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辻 佳紀
29
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名前 |
つじ よしのり |
| 生年月日 |
1940年12月20日 |
| 経歴 |
敦賀商高−明治大学−阪神−近鉄−大洋−阪神 |
| 入団年 |
74年に阪神から移籍 |
| 在籍年 |
74年 |
| 背番号 |
74年[29] |
| 投打 |
右投げ右打ち |
| 守備 |
捕手 |
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:高校から捕手に:
気比中時代は投手で、敦賀高で捕手に転向。3年時には甲子園に出場し3回戦まで進んだ。
:無傷の入院:
明治大学ではキャプテンを勤めて、星野仙一の球を受けた。52年のリーグ戦から島岡監督が総監督になり、新監督に栗崎が就任した。だが実質的な権限は島岡が握ったままだった。辻達は「4年生の総意」として、栗崎に指揮権を譲るように島岡を説得した。だがその結果辻は主将の座を引くことになり、しかも主将を辞める理由が「ケガで実戦に出れないから」とマスコミに発表されたため、辻は入院しているということになり、大学最後のリーグ戦は1打席しか立てなかった。
:レベル高し:
63年に阪神に入団するが、前年に「ダンプ辻」こと辻 恭彦、69年には田淵 幸一という強力なライバル達が、次々と阪神に入団してきた。
:バッキー:
辻が入団した63年の夏にハワイ、アイランダースから一人の投手がテスト入団した。ジーン バッキー。のちにナックルを武器に29勝を記録し優勝に大きく貢献した男である。そんなバッキーも日本にやってきた当初はマウンドでオドオドし、少し打たれただけで「ボクはクビになるかも・・」と弱気になった。そんなバッキーを辻はいつも励ました。そして最もキャッチングが難しいとされるナックルをほかの捕手が後逸するなか辻だけは平然と受け続けた。これは辻がキャッチングがうまかったわけではなく、捕球法に秘密があった。本来ミットをつけていない右手は握り締めているものだが、辻は広げてキャッチングをしていた。この受け方には肩が弱かった辻が「はじめから手を広げておけば少しでも早く投げられる。」というメリットもあったが右手はツキ指だらけになった。
:フォーク、フォーク、.....:
藤本監督は直情怪行型の村山 実に「村山は気が弱いところがある。だからマウンドでムキになる。その時ムラに引きずられないでピシピシとリードできる方がいい」、と辻をつけた。このコンビのハイライトは65年7月29日巨人戦と、8月31日巨人戦での巨人戦2試合連続完封勝利で、そして驚くべきことにこの2試合で村山が投じた230球はほとんどがフォークボールだったといわれる。
:ローズボロ:
66年10月30日は甲子園で行われた日本対ドジャース第7回戦。試合は7対7の同点で9回ドジャースの攻撃はすでに二死になっていた。ここでローズボロという選手が代打に出てきた。ローズボロは3球目にデットボールを受けて一塁走者になった。このとき辻はダグアウトの前列で試合を眺めていた。だが次の瞬間、辻の運命を変える出来事が起こった。ローズボロが盗塁を試みたのである。足の遅いローズボロはすばらしいスタートを切ったが二塁はアウトのタイミングだった。だがローズボロは飛んだ。そして二塁ベースに入った土井
正三を吹き飛ばして落球を誘ってセーフになった。辻は同じ捕手のローズボロが見せた気迫にしびれた。そして辻は気付いたのだ。続く打者オリバーのツーランでホームインするローズボロの笑顔の中に鼻ヒゲが生えている事に。
:ヒゲ:
辻は戸沢球団代表にこう切り出した「代表、お願いがある、実は今日から鼻ヒゲを生やしたい」戸沢は絶句した、当時の球界でヒゲはタブーで誰一人ヒゲをはやした選手などいなかった。そんなことは百も承知の辻は説得続けた。この気持ちに戸沢は折れた。こうしてプロ野球鼻ヒゲ第一号選手「ヒゲ辻」が生まれた。そしてこの鼻ヒゲは斉藤、屋鋪、五十嵐ら数多くの鼻ヒゲ選手たちを生んでいくのである。
:東京→大阪→東京:
