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ニッカンスポーツ:秋山 登

秋山 登



17
名前 あきやま のぼる
生年月日 1934年2月3日
経歴 岡山東商業高校−明治大学−大洋
入団年 56年に明治大学から入団
在籍年 56年−67年
背番号 56年−67年[17]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
合併
秋山と土井、長年にわたってバッテリーを組むことになる二人は土井の通っていた岡山県立第一商業と秋山の通っていた県立第二商業が49年8月16日に学校改革(6-3-3制)によって合併したことから顔をあわせるようになった。2年時には秋山は投手では3番手で主に外野を守った。当時の秋山はスリークウォーターだったが1年先輩の投手がアンダースローだったので見様見真似でだんだん腕が下がっていった。

甲子園出場
3年の夏に出場した甲子園では一回戦で強打者中西 太を要する高松一高と対戦、秋山は初回に大荒れして土井が手を伸ばしても届かない暴投を連発した。先頭バッターから3者連続ストレートのフォアボールで無死満塁のピンチを招くと、4番中西太にも0-3と追い込まれたが、中西がボール球を打ってくれてファウルフライ打ち取ると、何とか初回は無失点で切り抜けた。この試合で秋山はセンターの三宅との交代を告げられると「嫌だ」と言ってバックスクリーンに逃げていった。試合は結局3-12で大敗している。

アジア大会優勝
明治大学に進学した秋山は六大学野球リーグで2年秋、3年春、4年春と3度の優勝を果たし、3年時には東大1回戦で東京六大学記録の22奪三振を記録するなど史上11位の33勝。史上6位の334奪三振という素晴らしい活躍を見せた。4年春には8勝1敗を記録して防御率0.51で最優秀防御率とベストナインに輝いた。4年生時にはマニラで開かれたアジア大会に出場して見事に6勝1分けで優勝。このときのチームは同じ明大の土井、近藤和に立教の長嶋ら、そうそうたるメンバーが揃い、16人の選手中14人がプロに進んでいる。明大の3年の夏に腰を痛めスピードが落ちたが、早稲田の広岡は「アキの顔を見るのも嫌だ」というほど恐ろしい球を投げた。

1000球
明大のバックネットのコンクリートを工事のおじさんがハンマーで壊していたとき、島岡監督が「おじさん、一日何百回くらいハンマーを振るの?」と聞いた。するとおじさんは「そりゃもう、何万回ですよ」と答えた。これを聞いた島岡監督は「あのおじさんが重いハンマーを何万回も振っているのにお前らは軽いボールを200や、300とは何事だ。1日1000球投げろ!」と命令した。1日1000球を投げ、しかも肘を壊すといわれるシュートを投げていた秋山だが「肘や、肩が痛いという投手がいるが僕にはわからん」と言ってのけた。

大洋入団
実は秋山は土井と共に巨人入団が決まっていた。ところが3年夏に痛めた秋山の腰の状態を気にした巨人が白紙撤回し、そこに目をつけた大洋が明大から秋山、土井、岩岡、黒木、沖山と一気に5人を入団させるという荒業で大洋に入団させた。

ノーヒットノーランが・・
56年3月25日広島戦のダブルヘッダー第1試合でプロ2試合目の秋山は八回二死まで無安打無得点に抑えていたが、小鶴誠に本塁打を打たれてわずか1安打で敗戦投手になった。またこの被本塁打が秋山のプロ入り初の被本塁打だったが同年から4年連続で被本塁打王と最多敗戦となってしまった。また同年には打席で15本のヒットを放っているがシーズン中盤に打撃でスランプに陥って50打席連続ノーヒットを記録している。

新人王
秋山は開幕から素晴らしい投球を続けて順調に勝ち星を伸ばしていった秋山だったが、大洋のチーム打率.208が示すように援護が受けられず、勝ち星と同じように負け星も増えていく、8月2日の国鉄戦で2安打完封を記録するとそこから3連勝で20勝に到達したが、鈴木セリーグ会長から「新人王は間違いないけど負けが超えたらマズイよ」とのアドバイスを受けた秋山は何とか25勝25敗でシーズンを終え新人王を獲得した。56年の大洋の成績は43勝87敗、その43勝のうち実に25勝を秋山は記録した。

