録選手となった。

初登板
8月7日の西武戦で7イニングを投げて1安打、10奪三振という素晴らしい結果を残してイースタンリーグ初勝利。その後も好投を続けて8月27日に一軍へ昇格して同日の中日戦で初登板初先発。初回に連続四球などで無死満塁のピンチを作ると谷繁のタイムリーなどで2点を失ったが、2回から力強いストレートで凡退の山を築いて5イニングを投げて3安打、4四球で2失点と上々のデビュー戦を飾った。

初先発
9月には4試合に先発して全て3失点以内に抑えたが、四球を多く与えた事もあり長いイニングが投げられず初勝利とはいかなかった。だが10月4日の巨人戦では2回裏からの4イニングを1安打、無四球に抑えて試合を作ると、6回裏に内野安打とポテンヒットなどで1点を返されたが、なおも続くピンチでラミレスをライトフライ、高橋由を見逃し三振に打ち取って最小失点で切り抜けるなど、7イニングを6安打、無四球で1失点に抑えて見事に初勝利を記録した。同年には1勝に留まったが8試合に先発して防御率2.30という非凡な成績を残した。

26歳差対決制す
12年はオープン戦で18イニングを投げて防御率0.00、被安打11で16奪三振という圧巻の内容を残してホーム開幕戦の先発を任された。だが雨天で一日順延となった4月4日の中日戦では毎回のように先頭打者を出す苦しい展開の中で何とか2失点にまとめたが5回で交代となってしまった。その後もそれなりに試合を作ったが勝ち星のなしの3連敗。5月6日の中日戦では中日先発山本昌との史上最大年齢差となる26歳1カ月差対決を制して勝利投手となったが、続く阪神戦で2回途中で6四球という大乱調で二軍降格となった。

上位チーム戦で試合作るも
二軍に落ちた国吉はスタミナ不足を改善するために徹底的に走り込んで体重を5キロ絞るなど肉体改造に取り組んだ。7月8日の中日戦で55日ぶりに一軍に復帰すると5四球は出したが、150キロを連発するなど7回まで1安打に抑え込む力投を見せる。だが8回裏に連打を打たれて降板すると救援陣が打たれて逆転負け。その後も巨人、巨人、中日、中日、巨人、巨人と同年の1位、2位チームとの対戦が続く中で7イニング前後をを2〜3点に抑えて試合を作ったが打線の援護が得られず8月終了時点で2勝10敗と大幅に黒星が先行してしまった。

初完封
9月7日の広島戦では3回裏まで無失点に抑えると先取点を貰った直後の4回裏には無死一、二塁というピンチを背負ったが、岩本をファーストゴロ併殺、堂林を空振り三振に切って取って無失点で切り抜ける。7回裏の一死一塁では赤松のバントを自らのスライディングキャッチで好捕して併殺に抑えるなど、9回をわずか92球で投げ抜いて3安打、3四球で初完投初完封を達成。育成選手としてはセ初の完封で初完封のスコアが1対0だったのは94年9月23日巨人戦の加藤将以来となる球団史上18年ぶりの快挙だった。

救世主期待も
更なる成長が期待された13年だったが腰痛で出遅れた事もあって前半戦は一軍でプレーすることは出来なかった。8月11日のヤクルト戦で2回途中から同年の初登板のマウンドに上がると5.1回というロングリリーフで試合を作って勝利投手になった。翌週の広島戦では先発すると8回2失点の好投でハマスタ7連敗中だったチームを救った。激しくプレーオフを争っていた事もあって救世主として期待を集めたが、翌週の巨人戦では3回までに7失点、登板過多が続くリリーフ陣を休ませるために続投となったが6回11失点と試合をぶち壊して登録抹消。結局同年はわずか3試合登板にとどまった。

