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東野 峻



00
名前 とうの しゅん
生年月日 1986年7月11日
経歴 鉾田一高−巨人(04年D7巡目)−オリックス−横浜
入団年 15年にオリックスから移籍
在籍年 15年
背番号 15年[00]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
巨人入団
小学校3年から野球を始める。当初は外野手だったが6年から投手に転向。鉾田南中では主将を務め、父親の母校である鉾田一高に進学すると、父と野球部の同級生でもあった一ノ戸監督に認められて1年の春からベンチ入り。公立の進学校という事もあって練習時間は短かったが冬の体力強化メニューで力をつけた。3年夏の県大会4回戦では強豪常総学院相手にストレート勝負を挑み続けたが7回途中9失点と打ち込まれてコールド負けとなり甲子園出場はならなかった。長谷川国利スカウトの目に留まり同年のドラフト会議で巨人から7位指名を受けて入団。なお打者としても高校通算36本塁打を記録している。

故障
初年度は足首を故障した影響で9月23日になってようやくイースタン・リーグのロッテ戦で初登板。そこから3試合は無失点に抑えたがシーズン最終戦となったロッテ戦でベニーにホームランを喫するなど3失点、わずか4試合登板で防御率6.75でルーキーイヤーを終えた。翌06年にはイースタン・リーグの開幕戦で5点をリードして迎えた延長11回裏にマウンドに上がったが、青野に同点ツーランを被弾するなど3安打、2四球でイニング5失点、その後に肩を痛めて長期離脱となり、夏場に復帰したが12試合の登板で防御率9.69という成績に終わった。

初登板
3年目の07年にはイースタン・リーグで27試合に登板して防御率1.74という好成績を記録して一軍昇格。9月13日のヤクルト戦で初登板のマウンドに上がると先頭のピッチャー石川に四球、青木のライト前ヒットでピンチを背負ったが飯原をピッチャーゴロ、ラミレスをキャッチャーファウルフライに打ち取って初登板を無失点で切り抜けた。だがチームが優勝争いの真っ只中という事もあって原監督から「おまえは近い将来、巨人を引っ張っていく投手だ。だが今じゃない」と伝えられて2軍降格となり同年は1試合登板に留まった。

二軍初勝利
入団して3年間はリリーフで投げていた事もあり二軍でも0勝と白星に見放されていたが、先発を任された4年目の08年には5月24日の湘南戦で6回を投げて1安打、2四球、無失点という素晴らしい内容で二軍とはいえ初勝利を記録。好投が認められて一軍に昇格すると6月9日の西武戦で3回を投げて無失点、15日の楽天戦でも2.2回を無失点と主にロングリリーフで結果を残してチャンスを掴んだ。

野球規則8.06(C)
7月8日阪神戦の4回裏に先発のバーンサイドが二死満塁のピンチを迎えた所で尾花投手コーチがマウンドに行って間を開けたが、試合再開後にバーンサイドがボークを犯してしまうと、再び尾花投手コートがマウンドに行って原監督はピッチャー東野を渡田球審に告げた。本来であれば同じ打者への投球中に複数回マウンドに行く事も、投手交代も認められない所だったが渡田球審が認めてしまって東野がマウンドに上がったが、阪神側から抗議があり東野は1球も投げずにマウンドを降りて、バーンサイドが再びマウンドに上がった。

初先発初勝利
好投を続けて9月17日横浜戦の練習前にハマスタのトイレで尾花コーチから「お前今日先発だ」と初先発を告げられた。チャンスを貰った東野は5回まで内川のヒット1本のみに抑える素晴らしいピッチングを見せると、6回裏に内川にツーランを叩き込まれたが、6回を2安打、1四球で2失点に抑えて見事に初勝利を記録した。東野は「ちょっと出来すぎですね」。なおこの勝利で7連勝となった巨人はそのまま12連勝、この敗戦で4連敗となった横浜はそのまま球団タイ記録の14連敗を記録した。9月23日の広島戦では延長12回裏に登板して三者凡退に抑えると、翌日の広島戦で先発して何と9回を投げ抜いて2失点で初完投勝利を記録した。

