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須田 幸太



20
名前 すだ こうた
生年月日 1986年7月31日
経歴 土浦湖北高校−早稲田大学−JFE東日本−横浜(10年D1位)
入団年 10年ドラフト1位
在籍年 11年−
背番号 11年−[20]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
若獅子賞
早稲田大学では通算8勝3敗ながら4年春には24.2回を投げて防御率0.73で最優秀防御率を獲得。通算でも防御率1.74という好成績を残している。JFE東日本に入社するとエースとして活躍。1年目の都市対抗にはHondaの補強選手として出場すると、抑えとして起用されて胴上げ投手になり新人王にあたる若獅子賞に選出された。翌年にはチームを都市対抗に導きベスト8まで進出した。同年のドラフト会議で横浜から1位指名を受けて入団した。

初登板
開幕は二軍で迎えたが4月22日に昇格すると同日の阪神戦に先発予定だった眞下が虫垂炎で離脱したため、急遽先発で起用されることになった。午後1時に先発を告げられたという須田は3回までに5安打、3四球という苦しい立ち上がりとなったが何とか2点で抑えると、4回裏、5回裏は三者凡退に打ち取るなど力強いストレートで阪神打線を抑え込んで6回2失点という上々のデビュー戦を飾った。

初勝利
6月6日の西武戦では3回まで三人ずつで打ち取ると、4回表には一死一、二塁、5回表には一死一三塁というピンチを背負ったが後続を打ち取って無失点で抑える。先制した直後の6回表には四球がらみでピンチを招くと代打石井義のタイムリーで同点に追い付かれて須田はこの回限りでマウンドを降りたが、その裏にハーパーの犠牲フライで勝ち越しに成功して、須田に初勝利が記録された。6月26日のヤクルト戦では3回表に自ら先取点につながるライト前ヒットを放つと、投げては6イニングを4安打、4四球で無失点に抑えて2勝目を記録した。

9対0から追い付かれる
8月17日のヤクルト戦では初回に打線が大爆発。二死一、二塁からハーパー、金城、藤田、黒羽根と4者連続タイムリー、須田も内野安打で続くと下園がスリーラン、石川がレフト前、スレッジがライト前と球団記録にあと1に迫る8連続安打で一挙に8点を奪った。4回表にも1点を追加して9対0と楽勝ムードだったが、その裏に須田が連続四球でピンチを作るとバレンティンのスリーランなどで4点を返されてしまう。5回表に下園のタイムリーで突き放したが、その裏に須田が連打と四球で無死満塁というピンチを作って降板すると、リリーフ陣も流れを変えることは出来ず10対10の同点に追い付かれて、まさかの引き分けに終わってしまった。

2登板
12年は春季キャンプで左脇腹を痛めて離脱。6月18日の日本ハム戦でようやく一軍に昇格したが3回表に送りバントの処理を内野手に譲ってピンチを広げると、そこから中田のスリーランなどで4失点。続く26日のヤクルト戦では味方が同点に追い付いた直後の5回表に先頭のミレッジにストレートの四球を与えるなど、4.1回で5四球という乱調で降板となり登録抹消。結局同年は再昇格は果たせずわずか2試合の登板に終わった。

リベンジ
13年も二軍スタートとなったが、イースタンリーグで好成績を残して6月26日に一軍昇格。負ければ最下位転落となる7月4日のヤクルト戦で先発を任されると「体力が尽きるまで全力でいこう」と飛ばしに飛ばした須田は2回表から6イニング連続ノーヒットを記録するなどヤクルト打線を完璧に抑え込んで3安打、3四球で初完投初完封を達成。お立ち台に上がった須田は2年前のヤクルト戦に触れて「あの試合が自分の中でずっと心の中に残っていて、いつかヤクルトに仕返ししてやるぞって気持ちがずっとありました」とリベンジにかけた思いを語った。その後も先発を任されると9月8日にCSを争う広島との直接対決で6回1失点に抑えて勝利投手になるなど打線の援護に恵まれたこともあって6勝3敗、防御率4.83を記録した。

0勝
14年は5月16日に一軍昇格を果たすとロングリリーフとしてまずまずの成績を残していたが、7月1日の中日戦では5安打、1四球と打ち込まれて一死しか取れず降板となり翌日に登録抹消。シーズン最終盤の10月2日の中日戦で先発を任されたが、同点に追いついた直後の3回表に3安打を集中されて3失点KOと役目を果たせなかった。同年は先発陣が充実していた事もあってチャンスが少なく白星を上げる事が出来なかった。

