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前田 大和



名前 まえだ やまと
生年月日 1987年11月5日
経歴 樟南高−阪神(05年高校生D4位)−横浜
入団年 18年に阪神から移籍
在籍年 18年−
背番号 18年−[9]
投打 右投げ右打ち
守備 内外野手
中学時代にもベイスターズ
共に高校時代は陸上選手だった両親の元に生まれる。父は陸上自衛隊に入隊し、陸上部時代に国体へ5度出場した母親は中学の体育教師となったが、大和は幼少時代から毎週土日は母が顧問を務める陸上部の練習に付き添って10歳以上も年上の選手たちから刺激を受けた。小学校時代から壁当てを日課にしており、どうすれば素早く正確に狙った的に投げれるかを考えながら中学、高校と壁当てを続けて守備力に磨きをかけた。鹿屋中時代にはボーイズリーグの鹿屋ベイスターズでプレー、樟南高では家族の誕生日などに3年間で80通の手紙を送るなど初めての寮生活を送りながら、1年から守備固めで信頼を勝ち取り、徐々にショートのレギュラーを獲得。

阪神入団
最後の夏は準々決勝の京都外大西戦で敗れたが、たまたま試合を見ていた阪神の岡田監督が大和の守備力を評価したこともあって高校生ドラフトで阪神から4巡目指名を受けて入団。1年目から二軍のショートを任されて経験を積み、2年目から登録名を大和に変更。日本代表の星野監督から阪神で一番守備がうまいという評価を受けたが、一軍のショートは球界を代表する鳥谷が全試合フル出場を続けていたためチャンスを貰えなかった。

武器
二軍首脳陣の計らいでセカンド練習も行い、08年には中村2軍守備コーチと話し合って盗塁数増加を目標に掲げて、ピッチャーの癖を研究し、ベース際でのスライディング練習を重ねるなど身体能力だけに頼っていた盗塁からの意識改革で前年の4盗塁から14盗塁まで増加させた。また入団当初は苦手だったバントも3年連続でウエスタン最多犠打を記録するなど徐々に自らの生き残る武器を増やしていった。

初出場
09年4月15日の中日戦で8回表の守備から一軍初出場、25日の広島戦では初めて打席に入って林の前にセカンドゴロに倒れた。5月31日の日本ハム戦では途中出場で回ってきた延長12回表二死一、二塁という大舞台で1球もスイングせずに見逃し三振に倒れると、その裏の守備ではエラーを犯して翌日に抹消となった。だが7月5日に一軍へ復帰すると19日の巨人戦で延長10回表に初盗塁、22日のヤクルト戦では負傷交代の鳥谷に代わってショートに入り館山から初ヒットを含む2安打、初スタメンとなった8月4日では中日のチェンが2安打無四球で完封を記録したが阪神の唯二の出塁となる2安打を放った。同年には66試合に出場したが打率.177に留まった。

ヤマト
10年には開幕直後の4月3日中日戦で4回表にセンター前ヒットで出塁すると鳥谷のピッチャー強襲の打球が大きく弾かれてライト線まで転がる間に一塁から一気にホームへ還る好走塁を見せた。24日の中日戦では6回裏に代走で出場して二盗を成功させると、迎えた8回裏には内野安打で出塁して再び二盗を決めてアピール、登場曲に選んだ「宇宙戦艦ヤマト」のテーマ曲もファンの間に定着し、7月9日の横浜戦では1点を追う8回裏の無死二塁で代走に起用されると一死三塁から金本のファーストゴロでバックホームを交わしてホームに還りチームの逆転勝利に貢献してお立ち台に上がった。

外野挑戦
10年シーズンには守備固めなどで外野でも起用されたこともあり、同年の秋季キャンプでは出場機会を増やすために自ら外野に挑戦し、当初は内野とは全く違うフライ捕球に対する怖さが拭えなかったがフリーバッティングの打球を数多く受けて徐々に克服した。11年は左肩の負傷で離脱したことも響いて出場試合数は落としたが、守備固めとしてファーストでも起用されるなど内野全ポジションに加えて外野でも起用された。

レギュラー
入団以来出場試合数と打席数がほぼ同数というベンチメンバーの座からはなかなか脱却できなかったが、12年にスタメンで出場した4月22日の横浜戦で初回にブランドンから2点タイムリーツーベース、5回表にハミルトンから満塁走者一掃のスリーベース、7回裏にもタイムリースリーベースという8塁打6打点の荒稼ぎを見せるなどアピール、交流戦からスタメンに定着すると、夏場からは磨いてきた小技や外野挑戦が報われる2番センターを任された。同年は規定打席にこそ達しなかったが128試合に出場して311打数で打率.257を記録した。