67年8月14日、翌日に巨人阪神戦を控えた阪神の選手達は新幹線で上京した。辻はチームと別行動をとって車で東京に向かった。そして調布にある奥さんの実家に泊まるつもりだった。だがトランクを開けた辻は愕然とする、バットからマスクにいたるまで何一つ野球用具が入っていないのだ。「翌朝の朝一番の飛行機で大阪に戻ったんです。飛行機の中で腹が立つやら情けないやら」、大阪に帰った辻は用具を持つと、帰りの飛行機に飛び乗った。だが飛行機が計器の故障で引き返すトラブルも重なって後楽園についたときにはすでに打撃練習は始まっていた。「一世一代の演技ですよ。鼻歌まじりの顔で打席に入って、最終的には誰にも気づかれませんでした。もっとも試合の後、奥井さんに話したらゲッーという顔してましたが」
:伝説のダブルヘッダー1:
68年9月18日阪神対巨人のダブルヘッダー、阪神は首位巨人に1ゲーム差の2位だった、第一戦は村山実と堀本恒夫のエース対決で9回表が終わって0対0の同点、そして9回裏一死二塁で8番辻が打席に入った、辻は初球の真ん中高めのストレートを振り抜き、バックスクリーンへサヨナラ本塁打を放った。辻は異様な寒さを感じながらダイヤモンドを回っていたという。この辻のサヨナラ弾でついに巨人と阪神はゲーム差無しでついに並んだ。だが第二戦では勝ち負けではない物語が起こる。
:伝説のダブルヘッダー2:
第二戦、阪神先発のバッキーが初回に王貞治に死球を与えた。そして4回表に王が打席に入るとバッキーは王の顔面スレスレにストレートを投げてきた。続く2球目に辻は外角低めにシンカーのサインを出したがバッキーの投じたボールは王の一本足を狙ったストレートだった。結果は暴投になり、辻はバックネットにボールを追いかけた。振り向くと三塁ベンチから王の一本足打法の生みの親である荒川打撃コーチがマウンドに突進し、バッキーを得意の合気道で投げ飛ばしていた。辻は暴れるバッキーを抑えようと必死に背中に抱きついたが、バッキーは右手親指を複雑骨折し事実上選手生命を失った。
:大洋へ:
村山が34歳の若さで兼任監督になると田淵、ダンプ辻など、捕手があまり気味だったことから辻は近鉄にトレードされた。近鉄では70年に打率.195ながら49打点を上げるなどの活躍で2年間正捕手を務めた。だが72年に梨田、73年に有田という名捕手の卵が近鉄に入団したことから74年に自由契約となり大洋に入団した。
:辻←→辻:
74年、大洋では56試合出場に留まり、1年でまたトレードに出された。トレード相手は阪神のダンプ辻だった。
:スターであっても:
引退後には第一次吉田監督の下でヘッドコーチになるが、田淵の怠慢プレーに試合後大声でなじったことで吉田監督ともめ、「チーム内のことをしゃべるな」と釘を刺されたが、辻は「スター選手であっても甘やかすのはよくない、怠慢は怠慢なのだ。」と譲らず、退団することになる。
:欽ドン野球:
プロ野球のOBと草野球チームが戦う「欽ドン野球」というバラエティ番組で、球審である萩本に屁をかまして、「ヒゲ辻さんはいいなあ。ユーモアの原点というか、人間のふるさとみたいな男だよなあ。秒単位のテレビ人間に、あの男が入るとほっとするんだよ」と認められ芸能界入りした。
:魚屋:
「どうせダメになったら敦賀に帰って魚屋をやるさ」というのが口癖で、現在もJR敦賀駅前には「魚辻」という魚屋がある。だが辻は実家を継ぐ前に49歳の若さで無くなった。現在は弟さんがヒゲ辻を名乗って越前ガニを売っています。http://www1.rcn.ne.jp/~uotsuji/ |
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63 |
64 |
65 |
66 |
67 |
68 |
69 |
70 |
71 |
72 |
73 |
74 |
75 |
|
| オールスター |
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|
● |
● |
● |
|
|
● |
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4回 |
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打撃成績
|
チーム |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
盗刺 |
犠打 |
犠飛 |
四球 |
死球 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
|
| 63 |
阪神 |
38 |
71 |
7 |
13 |
1 |
0 |
2 |
20 |
4 |
1 |
0 |
3 |
0 |
2 |
0 |
13 |
0 |
3 |
.183 |
| 64 |
阪神 |
93 |
182 |
14 |
