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岡島 秀樹



21
名前 おかじま ひでき
生年月日 1975年12月25日
経歴 東山高−巨人(93年D3位)−日本ハム−レッドソックス−ソフトバンク−アスレチックス−ソフトバンク−横浜
入団年 15年にソフトバンクから移籍
在籍年 15年
背番号 15年[21]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
ノールック投法
小学校時代から体全体を使って投げるダイナミックな投球フォームに憧れていた岡島は投げるたびに帽子が脱げ落ちるほど激しいピッチングを続けていくうちにリリース時に顔が地面に向き、捕手も打者も見ずに投げる「ノールック投法」を身に付けた。中学時代には投球フォームがコンプレックスになり、一般的な投球フォームにもチャレンジしたが、この頃に連載が始まった少年漫画「エース!」の主人公である相羽 一八の豪快なピッチングにも影響を受けてノールック投法を続ける事になった。

巨人入団
東山高では1年秋からエースになり、2年春のセンバツでは1回戦の御殿場西戦で小野 慎吾と投げ合って延長10回の激戦の末に逆転勝利を飾ったが、2回戦の浦和学院では1対1で迎えた7回表からマウンドに上がったが10回表に4点を失って2回戦敗退となった。3年春のセンバツでは近畿大会で肘を痛めていたことも影響して1回戦の国士舘高戦で8四球を与えて2対6で敗戦。同年のドラフト会議で巨人から3位指名を受けて入団した。

初登板
ルーキーイヤーの94年は6月23日にイースタン・リーグの横浜戦で初登板(2回を投げて4安打で1失点)。同年はイースタン・リーグで14試合に登板して防御率3.76を記録したが一軍昇格はならなかった。翌年は8月27日にイースタン・リーグの西武戦で2失点完投、9月10日のヤクルト戦で1失点完投、、9月26日のロッテ戦で4安打完封と好投を続けて一軍昇格。10月6日の中日戦で初登板初先発を任されると、5回を投げて5安打、2四球で1失点に抑えて、9奪三振も記録したが、打線が広澤のソロのみに抑え込まれて初勝利はならなかった。

初勝利
96年はリリーフとして登板した4試合で6イニングを1失点に抑えると、5月7日の広島戦で先発のチャンスを貰って毎回のように走者を出しながら6.2回を無失点に抑えて初勝利を飾った。なお7回途中から岡島をリリーフしたマリオも2.1回を無失点に抑えて初登板初セーブを記録したため記念球を欲しがったが、ボールにマリオがセーブを記録した事を記入する事を条件にして岡島がボールを手に入れた。この時点で防御率0.71という好成績を残していたが故障で登録抹消となり、2ヵ月後に二軍で復帰したが、球史に残る大逆転優勝(メークドラマ)を達成した一軍には戻る事ができなかった。

初完投、初完封
97年は開幕から一軍で先発として起用されて、5月21日の横浜戦で3安打、1四球、12奪三振という圧巻の内容で初完投勝利(1失点)。6月28日の中日戦で7回を無失点に抑えて2勝目を記録すると、7月4日の阪神戦では3回裏に先頭の山田から三振を奪うと、続く竹内も三振(振り逃げ)、和田も三振、2安打を挟んで、桧山も三振に切って取ってセでは59年の幸田(大洋)以来38年ぶりとなるイニング4三振を記録(史上5人目)。8月17日の横浜戦では7月以降24勝7敗という驚異的な快進撃で37年ぶりの優勝に向かって驀進していた横浜打線を4安打、4四球に抑え込んで初完封を達成。序盤での投手交代や打線の援護が得られなかった試合が多かった事もあり、4勝9敗と大幅に負け越して規定投球回にも届かなかったが防御率3.46という好成績を残した。

リリーフ転向
98年は主にオールスター明けから一軍で起用されたが14試合の登板で3勝6敗、防御率4.33という今一つの成績に終わってしまう。翌99年も初登板となった4月18日の中日戦で3回途中5失点でKOとなり登録抹消となったが、6月下旬にリリーフ投手として復帰すると、8月31日の中日戦では初回に緊急降板した斎藤 雅樹をリリーフして8.1回という超ロングリリーフで2安打、2四球で無失点に抑えて勝利投手になり、9月には14試合の登板で26.1イニングを投げて月間防御率1.37という好成績を残した。