セリーグ記録
大学時にはライバルだった露下のカーブを盗み、プロに入ってから林義一に今で言うツーシームを伝授され、さらにスライダーも覚えて投球の幅が広げた秋山は2年目には65試合に登板し、27試合に完投するという超人的な活躍を見せた。この年には406.0投球回を記録しているが、これは権藤の429.1回に次ぐセリーグ2位の大記録である。だが24勝を挙げたもののセリーグ記録の27敗も記録している。

3年連続負け越し
3年目からは大学時代からの持病であった腰痛が悪化したこともあって17勝23敗、4年目は14勝22敗と成績は年々下降落ちていった。6年連続最下位のチームに充満する負け犬根性は徐々に秋山にも感染していった。そんな時に三原 修が大洋の監督に就任した。

開幕戦にて
60年の開幕戦、試合前の中日の練習中に事件は起きた、中日牧野コーチのノックバットが手からすっぽ抜け、練習を眺めていた秋山の頭を直撃した、開幕投手だった秋山は意識を失い、ユニホーム姿のまま病院に運ばれた。エースを失ったチームは開幕から6連敗、ベットの上でいても立ってもいられなくなった秋山は「東京で精密検査を受ける」と言って病院を抜け出し、東京に着くなり練習を始めた。秋山は「頭がふらつく」と帽子を投げ捨てて二軍選手相手に投げ込みを行ったがボコボコに打たれた。だが秋山は「もう大丈夫です」と言って、4月19日には完投で復帰後初勝利を挙げた。

サヨナラ+サヨナラ
60年6月29日、かつてのホームである下関に巨人を迎えて行われたダブルヘッダーの第一戦で1対1で迎えた8回表からマウンドに上がった秋山が5イニングを投げ無失点に抑えると、チームは延長12回裏に巨人森の三塁悪送球でサヨナラ勝利を収めた。第二試合は乱打戦になるが、9回から秋山が抑えるとまたも12回裏に桑田がサヨナラ本塁打を放ち2試合連続サヨナラ勝ち、秋山は1日で2勝を記録した。勢いに乗った大洋はそのまま8連勝で首位に立った。

MVP
60年、大洋ホエールズ初優勝を飾った、秋山は21勝10敗、防御率1.75で防御率タイトルを獲得、文句なしでMVPに選ばれた。秋山は日本シリーズでも大活躍、初戦は1回一死一二塁からリリーフ登板、そのまま9回までゼロで投げぬき、ほぼ完封勝利、2試合目は1点リードの8回一死満塁でリリーフし、ゼロで切り抜けると9回も3人で抑えた。3戦目こそ一点を失うが、4戦目には5回二死二塁でリリーフに立ち、9回までゼロで抑え胴上げ投手に。秋山は4試合全てに登板し、2勝0敗、16、1イニングを投げ1失点という活躍で最優秀投手に選ばれた。

タフ
9年連続56試合登板という当時の日本記録を持っていた秋山だが、他にも日曜日によく行われたダブルヘッダーで両試合に登板して一日に2勝するという離れ業を5回も記録している(金田の4回を超える日本記録)。また62年9月には優勝を争う阪神戦で阪神の村山、小山と言う球界を代表するエースに対して、大洋は秋山が二日連続で先発して3対0、1対0で戦後唯一の2日連続完封勝利を記録した。これで大洋の2度目の優勝は決定的と思われたが、その後大洋は連敗を続けて優勝を逃し、26勝12敗で防御率1.92という秋山の孤軍奮闘の活躍は報われなかった。

::
64年には21勝10敗で防御率2.73を記録、30歳で181勝まで白星を伸ばして「目標は300勝」と語っていたが翌65年はひじ痛で5勝5敗と失速、胸の疾患もあって67年限りで引退し193勝と確実と思われていた200勝にも届かなかった。

監督
75−76年に監督を勤めたが、5位、6位と結果が残せず二軍の監督に降格している。二軍では2位になるが一年限りで二軍監督を辞めている。

アキとチョン
岡山東商業で初めてバッテリーを組んでから、お互いをアキ(秋山)と、チョン(土井 淳)と呼び合って18年間に渡ってバッテリーを組みつづけた二人は。オールスターにも秋山が9回、土井が7回選ばれ、60年の優勝時にはそろってベストナインを獲得した。高校、大学、プロと18年間に渡ってバッテリーを組み続けたのは他には例が無く、球界最高の名バッテリーと呼ばれた。

球団初の栄誉
04年1月9日に大洋一筋の選手としては初の野球殿堂入りを果たしたが、チームの38年ぶりの優勝を見届けて00年に亡くなった秋山の存命中には大きな栄誉は届かなかった。