両親の前で
13年にはヤクルトとの開幕戦で4安打を記録すると、4月19日からのヤクルト3連戦で12打数7安打、5月3日からのヤクルト3連戦では13打数7安打と同年のヤクルト戦で4割を超える高打率を残した。また6月29日の広島戦では故郷・鹿児島から14時間かけて甲子園へ駆け付けた両親を含む70人の大応援団の前で5回裏のセーフティースクイズでヘッドスライディングを見せて内野安打とすると、同点で迎えた9回裏にはレフト頭上を越える人生初のサヨナラタイムリーを放ってお立ち台に上がるなど巨人と激しく首位を争うチームを引っ張った。だが8月20日の横浜戦で太田から死球を受けて右手の掌を骨折、チームはそこから15勝23敗2分と失速し、CSでも3位広島に一蹴されるなど悔しさが残るシーズンとなった。同年は初の規定打数に到達して打率.273、19盗塁を記録した。

ゴールデングラブ
14年には巨人との開幕戦で猛打賞を記録すると、翌日にも3安打を放ち5回裏の守備では一死二塁から村田のセンター前で三塁を蹴った二走の片岡をバックホームで刺すなど上々の幕開けを見せた。だがチーム事情でセカンドにポジションを移した5月には14日の広島戦で1172打席目の初ホームランを放ったが月間打率.145と大幅に状態を落とし、7月25日には試合前練習で左わき腹を痛めて登録抹消となった。チームも2年連続で秋に首位戦線から転落し3位まで落ち込んだが、大和は8月下旬に復帰すると9月には2試合連続猛打賞を記録するなど数字を上げて打率.264でリーグ1位の50犠打、守っては初のゴールデングラブ(外野)という好成績を残した。

大舞台で好守連発
クライマックスシリーズでは巨人とのファイナル第3戦で4対2で迎えた9回裏に亀井が放った左中間への大飛球をぎりぎりのダイビングキャッチで好捕して勝利に貢献、ソフトバンクとの日本シリーズでは1勝3敗で迎えた第5戦で3回裏の二死二、三塁でセンター前への打球をダイビングキャッチで好捕すると、6回裏の二死二、三塁のピンチでも右中間への打球を好捕と必死にチームを盛り立てたが、最後は1点を追う9回表一死満塁で西岡がファーストゴロでラインの内側を走り守備妨害で併殺、大和も打撃では16打数1安打に終わって日本一はならなかった

再びベンチへ
15年はキャンプでインフルエンザを発症した事も響いて4月2日から23打数連続ノーヒットを記録するなど深刻な打撃不振に陥り、6月9日には途中出場でサード、11日にはファーストを守るなどポジションを失ってしまう。7月9日の中日戦では同点で迎えた9回表に森野が放ったセンターオーバーかと思われた大飛球をジャンピングキャッチで好捕、8月8日の横浜戦ではセカンドを守ってバルディリスが放った一二塁間への打球をスライディングキャッチで好捕と守備ではらしい所は見せたが同年は規定打席に届かない打率.225に留まった。CSでは巨人との1St第2戦で4対2で迎えた9回裏二死二塁のピンチで長野が放った二遊間への打球をダイビングキャッチで好捕すると素早く体勢を立て直して一塁へ送球してチームを救ったが第3戦は破れてCS敗退となった。

打撃不振でスイッチヒッター挑戦
16年は5月1日の横浜戦で8回裏の勝ち越しタイムリーを含む3安打を放ってお立ち台に上がるなどシーズン序盤こそ高打率を残したが徐々に打率を落とすと新監督に就任した金本監督が打撃力を重視した事もあって徐々にスーパーサブ的なポジションに降格してしまう。同年は111試合に出場も229打数53安打(打率.231)に留まり、秋季練習で片岡打撃コーチの助言で29歳にしてスイッチヒッター挑戦となった。

若手起用に押されて
17年は二軍キャンプスタートとなったがオープン戦終盤から一軍に合流すると広島との開幕戦で9回裏の初打席で薮田から左打席での初ヒットを記録したが5月上旬まではわずか6打席とチャンスを貰えなかった。上本の故障と北條と糸原の不振で開幕から34試合目にして5月14日の横浜戦で初スタメン、同日に2安打を放つとそこから4試合連続ヒットを放ったが上本の復帰で再びベンチとという苦難を味わった。だが打率1割台に低迷していた北條が抹消となりスタメン起用となった7月2日のヤクルト戦を先制打を放ってお立ち台に上がると前半戦ラストゲームとなった7月12日の中日戦では3本のタイムリーを放って4打点を記録して再びお立ち台と存在感を見せた。