ONシリーズで胴上げ投手
00年は開幕から8試合(11イニング)連続無失点を記録すると、5月16日の広島戦で8回表からの2イニングを無失点に抑えて初セーブを記録。6月15日の横浜戦でも2.1回を無失点に抑えて2セーブ目を上げるなど活躍を続けて一時期は故障で離脱した槙原に代わって抑えも任された。初出場を果たしたオールスター明けからは状態を落としたが、56試合に登板して5勝4敗7セーブ、防御率3.11という素晴らしい結果を残して優勝に大きく貢献。ON対決で話題を集めた日本シリーズでは3勝2敗で迎えた第6戦で9回表を任されて、城島にはレフト前ヒットを打たれたが、坊西三振、柳田三振、ニエベスも三振と3者連続三振に切って取って胴上げ投手になった。

月間10セーブ
01年は開幕から抑えを任されて4月30日の広島戦で4月としては史上初となる月間10セーブを達成。5月には飲酒運転に関する記事が週刊誌に載って警視庁から厳重注意を受けたが、その後も巨人にとって長年の課題だった守護神を勤め上げて、オールスターには抑え部門で36万票を超える投票を集めてファン投票で出場。8月には10試合に登板して防御率0.00を記録したが、9月に入ると大幅に数字を落として抑えの座を桑田に奪われてしまった。それでも58試合に登板して2勝1敗25セーブ、防御率2.76 という素晴らしい成績を残した。

トレード
02年は新監督に就任した原監督の意向で河原に抑えの座を奪われたが、中継ぎとして52試合に登板して防御率3.40を記録。オールスターには2年連続でファン投票で選出された(中継ぎ部門で81万票)。その後も中継ぎとして活躍を続けたが、 05年には防御率は4.75ながら42試合に登板したにもかかわらずオフの契約更改で40%という大幅ダウンを提示された。「来年頑張れば上げる」という言葉を信じて一発でサインしたが、翌年の3月24日に実松、古城との1対2のトレードで日本ハムへ移籍することになった。

日本シリーズ
突然の移籍にショックを受けた岡島は同年のオフにFA権を行使して横浜かヤクルトに移籍して巨人を倒すという反骨精神を力に変えてプレーして、55試合の登板で防御率2.14という素晴らしい成績を残した。中日との日本シリーズでも第4戦で7回表無死一、二塁という場面でマウンドに上がって福留を空振り三振、ウッズをピッチャーゴロ、森野をファーストゴロと中軸を打ち取って零封すると、8回表も続投して無失点に抑えるなど、同シリーズで4試合に登板して被安打0に抑える好リリーフを見せた。

MLB
オフにはFA権を行使したが、希望していた在京セを上回るオファーがボストン・レッドソックスから提示され、信頼している占い師にMLB移籍を勧められた事もあってMLB挑戦を決意した。岡島は12月に滑りやすいMLB球を取り寄せて投球練習を開始したが、最大の武器であるカーブが特殊な握りが災いしたのか全く制御できず、捕手が飛び上がっても取れないほどコントロールに苦しんでしまう。握りを変えてみても改善の兆しが見えず途方にくれた岡島は桑田に相談して、色々と話し合った結果チェンジアップ習得を目指す事になった。練習時間以外もMLB球を持ち歩いて感触を手になじませて、何とかスプリング・トレーニング前にチェンジアップを物にした。

開幕戦、初登板、初球
4月2日のロイヤルズとの開幕戦で1対5で迎えた6回裏にメジャー初登板。緊張の中で投じた初球の外角ストレートを8番バッターのジョン・バックに振り抜かれてしまうと、右中間へ舞い上がった打球はそのままスタンドに飛び込んで岡島はメジャー史上7人目の初登板の初球をホームランされた投手になった。歴史に名を刻んだ岡島だったが、その事よりも初対戦の8番バッターに初球の外角に外れるボール球をスタンドまで運ばれた事に混乱して、その後のマウンドの記憶は残っておらず、ホテルに帰っても立ち直れないまま一睡も出来ずに朝を迎えるほど大きなショックを受けた。