33 |
7 |
1 |
4 |
54 |
12 |
2 |
0 |
5 |
0 |
5 |
3 |
23 |
4 |
3 |
.181 |
| 65 |
阪神 |
114 |
314 |
23 |
69 |
13 |
2 |
8 |
110 |
22 |
2 |
2 |
7 |
1 |
11 |
4 |
55 |
7 |
6 |
.220 |
| 66 |
阪神 |
107 |
297 |
24 |
65 |
10 |
0 |
12 |
111 |
25 |
4 |
3 |
3 |
1 |
14 |
3 |
56 |
5 |
6 |
.219 |
| 67 |
阪神 |
95 |
256 |
19 |
63 |
7 |
2 |
11 |
107 |
30 |
2 |
2 |
1 |
3 |
16 |
3 |
62 |
6 |
8 |
.246 |
| 68 |
阪神 |
78 |
208 |
21 |
41 |
9 |
1 |
10 |
82 |
29 |
1 |
3 |
2 |
0 |
24 |
2 |
43 |
3 |
2 |
.197 |
| 69 |
阪神 |
37 |
41 |
1 |
5 |
0 |
0 |
1 |
8 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
2 |
14 |
2 |
0 |
.122 |
| 70 |
近鉄 |
107 |
267 |
26 |
52 |
7 |
0 |
19 |
116 |
49 |
3 |
1 |
7 |
1 |
14 |
2 |
70 |
5 |
3 |
.195 |
| 71 |
近鉄 |
108 |
289 |
20 |
59 |
8 |
0 |
8 |
91 |
20 |
3 |
2 |
2 |
1 |
21 |
1 |
63 |
13 |
9 |
.204 |
| 72 |
近鉄 |
50 |
121 |
8 |
22 |
1 |
0 |
5 |
38 |
18 |
1 |
1 |
1 |
1 |
11 |
2 |
24 |
0 |
3 |
.182 |
| 73 |
近鉄 |
73 |
147 |
9 |
23 |
1 |
0 |
1 |
27 |
8 |
1 |
1 |
4 |
1 |
7 |
3 |
31 |
3 |
5 |
.156 |
| 74 |
大洋 |
56 |
141 |
11 |
40 |
4 |
0 |
6 |
62 |
13 |
0 |
1 |
1 |
0 |
4 |
1 |
26 |
6 |
3 |
.284 |
| 75 |
阪神 |
4 |
6 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
3 |
0 |
0 |
.167 |
|
| 球団 |
1年 |
56 |
141 |
11 |
40 |
4 |
0 |
6 |
862 |
13 |
0 |
1 |
1 |
0 |
4 |
1 |
26 |
6 |
3 |
.284 |
|
| 通算 |
13年 |
960 |
2340 |
183 |
486 |
68 |
6 |
87 |
827 |
231 |
20 |
16 |
36 |
9 |
130 |
27 |
483 |
54 |
51 |
.208 |
|
|
日本シリーズ打撃成績
|
チーム |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
盗刺 |
犠打 |
犠飛 |
四球 |
死球 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
|
| 64 |
阪神 |
6 |
14 |
1 |
1 |
0 |
0 |
1 |
4 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
2 |
1 |
0 |
.071 |
|
|
オールスター打撃成績
|
回数 |
試合 |
打数 |
得点 |
安打 |
二塁 |
三塁 |
本塁 |
塁打 |
打点 |
盗塁 |
盗刺 |
犠打 |
犠飛 |
四球 |
死球 |
三振 |
併殺 |
失策 |
打率 |
|
| 通算 |
4回 |
9 |
8 |
0 |
2 |
0 |
0 |
0 |
2 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
1 |
0 |
1 |
1 |
0 |
.250 |
|
|
|
|
|
|
|