監督成績
96勝
147敗
17分け
勝率.395
Aクラス0回
チーム対戦成績
巨人 28勝36敗
阪神 45勝29敗
中日 44勝41敗
広島 31勝33敗
ヤクルト 45勝32敗
その他の記録
1日2勝5回 57:60:61:62:63
二日連続完封勝利 62年9月25ー26日
日本シリーズ最優秀投手 60年
最高勝率 60年勝率.677

初記録
初登板 56年3月21日中日戦
初勝利 56年3月28日巨人戦
初奪三振
初完投
初完封
記録達成日
100勝 60年9月21日
150勝 63年5月25日阪神戦
1000奪三振
1500奪三振 62年7月12日



56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67
MVP 1回
新人王 1回
最優秀防御率 1回
最多奪三振 1回
ベストナイン 1回
オールスター 9回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
56 大洋 58 26 7 25 25 - 379.2 290 24 136 19 266 3 1 120 101 2.39
57 大洋 65 27 3 24 27 - 406.0 319 21 116 9 312 2 1 138 113 2.50
58 大洋 62 20 3 17 23 - 359.0 287 30 89 5 243 2 0 112 100 2.51
59 大洋 56 17 3 14 22 - 300.1 267 26 87 8 212 4 0 131 110 3.29
60 大洋 59 8 4 21 10 - 262.1 189 11 86 12 183 2 0 65 51 1.75
61 大洋 69 6 1 20 15 - 280.2 239 16 70 7 179 2 1 97 82 2.63
62 大洋 72 8 5 26 12 - 290.2 213 16 79 7 199 1 0 73 62 1.92
63 大洋 60 8 1 13 14 - 214.2 212 23 52 2 99 1 1 88 74 3.10
64 大洋 63 8 2 21 10 - 259.2 214 20 68 9 126 1 0 96 79 2.73
65 大洋 39 1 0 5 5 - 103.1 98 8 30 2 41 1 0 34 31 2.71
66 大洋 34 3 0 6 8 - 130.1 134 18 37 3 35 1 0 67 58 4.02
67 大洋 2 0 0 1 0 - 6.1 6 2 4 0 1 0 0 3 3 4.50
通算 12年 639 132 29 193 171 - 2993.0 2468 215 854 83 1896 20 4 1024 864 2.60


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
56 大洋 58 129 9 15 4 0 3 28 9 0 0 4 1 3 0 45 6 5 .116
57 大洋 65 124 2 14 1 1 0 17 9 0 0 15 0 4 0 47 0 4 .113
58 大洋 62 113 4 20 3 1 1 28 5 0 0 7 0 4 0 33 2 3 .177
59 大洋 56 97 3 13 3 1 0 18 5 0 1 6 1 0 0 37 1 2 .134
60 大洋 61 80 3 10 3 0 0 13 4 0 1 6 1 0 0 26 1 2 .125
61 大洋 71 83 2 13 4 0 0 17 9 0 0 9 2 1 0 24 0 0 .157
62 大洋 72 85 6 12 3 0 0 15 6 0 0 11 0 0 0 34 4 2 .141
63 大洋 61 59 6 8 2 0 2 16 7 0 0 7 1 4 0 16 2 4 .136
64 大洋 63 81 1 9 2 0 0 11 6 0 0 6 0 0 0 22 0 3 .111
65 大洋 40 24 0 2 0 0 0 2 0 0 0 1 0 1 0 6 0 0 .083
66 大洋 34 36 2 2 0 0 0 2 1 0 0 2 0 1 0 7 0 3 .056
67 大洋 2 2 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .500
通算 12年 645 913 38 119 25 3 6 168 62 0 2 74 6 18 0 298 16 28 .130


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
60 大洋 4 0 0 2 0 - 16.1 12 0 5 0 10 0 0 1 1 0.53


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
60 大洋 4 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 9回 10 0 0 1 0 - 21.2 14 0 6 1 21 1 0 5 4 1.64


  オールスター打撃成績
回数 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
通算 9回 10 5 0 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .400


  監督成績
チーム 順位 勝利 敗戦 分け 勝率 ゲーム差 本塁 被本 盗塁 犠打 打率 防御率 失策
75 大洋 5 51 69 10 .425 21.5 137 138 78 80 .249 3.93 84
76 大洋 6 45 78 7 .366 32.0 172 166 51 74 .256 4.45 83
通算 2年 96 147 17 .396 53.5 209 304 129 154 .253 4.19 167






 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年