19試合連続無失点
「もう日本に帰ろうか」と悩むほど追い込まれた岡島だったが、各打者をデータやビデオで研究すうるちに外角はストライクゾーンギリギリでも踏み込んで長打を打てる選手が多い反面、内角は真ん中付近でも苦手にしている打者が多いことに気付き、内角でカウントを稼いでから、覚えたてのチェンジアップを外角に落とすパターンを試した所、メジャーの打者が凡退を繰り返して、なんと登板2試合目から19試合連続無失点を記録して4月の月間最優秀新人に選出された。4月20日のヤンキース戦では抑えのパペルボンが登板過多だったため9回を任されてジータをセカンドゴロ、A・ロッドをセカンドライナーに打ち取るなど無失点に抑えてMLB初セーブを記録。翌日からはチームメイトたちの見る目が変わってメジャーリーガーの一員として認められた事を実感した。

オールスター
4月27日のヤンキース戦では松井と対戦してピッチャーゴロに打ち取ると、二日後のヤンキース戦では2イニングを投げて4奪三振を奪い、松井は再びピッチャーゴロに仕留めるなど、4月に5試合のヤンキース戦に登板して被安打3、1四球で7奪三振という素晴らしい結果を残して早くもボストンファンの心を掴んだ。当初は同時期にレッドソックスが120億円を超える大型投資で松坂を獲得していた事もあり、岡島は松坂の話し相手として獲得したといった報道もあったが予想を大幅に上回る活躍を続けた。またオールスターゲームにも最後の32人目を決めるインターネット投票で選出されたが、残念ながら試合出場はならなかった。

最優秀セットアップ
7月14日終了時点では41試合の登板で防御率0.79という驚異的な数字を残していたが、19日のホワイトソックス戦でコネルコにソロを被弾して連続試合無失点が15でストップすると、その後は打ち込まれる試合が増えて9月14日のヤンキース戦ではジアンビ、カノに連続ホームランを喫するなど4失点で降板、試合後には首脳陣に肩の痛みを伝えて戦列を離れたが、レッドソックスの12年ぶりの地区優勝とヤンキースの地区10連覇阻止に大きく貢献した。また登場曲に採用されたオカジマ・オーキードーキが話題になり、地区優勝決定後のグラウンドでは選手達が曲にのってダンスを披露した。ポストシーズンでも9.2イニング連続無失点を記録するなどワールドシリーズ制覇に貢献、同年オフにMLBの公式サイトで行われたファン投票で最優秀セットアップに選出された。

日本で開幕戦
08年には3月25日に日本の東京ドームで行われたメジャーリーグの開幕戦で4対4の同点で迎えた9回裏に登板して無失点に抑えると、打線が10回表にラミレスのタイムリーで勝ち越して岡島は日本開幕戦で勝利投手になった。その後も5月までは防御率0点台の好投を続けると、6月は月間防御率9.64で大幅に数字を落としたが、7月には9試合の登板で被安打2に抑えるなど復調、前年比ではわずかに数字を落としたものの64試合の登板で防御率2.61という素晴らしい成績を残した。ポストシーズンでもアメリカンリーグ・チャンピオンシップで5試合の登板で7.1イニングを投げて被安打1、1四球に抑えたが、惜しくもチームはレイズに3勝4敗で競り負けてワールドシリーズ進出はならなかった。

3年連続60試合登板
09年も4月28日のインディアンス戦から15試合連続無失点を記録するなど新加入の斎藤隆とともにボストンのブルペンを支えた。後半戦は打ち込まれる試合が増えたが粘り強く最小失点に抑えてゲームをつくり、救援左腕としてはメジャー史上3人目のルーキーイヤーから3年連続での60試合登板を達成。オフには入団時に結んだレッドソックスとの契約が切れる事から争奪戦が予想されたが、ほとんどの日本人選手が結ぶ「契約終了時にFA」の条項を代理人が契約に盛り込んでいなかった事が発覚。岡島は代理人を代えて交渉に臨んだが、275万ドル+わずかな出来高という実績からすれば抑え目な数字でレッドソックスと再契約する事になった。

戦力外
10年は開幕から防御率5点前後と大幅に数字を落としてセットアップの座を斎藤隆に奪われてしまう。終盤に12試合連続無失点を記録して多少数字を改善させたが、56試合の登板で防御率4.50という成績に終わった。翌11年もレッドソックスと契約したがスプリング・トレーニングで結果を残せず開幕をマイナーで迎えると、4月18日にメジャーへ昇格したが、翌日のアスレチックス戦で松井 秀喜に2点タイムリーツーベースを喫するなど結果が残せず、わずか7試合の登板でレッドソックスから戦力外通告を受けてマイナー降格となった。AAAでは34試合の登板で8勝1敗、防御率2.29を記録したが再昇格はならなかった。