リリーフとして飛躍
14年は5月8日に一軍へ昇格すると同月にロングリリーフも含めた8試合に登板して防御率1.46という好成績を残す。好投が認められて6月からは先発に回ったが6月12日のオリックス戦で4回7失点でKOされるなど3試合の先発で防御率7.11と滅多打ちにあって登録抹消となった。だが7月15日に一軍へ復帰すると再びリリーフとして活躍を続けて一時期は抑えに指名されたが、初セーブがかかる8月5日の巨人戦で9回二死走者無しからヒットと四球でピンチを招いて降板、その後は三上が復調した事もあって抑えからは外れたが、8月に月間15試合に登板するなど主力投手としてブルペンを支えた。同年には二ヶ月近い二軍調整がありながら49試合に登板、リリーフに限ると防御率2.54という素晴らしい成績を残した。

抑え期待も
15年はキャンプから中畑監督から抑え候補として名前が上がるなど高い期待を受けて開幕、ロングリリーフなども含めて好投を続けると、抑えの山崎康が危険球退場となった5月24日の阪神戦ではリリーフした田中の乱調で一死満塁となった所でマウンドに上がったが鳥谷への押し出し四球で1点を返されて、続く大和にも痛烈な打球を弾き返されたがサード白崎がジャンピングキャッチで好捕すると、続くマートンは三振に切って取ってセーブを記録した。だが6月3日のソフトバンク戦では延長11回表に暴投などもあって勝ち越しを許すと、6月12日の日本ハム戦では延長11回裏にサヨナラ暴投と勝負所では好結果が残せず後半戦は二軍生活が続いた。

::
先発を志願して臨んだ16年はイースタンリーグで防御率2.75ながら68.2回で60四死球という制球難に苦しむと、7月10日の巨人戦では一軍で先発のチャンスをもらったが、4対1とリードした2回裏に二死から投手のマイコラスをストレートの四球で歩かせてしまうと、そこから橋本のツーベース、藤村に四球、坂本にセンター前と立て直すことができず降板となり、同年はその1試合登板のみに留まった。





初記録
初登板 11年8月27日中日戦
初勝利 11年10月4日巨人戦:7回1失点
初奪三振 11年8月27日中日戦:平田から
初完投 12年9月7日広島戦:完封で
初セーブ 14年9月25日阪神戦


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
11 横浜 8 0 0 1 4 0 47.0 42 2 20 2 39 1 0 13 12 2.30
12 横浜 19 1 1 4 12 0 112.2 108 10 59 2 95 4 0 57 46 3.67
13 横浜 3 0 0 2 1 0 19.1 27 2 6 5 10 0 0 16 16 7.45
14 横浜 49 0 0 2 3 2 62.1 61 4 23 1 59 4 0 29 24 3.47
15 横浜 28 0 0 3 2 1 33.1 22 1 16 3 28 4 0 10 9 2.43
16 横浜 1 0 0 0 0 0 1.2 4 0 3 0 2 0 0 4 4 21.60
通算 6年 108 1 1 12 22 3 276.1 264 19 127 13 233 13 0 129 111 3.62


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
11 横浜 8 14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 8 0 1 .000
12 横浜 19 33 0 2 0 0 0 2 0 0 0 4 0 0 0 19 0 2 .061
13 横浜 3 6 0 1 0 0 0 1 1 0 0 1 0 0 0 3 0 0 .167
14 横浜 49 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
15 横浜 28 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
16 横浜 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 6年 108 57 0 3 0 0 0 3 1 0 0 7 0 0 0 34 0 3 .053


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
10 湘南 5 0 0 0 0 8.0 8 1 4 6 6 4 4.50
11 横浜 9 0 1 2 0 42.1 33 1 18 38 12 9 1.91
12 横浜 5 0 1 3 0 30.0 32 4 3 30 14 14 4.20
13 横浜 14 0 3 3 0 64.1 59 4 26 43 34 30 4.20
14 横浜 10 0 1 2 0 18.1 11 2 8 17 7 4 1.96
15 横浜 13 0 0 1 1 13.0 10 0 2 14 5 3 2.08
16 横浜 13 0 4 2 0 68.2 46 1 60 62 23 21 2.75
通算 7年 69 0 10 13 1 244.2 199 13 121 210 101 85 3.13







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年