砂遊び
09年には背番号が93から17と大きく昇格。開幕からローテーションを任されて防御率2点台前半という好成績を残したが毎試合のように5つ前後の四球を出す不安定な投球が災いしたのか援護点が得られず勝ち星は伸び悩んでしまう。7月30日の中日戦では2対1で迎えた6回表に小池にツーランを被弾して逆転負け。5.0回で5四死球という内容に原監督は「砂遊びは卒業しなきゃいけない。同じような失敗が多すぎる」と苦言を呈した。この発言に刺激を受けたのか、東野は続く試合からシーズン終了までの9試合では最高でも3四球と安定感を増して、勝敗も3連勝を記録するなど8勝8敗、防御率3.17という成績を残した。なお同年の原監督は「彼が投げる時は修行僧のように我慢している」という名言も残している。

日本シリーズ
日本ハムとの日本シリーズでは第2戦で3回4失点でKOとなった内海の後を継いで3.1回を無失点に抑える好リリーフを見せた。好投が認められて勝てば日本一が決まる日本シリーズ第6戦では内海に代わって先発を任されたが初回に高橋信二のピッチャー返しを右手に受けて降板となってしまった。なおスクランブル登板となった内海が4.2回を無失点に抑える好投で巨人を7年ぶりの日本一に導いた。

前半戦で11勝
10年は初登板となった3月28日のヤクルト戦は6回3失点で敗戦投手になったが、4月に5勝0敗を記録して月間MVPに輝くと、5月5日のヤクルト戦で無四球完封で6連勝、15日のロッテ戦で8.1回2失点で7連勝、29日の西武戦では6回をノーヒットに抑えて8連勝を記録した。だが同日の試合で左太ももに張りを訴えてノーヒットのまま降板となってしまうと、続く6月5日の日本ハム戦で4回4失点KO、12日のソフトバンク戦で7.1回4失点と状態を落としてしまう。中10日を開けて臨んだ22日のヤクルト戦からは打線の援護もあって3連勝を記録して、シーズン半ばの7月4日の時点で11勝2敗という20勝が視野に入るほどの活躍を見せた。

失速
初めて選出されたオールスターでは第2戦の先発を任されたが稲葉のタイムリー、山崎のソロ、里崎のツーランで2回4失点、オールスター明けには2戦連続して終盤に被弾して勝ち星を逃すと、8月5日には激しく首位を争う阪神相手に6.2回で11奪三振を奪う好投で12勝目を上げたが、翌週から5連敗、8月31日のヤクルト戦では6失点で初回KO、続く中日戦では2回KO、その次の広島戦でも3回KOと大幅に数字を落として結局13勝8敗、防御率3.27でノータイトルに終わってしまった。クライマックスシリーズでは阪神との1ステージ初戦で5回1失点で勝利投手になったが、第2ステージの初戦では中日打線に掴まって4回4失点KOとなってしまった。

開幕投手
11年には東日本大震災の影響で球団史上初めて地方球場での開催となった開幕戦で栄えある開幕投手を任された。山口の宇部市野球場のマウンドに上がった東野はヤクルト打線を4回までパーフェクトに抑え込むと、5回表にホワイトセルに四球を与えたが、6回までノーヒット、1四球というほぼ完璧なピッチングを見せた。7回表に濱中にセンター前ヒットを打たれて大記録を逃すと、そこから4安打を集中されて2失点で降板となったが見事に開幕戦で勝利投手になった。

苦言
最高のスタートを切った東野だったが、そこから2戦連続で白星を逃すと5月3日の阪神戦ではバッティングで能見からホームランを放ったが肝心のピッチングでは鳥谷、新井、ブラゼルと伝説のバックスクリーン3連発以来26年ぶりとなる阪神のクリーンナップに3者連続ホームランを被弾して6回6失点KO。ホテルで原監督の自室に呼ばれて「球界を代表するピッチャーになれ!」と激しいゲキを受けたが、続く横浜戦で3回表に村田のスリーベースとハーパーのタイムリーで逆転を許すと、6回表には二死走者無しから吉村の振り逃げ(鶴岡のパスボール)、牽制悪送球、内藤に四球、細山田にツーベース、代打藤田にタイムリーと打ち込まれて7失点KO。原監督は「いいところを見つけようと思っても見つけられないね」と怒りをあらわにした。