日本復帰
オフにはメジャー契約のオファーもあったが断って、ワールドチャンピオンの可能性があるヤンキースとのマイナー契約を選択したが、メディカルチェックでひっかかり契約解除。痛みなどの自覚症状はなかったため岡島は大きなショックを受けたが、契約解除後すぐに声をかけてくれたソフトバンクホークスと契約を結んで6年ぶりに日本球界に復帰した。MLB球からNPB球に変わることでメジャー時代のウイニングショットだったチェンジアップの威力が落ちたが、かつての決め球カーブが本来の威力を取り戻した。

防御率0.00
復帰初年度は開幕から走者を出しながら得点を与えない粘り強いピッチングを続けて無失点のまま交流戦に突入。5月30日の横浜戦では森本、筒香の連打で無死一、三塁というピンチを背負って、ついに初失点かと思われたが、藤田をショートゴロに打ち取って三走の森本をアウトにすると、代打小池をライトフライ、金城のピッチャーゴロは弾いて内野安打にしたが荒波をショートゴロに打ち取って防御率0.00を継続。翌日の横浜戦では2対2で迎えた8回裏に無死一、二塁という場面でマウンドに上がると石川を送りバント失敗、鶴岡ショートゴロで二死とすると、ここで横浜ベンチが岡島のボークを狙って三走の梶谷にホームスチールを敢行させたが、岡島は冷静にプレートを外してからホームに送球して無失点で切り抜けた。岡島は「せこいですね。野球人生で初めて」

セ・リーグ記録を越える
交流戦最終戦の6月17日の横浜戦も無失点に抑えてセ・リーグ記録の開幕から24試合連続無失点(98年佐々木)に並んだ。ただ残念ながらパ・リーグは開幕からの連続試合無失点については記録集計を行っていないためリーグ/日本記録とは認定されなかった。交流戦明けも記録を伸ばして26試合連続としたが、6月28日のオリックス戦でT・岡田のレフト前ヒットでレフトの内川が悪送球を投じて、T・岡田を二塁へ進塁させてしまうと、バルディリスにセンター前へタイムリーを打たれてついに初失点となってしまった。だが内川のエラーが絡んでいたため自責点はつかず防御率0.00のまま6月を終了した。

防御率0.23
初失点を記録した岡島だったが続く試合から19試合連続無失点を記録。しかも17イニングを投げて被安打5で無四球という驚異的な結果を残した。開幕からの自責点ゼロは46試合まで伸びて防御率0.00でのシーズン終了が見えて来たが、8月30日のオリックス戦で一死一、三塁から伏兵梶本にライト前ヒットを打たれて大記録はストップしてしまった。この時点では防御率0.23という見慣れない数字が記録されたが、続く川端にもタイムリーを許すなど一気に自責点が3まで伸びた。9月24日の楽天戦では松井稼にサヨナラツーランを被弾したが、56試合の登板で自責点を記録したのはこの2試合のみという驚異的なシーズンを送り、おそらく日本記録となる開幕から46試合連続自責点ゼロと合わせて球史に名を刻んだ。

横浜移籍
残留していれば年俸大幅増が予想されたがメジャー復帰を目指して自由契約となり、翌13年の2月12日にアスレチックスとマイナー契約を結んだ。スプリング・トレーニングでは9試合のチャンスを貰ったが防御率5.79と結果を残せず開幕をマイナーで迎えると、5月17日にメジャーへ昇格したが5試合の登板でマイナー降格となり、同年オフに自由契約となった。翌14年は再びソフトバンクと契約、開幕から好投を続けていたが5月29日の横浜戦で延長11回裏に登板も白崎のサヨナラヒットで敗戦投手、6月11日の中日戦では連続四球などで塁を埋めると森野に走者を一掃されて3失点、そこから登板機会が減少すると7月23日に左ふくらはぎの故障で登録抹消。8月22日に一軍へ復帰するとシーズン終了まで8試合連続無失点に抑えたが、重要な場面での登板は任せて貰えなかった事もあり自由契約を申し出て同年限りで退団となり横浜に移籍した。