2年ぶりの勝利
15年は5月3日に一軍へ昇格して同日の中日戦で6回をソロ2本に抑えて勝利に貢献。続く巨人戦では6回を3安打、無四球で1失点に抑えて開幕から負け無しの5連勝を記録していたルーキー高木勇に投げ勝ったが、リリーフが打たれて白星はならなかった。続く広島戦でも6回をソロ2本に抑えながら白星は得られなかったが、須田は「このチームでCSにいきたい。自分に勝ちがつかなくても試合を作って貢献したい」と話した。すると続く阪神戦では7回途中5失点と打ち込まれたが打線の大量援護を受けて2年ぶりの勝利投手になった。だがブルペンでは最高の状態だったという5月31日のロッテ戦では投じる球がことごとく甘く入って初回に連続本塁打を浴びると、3回裏には5安打を集中されて5失点KOとなり登録抹消となってしまった。

初セーブ
8月1日に再昇格を果たすとロングリリーフとして活躍。同月には13試合で20.2回を投げて防御率1.31を記録した。9月5日の巨人戦では6対4で迎えた9回表に登板過多の山崎康に代わって長田が抑えとして起用されたが、1点差とされてなおも一死一、三塁という絶体絶命のピンチを招いて須田が緊急登板、須田は代打アンダーソンを空振り三振に切って取ると、続く堂上との対戦ではカウントが3−2となってから横浜ファンから須田を後押しする大きな拍手が起こる中でライトポール際へのファウルが飛び出すなど球場の盛り上がりが最高潮を迎えたが、最後は須田がセンターフライに打ち取って初セーブを記録。須田は大きなガッツポーズで喜びを表現した。

便利屋
「究極の便利屋になる!」と宣言して臨んだ16年は開幕から中継ぎの柱として活躍、5月24日の中日戦で乱戦の流れを食い止める好救援を見せて勝利投手になると、28日の広島戦では1点リードの7回表二死満塁で今永をリリーフして菊池を空振り三振に抑えて勝利に貢献、7月には実に14試合に登板とブルペンの柱としてチームを支えた。登板過多が不安視された8月に入っても球速がむしろ増し、外角低めへのストレートの出し入れと気迫溢れるマウンドさばきで対戦チームの反撃を断ち続け、その頼もしい姿には抑えの山崎康に並ぶほどの声援が送られるようになった。

1秒も無駄にせず
8月に10試合に登板して月間防御率1.74を記録すると、9月には月間防御率1.13を記録したが24日間で12登板という酷使がたたったのか9月24日の巨人戦で7回表二死一、二塁で阿部に初球を投じたところで左太もも裏を痛めて降板。肉離れという診断でCS出場は絶望的かと思われたが、ケガをした次の日から「1秒も無駄にせずやってきた」という須田は広島とのファイナルステージで後がなくなった第3戦から合流、8回裏の二死満塁という大舞台で復帰のマウンドへ上がると、4番新井をストレートで押し続けて最後はファウルフライを梶谷がファインプレーでアウトにして見事に無失点で抑えてみせた。





初記録
初登板 2011年4月22日阪神戦
初勝利 2011年6月6日西武戦
初奪三振 2011年4月22日阪神戦:城島から
初完投 2013年7月4日ヤクルト戦
初セーブ 2015年9月5日巨人戦


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
11 横浜 17 0 0 2 6 0 85.0 93 16 32 3 52 4 0 52 50 5.29
12 横浜 2 0 0 0 2 0 9.1 12 1 7 0 7 0 0 9 9 8.68
13 横浜 14 1 1 6 3 0 63.1 64 6 36 3 35 1 0 34 34 4.83
14 横浜 9 0 0 0 1 0 14.1 20 2 2 0 14 2 0 12 8 5.02
15 横浜 29 0 0 3 2 1 56.0 59 10 23 0 42 1 1 26 24 3.86
16 横浜 62 0 0 5 3 0 53.2 54 2 18 1 49 0 0 17 16 2.68
通算 6年 133 1 1 16 17 1 281.2 302 37 118 7 199 8 1 150 141 4.51


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
11 横浜 17 18 2 4 0 0 0 4 0 0 0 7 0 0 0 7 0 1 .222
12 横浜 2 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
13 横浜 14 23 1 3 0 0 0 3 3 0 0 3 0 0 0 14 0 0 .130
14 横浜 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 横浜 29 7 0 1 0 0 0 1 0 0 0 3 0 1 0 3 0 0 .143
16 横浜 62 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 6年 133 50 3 8 0 0 0 8 3 0 0 13 0 1 0 25 0 1 .160


  プレーオフ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
16 横浜 2 0 0 0 0 0 1.1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
通算 1年 2 0 0 0 0 0 1.1 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00


  プレーオフ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 横浜 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 1年 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
11 横浜 8 0 1 1 0 26.2 30 1 9 16 10 10 3.38
12 横浜 12 1 3 2 0 54.0 44 2 15 47 13 9 1.50
13 横浜 10 0 2 2 0 22.1 15 1 9 14 7 4 1.61
14 横浜 17 0 4 2 1 50.2 54 1 20 30 20 18 3.20
15 横浜 10 0 3 2 0 55.2 44 3 7 36 15 13 2.10
通算 5年 57 1 13 9 1 209.1 187 8 60 143 65 54 2.32







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年