横浜移籍
7月19日に糸原が故障で抹消となり選択肢がなくなったシーズン後半戦からはショートでスタメンに定着、8月6日のヤクルト戦では6対5で迎えた9回表に飯原が放った二遊間への打球に追いつくとバックトスで二封、8月11日の横浜戦でも後藤が放った三遊間への打球に追いついて併殺を完成させるなどショートの守備でもトップクラスの技術を見せると、課題だった打撃でも7月28日の中日戦でホームランを含む3安打を放つなど規定には大きく届かなかったがキャリアハイの打率.280を記録した。だが横浜とのCSでは第1戦で2安打、第2戦で1安打1犠打を記録しながら第3戦では第1打席で併殺打を放つと交代を指示された。横浜に敗れた試合後のテレビ中継にはダグアウトに残って、長く過ごしてきた甲子園のベンチからの風景を心に刻みつける大和の姿が映し出された。同年オフにFAで阪神オリックスとの争奪戦の末に横浜に移籍した。





初記録
初出場 2009年4月15日中日戦
初安打 2009年7月22日ヤクルト戦:館山から
初本塁打 2014年5月14日広島戦:小野から
初打点 2009年8月7日広島戦
初盗塁 2009年7月19日巨人戦


06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
ゴールデングラブ 1回


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
09 阪神 66 62 12 11 3 0 0 14 1 3 1 7 0 3 0 7 0 1 .177
10 阪神 62 44 19 12 0 1 0 14 4 8 3 1 1 4 0 8 1 2 .273
11 阪神 47 51 13 12 1 1 0 15 6 5 1 5 3 3 0 6 0 5 .235
12 阪神 128 311 29 80 13 3 0 99 26 17 8 19 0 15 4 46 3 2 .257
13 阪神 104 384 51 105 12 3 0 123 21 19 9 35 0 27 8 40 2 2 .273
14 阪神 121 398 54 105 17 1 1 127 24 11 7 50 1 28 4 52 7 3 .264
15 阪神 123 249 25 56 5 0 0 61 12 5 7 28 0 12 4 35 2 1 .225
16 阪神 111 229 24 53 16 1 1 74 20 3 2 15 2 12 1 53 9 4 .231
17 阪神 100 232 25 65 6 0 1 74 16 2 3 1 1 18 0 37 5 4 .280
球団
通算 9年 862 1960 252 499 73 10 3 601 130 73 41 161 8 122 21 284 29 24 .255


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
14 阪神 5 16 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 7 0 0 .063
通算 1年 5 16 1 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 7 0 0 .063


  プレーオフ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
10 阪神 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
13 阪神 1 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 阪神 6 20 1 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 4 0 3 0 0 .150
15 阪神 3 3 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
17 阪神 3 8 0 3 0 0 0 3 0 0 0 1 0 0 0 0 3 1 .375
通算 5年 14 34 1 6 0 0 0 6 0 1 0 1 0 4 0 3 3 1 .176


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
06 阪神 83 227 28 59 6 4 0 73 20 6 25 10 27 4 13 .260
07 阪神 73 268 41 66 13 2 2 89 28 4 17 0 22 34 1 9 .246
08 阪神 71 230 22 52 11 1 1 68 29 14 19 4 14 25 2 8 .226
09 阪神 40 141 22 32 6 0 1 41 13 4 15 1 19 15 3 2 .227
10 阪神 9 27 5 8 0 0 0 8 0 5 3 0 2 2 0 0 .296
11 阪神 16 57 5 15 1 0 2 22 5 5 1 0 0 10 0 2 .263
13 阪神 2 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 阪神 2 6 0 2 1 0 0 3 0 0 1 0 0 0 0 0 .333
15 阪神 5 16 4 4 1 0 0 5 1 0 0 0 1 0 0 0 .250
16 阪神 1 3 0 1 0 0 0 1 1 0 0 1 0 1 0 0 .333
17 阪神 5 17 4 6 0 0 0 6 4 0 1 0 2 2 0 0 .353
通算 11年 307 992 132 245 39 7 6 316 101 38 82 9 70 116 10 34 .247







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年