故障
春季キャンプ序盤には中畑監督から絶賛されたが、練習中に左膝を痛めて離脱。当初は軽症と思われていたが回復が思わしくなく合流が大幅に遅れてしまった。6月9日に一軍へ昇格すると同日の楽天戦は無失点に抑えたが、続く11日の楽天戦では5対3で迎えた6回裏にマウンドに上がると3連続四球でピンチを作り、松井稼に満塁ホームランをレフトスタンドに叩き込まれて登録抹消。9月6日に再昇格を果たすと、まずまずのピッチングは見せたが、9月15日のヤクルト戦でサヨナラヒットを喫するなど好結果は残せず1年限りで退団となった。

投球フォーム
小学校時代に野球を始めてから中学、高校と指導者から投球フォーム矯正を命じられたことはなかったが、プロ入り後は毎年のようにフォーム変更を指示され、巨人入団から数年後の秋季キャンプではサイドスロー転向を命じられた。翌日から岡島はサイドスローの練習を始めたが、力強い球が投げれず、コーチに今まで通りのノールック投法に戻す事を直訴して本来の投球フォームに戻した。98年から二軍の投手コーチに就任した鹿取 義隆は岡島の投球フォームを「リリース時に頭の位置が下がる分、腕の位置が上がるのでリリースポイントが高くなる」と評価しており、岡島は桑田と並んで鹿取を自分の理解者として名前を上げている。





初記録
初登板 1995年10月6日中日戦
初勝利 1996年5月7日広島戦
初奪三振 1995年10月6日中日戦:神野から
初完投 1997年5月21日横浜戦
初セーブ 2000年5月16日広島戦
記録達成日
500試合登板 2014年4月8日西武戦

その他の記録
イニング4奪三振 1997年7月4日阪神戦
1球勝利 2004年7月27日広島戦


NPB MLB N M N
94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
オールスター 4回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
95 巨人 1 0 0 0 0 0 5.0 5 0 2 0 9 0 0 1 1 1.80
96 巨人 5 0 0 1 0 0 12.2 13 0 9 1 8 1 0 2 1 0.71
97 巨人 25 2 1 4 9 0 109.1 92 7 59 4 102 3 0 47 42 3.46
98 巨人 14 0 0 3 6 0 62.1 61 7 32 2 54 3 1 31 30 4.33
99 巨人 37 0 0 4 1 0 69.2 42 6 28 3 77 3 0 25 23 2.97
00 巨人 56 0 0 5 4 7 72.1 53 4 31 2 102 5 0 26 25 3.11
01 巨人 58 0 0 2 1 25 62.0 62 5 39 2 70 2 0 21 19 2.76
02 巨人 52 0 0 6 3 0 55.2 42 8 22 3 58 4 0 21 21 3.40
03 巨人 41 0 0 2 3 0 38.2 45 6 20 1 29 1 0 22 21 4.89
04 巨人 53 0 0 4 3 5 46.2 33 5 20 1 53 2 0 16 16 3.09
05 巨人 42 0 0 1 0 0 53.0 55 10 19 4 56 1 0 31 28 4.75
06 日本ハム 55 0 0 2 2 4 54.2 46 5 14 1 63 6 0 14 13 2.14
12 ソフトバンク 56 0 0 0 2 9 47.2 34 1 6 0 36 3 0 6 5 0.94
14 ソフトバンク 44 0 0 4 4 0 42.2 32 3 14 2 36 1 0 10 10 2.11
15 横浜 10 0 0 0 2 0 7.1 6 1 8 0 7 1 0 7 7 8.59
球団 1年 10 0 0 0 2 0 7.1 6 1 8 0 7 1 0 7 7 8.59
通算 15年 549 2 1 38 40 50 739.2 621 68 323 26 760 36 1 280 262 3.19


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
95 巨人 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000
96 巨人 5 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
97 巨人 27 33 2 3 0 0 0 3 1 0 0 1 0 3 0 14 0 2 .091
98 巨人 14 20 3 5 0 0 0 5 1 0 0 1 0 1 0 8 0 0 .250
99 巨人 40 14 1 4 0 0 0 4 1 0 0 1 0 0 0 7 0 0 .286
00 巨人 56 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 5 0 0 .000
01 巨人 58 6 0 2 0 0 0 2 3 0 0 0 0 0 0 3 0 0 .333
02 巨人 52 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
03 巨人 41 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
04 巨人 53 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
05 巨人 42 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
06 日本ハム 55 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
12 ソフトバンク 56 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 ソフトバンク 44 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
15 横浜 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 1年 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 15年 554 96 6 14 0 0 0 14 6 0 0 3 0 4 0 43 1 3 146


