:ロイヤルズ入団:
高校時代は野球に加えてアメフトもプレー、18年にロイヤルズからドラフト5巡目を受けて契約、先発投手として起用されて2年目の19年にはA、A+で好成績を残したが3年目の20年はコロナウイルスの影響でマイナーリーグが全休となったため登板できなかった。翌21年にAAで15試合に登板して防御率3.00を記録、22年にはAAAで24試合の先発を含む29試合に登板して防御率4.21とステップアップした。
:デビューから連続ノーヒット:
23年の5月3日にMLBに初昇格、翌日のオリオールズ戦で7対8で迎えた6回表からマウンドに上がってMLBデビュー、2回を無安打に抑える好投を見せた。翌日にマイナー降格となったが6月7日に再昇格するとロングリリーフ要員として好投を続けて6月16日のエンゼルス戦では大谷からの見逃し三振を含む2回ノーヒット、2日後のエンゼルス戦でも大谷、トラウトからの空振り三振を含む三者凡退を記録するなどメジャーデビューから6試合にまたがって11.2回連続ノーヒットを記録、デビューから39人連続ノーヒットは1961年以降ではメジャー史上初の快挙だった。
:初セーブ:
好投が認められて6月18日のガーディアンズ戦では先発のチャンスをもらったが、3回表に連続四球などで背負った無死満塁のピンチでラミレスに先制の満塁弾を被弾して初敗戦となった。7月下旬からは勝ちパターンでも起用されるようになり、8月4日のフィリーズ戦では7対5で迎えた9回裏を任されてシュワーバーに死球こそ与えたがハーパーをダブルプレーに打ち取って初セーブを記録、8月には9試合に登板して経験を積んだが、9月8日のブルージェイズ戦で一塁へのベースカバーで左ひざ前十字靭帯を断裂してメジャーデビューイヤーを終えた。
:シュワーバー:
24年はAAAでリリーフ投手として起用されたが今一つの結果に終わってメジャー昇格は果たせなかった。翌25年の5月5日にブレーブスに移籍、6月22日のマーリンズ戦で移籍後初登板、その後は降格と昇格を繰り返しながらまずまずの結果を残していたが、8月12日のメッツ戦で5対8で迎えた5回裏に登板もアロンソ、アルバレス、バティに被弾して2.2回で5失点を記録すると、そこから3回3失点、1回2失点と打ち込まれる試合が続いて、8月28日のフィリーズ戦では4回裏の途中からマウンドに上がったが代わり端にシュワーバーに被弾、続く5回裏にもシュワーバーに被弾するなど3.0回を6安打2四球で7失点と大きく数字を落としてマイナー降格となった。
:横浜入団:
26年に横浜入団。 |
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