リリーフ転向
5月20日の日本ハム戦にも敗れて4連敗を記録してしまうと、26日には強力なソフトバンク打線を8回表二死まで2安打、無四球、12奪三振に抑え込む圧巻の投球を見せていたが、1対0で迎えた8回表に二死走者無しから長谷川、代打松中、代打カブレラと3連打を浴びて好投報われず5連敗。続く楽天戦では勝利投手になったが6月終了時点で2勝7敗と結果が残せず抑えに転向する事になった。

先発再転向
7月13日の阪神戦では同点で迎えた9回裏にリリーフ転向後初めてのマウンドに上がったがマートン、ブラゼルの連打、新井敬遠で無死満塁から代打桧山に犠牲フライを運ばれてサヨナラ負け。17日のヤクルト戦で初セーブを記録したが、球宴で内海が負傷した事もあって後半戦から先発に復帰となった。先発復帰後は8月20日のヤクルト戦で2失点完投(6回二死までノーヒット)に抑えるなど好投を続けて3連勝を記録した。だが9月に入ると2回4失点、1回3失点と序盤でKOされる試合が続き、10月6日の横浜戦では勝利投手にはなったが大量援護を受けながら5四球の乱調で阿部から「今日の勝ちで納得するなら、野球をやめた方がいい」と突き放された。

二軍
中盤で盛り返したものの序盤の不調が響いて8勝に留まり、球団から「2桁勝てない開幕投手などほとんどいない」と叱られたこともあってオフは酒を断って練習に明け暮れた。体重を9キロ絞って翌12年のキャンプを迎えるとオープン戦でも結果を残したが開幕直前に原監督から開幕二軍スタートを告げられた。これで気持ちが切れてしまったという東野は二軍でも打ち込まれる試合が続き、原監督が視察する中で行われた5月15日のイースタン・リーグのロッテ戦で3回5安打、2四球で3失点KO、原監督には「いいところを探して、(みんなに)言おうと思ったんだけど、いいところがないよ」と酷評された。

オリックス移籍
それでも6月9日の西武戦で1軍の先発のチャンスを貰うと初回に中村のツーランで先制を許したが、2回表からは立ち直って5回を3安打、無四球で2失点に抑えてチームの勝利に貢献した。だが日程に余裕がある交流戦期間中という事もあって登録抹消になってしまうと、イースタン・リーグでも1勝6敗、防御率5.83と結果が残せず同年のオフに香月らとの2対2のトレードでオリックスに移籍した。

移籍後初登板で
恒例だった内海との合同自主トレも断り「何かを変えなければ俺は終わってしまう」と新天地での復活にかけた東野は移籍後初登板となった4月9日のソフトバンク戦で初回の一死一、二塁のピンチでラヘア、松田を連続三振に切って取って無失点で切り抜けると、その後も粘投で5.2回を1失点に抑えて移籍後初勝利を記録した。東野は「初勝利のときぐらいうれしい」と笑顔を見せたが、続く16日の西武戦で4回6安打、5四球で7失点、23日の楽天戦でも4回途中KO、続くロッテ戦でも先発のチャンスを貰ったが3回途中KOと打ち込まれて登録抹消。結局同年は6試合登板して1勝3敗、防御率7.17に終わった。

トライアウト
14年はウエスタン・リーグでも防御率8.20という成績に終わって戦力外通告を受けた。東野は両親より先にかつてのライバル内海に電話で連絡を入れると「お前はまだやれる!」と現役続行を進められてトライアウト受験を決意。静岡の草薙球場で行われたトライアウトでは4歳になる息子が見守る中で145キロを投じるなど力強いピッチングを見せて、争奪戦になると予想した横浜の高田GMがすぐに連絡を取らせて横浜入団が決定した。

引退
15年はオープン戦でまずまずの投球を見せたが開幕を二軍で迎えると、5月24日に一軍昇格を果たしたが、26日に古巣のオリックス戦で移籍初登板も1回3安打で2失点、続く28日のオリックス戦では1回を無失点に抑えたが、31日のロッテ戦では3四球を与える乱調で翌日に登録抹消となった。同年は二軍で防御率3.42ながら26.1回を投げて被安打25、14四球と好成績が残せず、10月2日に戦力外通告を受けて現役を引退した。

打撃投手からスコアラーへ
引退後は打撃投手へ転身したが、打撃投手1年目の6月に右肩の腱板が切れて打撃投手を務めることが困難になったため自ら球団に打撃投手を辞めることを伝えた。東野は退団を覚悟していたが、打撃投手兼用具係としてチームに尽くした姿が評価されてDeNAからスコアラーの打診がありチームに残ることになった。