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
00 巨人 3 0 0 0 0 1 4.1 1 0 1 0 6 0 0 0 0 0.00
02 巨人 1 0 0 0 0 0 1.0 1 1 1 0 1 0 0 2 2 18.00
06 日本ハム 4 0 0 0 0 0 3.2 0 0 2 0 3 0 0 0 0 0.00
通算 3年 8 0 0 0 0 1 9.0 2 1 4 0 10 0 0 2 2 2.00


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
00 巨人 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
02 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
06 日本ハム 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 3年 8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  クライマックスシリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
12 ソフトバンク 2 0 0 0 0 1 2.0 1 1 0 0 3 0 0 1 1 4.50
14 ソフトバンク 2 0 0 0 0 0 1.2 2 0 1 0 2 0 0 0 0 0.00
通算 2年 4 0 0 0 0 1 3.2 3 1 1 0 5 0 0 1 1 2.45


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
12 ソフトバンク 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
14 ソフトバンク 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 2年 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 3回 4 0 0 0 0 0 5.0 4 1 3 0 4 0 0 2 2 3.60


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
94 巨人 14 0 1 1 0 26.1 28 14 27 11 3.76
95 巨人 16 3 3 4 0 60.2 54 34 55 20 2.97
96 巨人 13 1 4 5 0 69.0 65 41 50 37 4.83
97 巨人 2 1 1 1 0 15.0 6 1 9 12 4 3 1.80
98 巨人 11 1 3 4 0 54.2 49 4 19 30 20 15 2.47
99 巨人 11 0 1 3 0 55.0 45 3 27 60 22 22 3.60
03 巨人 6 0 1 2 0 10.1 10 3 4 10 9 6 5.23
05 巨人 8 0 0 0 1 11.0 6 1 2 10 1 1 0.82
06 日本ハム 7 0 0 0 0 17.0 7 0 2 17 2 2 1.06
14 ソフトバンク 2 0 0 0 0 2.0 0 0 0 3 0 0 0.00
15 横浜 13 0 1 1 2 13.0 9 1 6 8 5 5 3.46
通算 11年 103 6 15 21 3 334.0 279 ? 158 282 ? 122 3.28


  MLB成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 レッドソックス 66 0 0 3 2 5 69.0 50 6 17 1 63 0 0 17 17 2.22
08 レッドソックス 64 0 0 3 2 1 62.0 49 6 23 1 60 2 0 18 18 2.61
09 レッドソックス 68 0 0 6 0 0 61.0 56 8 21 2 53 0 0 23 23 3.39
10 レッドソックス 56 0 0 4 4 0 46.0 59 6 20 0 33 2 0 24 23 4.50
11 レッドソックス 7 0 0 1 0 0 8.1 7 0 5 0 6 0 0 4 4 4.32
13 アスレチックス 5 0 0 0 0 0 4.0 7 1 2 0 1 1 0 1 1 2.25
通算 6年 266 0 0 17 8 6 250.0 228 27 88 4 216 5 0 87 86 3.10


  ポストシーズン成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 レッドソックス 8 0 0 0 0 0 11.0 9 2 3 0 11 3 3 2.45
08 レッドソックス 8 0 0 0 0 0 10.0 4 0 2 0 5 2 2 1.80
09 レッドソックス 1 0 0 0 0 0 0.1 0 0 0 0 0 0 0 0.00
通算 3年 17 0 0 0 0 0 21.1 13 2 5 0 16 5 5 2.11


  AAA成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
10 AAA 3 0 0 0 0 0 2.1 6 1 0 0 0 5 5 19.29
11 AAA 34 0 0 8 1 0 51.0 39 3 9 0 48 13 13 2.29
13 AAA 37 0 0 1 3 1 42.2 40 5 9 0 45 21 20 4.22
通算 3年 74 0 0 9 4 1 96.0 85 9 18 0 93 39 38 3.56







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年