初記録
初登板 07年9月13日ヤクルト戦
初勝利 08年9月17日横浜戦
初奪三振 08年4月26日阪神戦:金本から
初セーブ 11年7月17日ヤクルト戦
初完投 08年9月24日広島戦
記録達成日

その他の記録
月間MVP 10年4月



05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15
オールスター 1回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
07 巨人 1 0 0 0 0 0 0.2 1 0 1 0 0 0 0 0 0 0.00
08 巨人 28 1 0 2 0 0 54.0 35 7 16 3 53 3 0 17 17 2.83
09 巨人 27 1 1 8 8 0 153.1 133 18 57 13 133 6 0 61 54 3.17
10 巨人 27 1 1 13 8 0 157.0 152 11 55 9 140 4 1 64 57 3.27
11 巨人 31 2 0 8 11 2 161.0 141 7 55 5 115 3 0 72 62 3.47
12 巨人 1 0 0 0 0 0 5.0 3 1 0 1 2 0 0 2 2 3.60
13 オリックス 6 0 0 1 3 0 21.1 25 2 15 0 15 2 0 17 17 7.17
15 横浜 3 0 0 0 0 0 4.0 4 0 4 0 0 0 0 3 3 6.75
球団 1年 3 0 0 0 0 0 4.0 4 0 4 0 0 0 0 3 3 6.75
通算 8年 124 5 2 32 30 2 556.1 494 46 203 31 458 18 1 236 212 3.43


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
07 巨人 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
08 巨人 28 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 5 0 0 .000
09 巨人 27 44 1 4 1 0 0 5 0 0 0 7 0 0 0 20 0 0 .091
10 巨人 27 40 2 5 1 0 0 6 1 0 0 4 0 1 0 22 0 0 .125
11 巨人 32 43 1 3 0 0 1 6 1 0 0 3 0 0 0 17 1 2 .070
12 巨人 1 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
13 オリックス 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 横浜 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
球団 1年 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 8年 125 138 4 12 2 0 1 17 2 0 0 15 0 1 0 64 1 2 .087


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
08 巨人 2 0 0 0 0 0 2.2 2 0 4 0 2 0 0 0 0 0.00
09 巨人 2 0 0 0 0 0 4.0 5 0 1 0 5 0 0 0 0 0.00
通算 2年 4 0 0 0 0 0 6.2 7 0 5 0 7 0 0 0 0 0.00


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
08 巨人 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
09 巨人 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 2年 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  プレーオフ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
08 巨人 2 0 0 0 0 0 2.0 2 0 2 0 4 0 0 0 0 0.00
09 巨人 1 0 0 0 0 0 4.1 6 1 0 0 3 0 0 2 1 2.08
10 巨人 2 0 0 1 1 0 9.0 9 1 3 1 4 0 0 5 5 5.00
11 巨人 2 0 0 0 0 0 1.2 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0.00
通算 4年 7 0 0 1 1 0 17.0 17 2 6 1 12 0 0 7 6 3.17


  プレーオフ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
08 巨人 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
09 巨人 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .000
10 巨人 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
11 巨人 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 4年 8 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 2 0 0 .000


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 1回 1 0 0 0 0 0 2.0 6 2 0 0 1 0 0 4 4 18.00


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
05 巨人 4 0 0 0 0 4.0 6 1 2 3 3 3 6.75
06 巨人 12 0 0 2 0 13.0 14 5 9 17 15 14 9.69
07 巨人 27 0 0 1 1 31.0 20 1 8 34 6 6 1.74
08 巨人 7 0 1 4 0 39.0 36 4 11 36 15 13 3.00
11 巨人 1 0 1 0 0 3.0 3 0 1 4 0 0 0.00
12 巨人 18 0 1 6 0 66.1 70 9 39 45 43 43 5.83
13 オリックス 16 0 5 4 0 70.0 66 5 24 55 31 21 2.70
14 オリックス 16 0 3 4 0 37.1 51 6 28 23 39 34 8.20
15 横浜 19 0 1 3 2 26.1 25 0 16 23 11 10 3.42
通算 9年 120 0 12 24 3 290.0 291 31 138 240 163 144 4.47







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年