ベイスターズ記録あと何?

サイト内検索>  
ホーム ニュース 通算記録 シーズン記録 日本記録 MLB記録 選手名鑑 タイトル 球団歴史 ドラフト

選手名鑑

■>打者:あ:
■>打者:か:
■>打者:さ:
■>打者:た:
■>打者:な:
■>打者:は:
■>打者:まや:
■>打者:らわ:

■>投手:あ:
■>投手:か:
■>投手:さ:
■>投手:た:
■>投手:な:
■>投手:は:
■>投手:まや:
■>投手:らわ:

■>監督
■>その他

■>大洋ホエールズ
■>横浜大洋
■>横浜ベイスターズ
■>全選手
MLB記録 タイトル

関連リンク

丸秀園
(実家)

小池 正晃



名前 こいけ まさあき
生年月日 1980年5月15日
経歴 横浜高校−横浜−中日
入団年 98年ドラフト6位
在籍年 99年−08年、12年−13年
背番号 99年−04年[56]:05年−08年[44]:12年−13年[8]
投打 右投げ右打ち
守備 外野手
優勝
横浜高校では松坂らと共に98年に春夏連覇。3回戦の星稜戦では先頭打者ホームランを含む3打数3安打を放ったが、歴史に残る名勝負となったPL学園との延長17回の死闘では、ボテボテの内野安打1本だけで8打数1安打、エラーで出塁した10回表には牽制でアウトになるなど全く活躍が出来なかった。同じく激戦となった準決勝の明徳義塾戦でも3打数0安打に終わり代打を送られると、決勝戦の京都成章戦でも3打数0安打と力を発揮できなかった。

横浜入団
横浜ベイスターズ、横浜高校のダブル優勝の余韻残る98年オフにドラフト6位で入団。初年度はシーレックスで打率.269とまずまずの数字を残すも一軍出場はならなかった。

ファーストブレイク
01年、右の代打不足のチーム状態から一軍のチャンスをつかむと、野口や岡島からヒットを打ち期待に応えた。
9月25日の初スタメンでは2安打を放ち結果を残すと、翌02年は一軍に定着し、28安打、11打点と、入団4年目ながら勝負強い打撃で活躍をした。

二軍暮らし
03年に山下監督が就任すると、小池は信頼を得られずシーズンのほとんどを二軍で過ごした。小池はイースタンリーグで打率.325、10本塁打と活躍したが、一軍ではわずか10打数3安打に留まった。翌04年にもイースタンで打率.298、15本塁打に、リーグトップの23二塁打と格の違いを見せたが、一軍では14打数5安打とチャンスを与えられなかった。

6000号&6004号
05年6月1日楽天戦、1回表に2点を失った横浜だったが、1回裏に石井が先頭打者本塁打を放つと、続く小池がレフトスタンドに球団通算6000号のメモリアルアーチを放ち同点に追いつく。さらに金城がヒットで続くと佐伯がツーランを放ち勝ち越し、止めは多村が50年9月28日阪神戦以来55年ぶりとなる1イニング4本塁打目をライトスタンドに運んで勝負を決めた。横浜の開港記念日に始まった花火大会はなおも続いて、5回裏には村田がソロを放ち、8回裏には小池がこの日2本目のツーランをライトスタンドに叩き込んだ。

レギュラー獲得
05年は安定感のある守備で2番レフトのポジションを獲得。打率は.243、20本塁打、53打点、95三振という粗いバッティングは二番バッターとしては異端であったが、その一方でリーグトップの37犠打を決めるなど器用な一面も発揮した。

蛇頭蛇尾
06年は開幕から絶不調に陥り、4月終了時点の打率は.157だった。だが5月20日西武戦で代打で起用されライト前ヒットを放ってから調子が上向きなり、スタメンに復帰した5月24日のソフトバンク戦で2安打2犠打と活躍。
右方向への打球が格段に増え、前年に無かった安定感が見られるようになった。6月28日の巨人戦では4回までに本塁打、二塁打、三塁打を放ち、あわやサイクルヒットという活躍を見せた。だが9月28日中日戦で死球を受けて骨折。目前だった2年連続の規定打席到達を逃してしまった。

サヨナラ
07年は開幕から不調が続き5月21日に二軍に降格したが、5月24日の巨人戦でサヨナラホームランを放つなど活躍を見せて一軍に昇格。6月20日ソフトバンク戦では試合途中から古木に代わってライトのポジションに入り吉本の放ったライトライナーを地面スレスレで好捕しスタジアムを沸かせると、同点で迎えた9回裏には水田のカーブをすくい上げて打球はレフトスタンドに飛び込むサヨナラホームランとなった。

移籍
牛島監督の2年間ではレギュラー格の座を掴んだが、07年に大矢監督が就任すると出番が激減し、翌08年のシーズン途中に石井 裕也とのトレードで中日に移籍した。古巣横浜との初対戦となった6月27日の横浜戦では初回の守備で村田のセンター前ヒットをすばやく処理して二塁走者をホームで刺すと、1点差に追い上げられた9回裏には新沼のヒット性の当たりを好捕してチームの勝利に貢献した。

30歳の誕生日にサヨナラヒット
10年の5月15日のオリックス戦では1点を追う9回裏にブランコのタイムリーで追いつくと、なおも一死二、三塁という場面で小池が打席に入ると、カウント2−1からピッチャー強襲のサヨナラヒットを放って試合を決めた。同日が30歳の誕生日だった小池がお立ち台に上がると、谷繁がシェービングクリームで作った誕生日ケーキを小池の顔面にぶつける手荒い祝福でバースデーを祝った。

オリックス戦で2年連続のサヨナラ打
11年は二軍スタートとなったが、5月下旬に一軍昇格を果たすと同年の初打席となった29日のオリックス戦で代打で起用されてソロホームランを放った。6月29日のオリックス戦では1対1で迎えた延長10回裏に代打で起用されて抑えの岸田からレフトスタンドにサヨナラホームランを運んでオリックス戦で2年連続のサヨナラ打を記録した。落合監督は「かっこいいじゃん。小池に聞いてやって」と小池を称えた。

横浜復帰
7月に入っても6日の阪神戦で逆転満塁ホームランを放つなどスタメンとして活躍。8月に入ると代打で起用される事が増えたが、ソフトバンクとの日本シリーズでは初戦の延長10回表に馬原から勝ち越しソロを放って勝利に貢献。第5戦では4回表に松田が放ったフェンス際への大飛球に背走してフェンスに激突しながらキャッチして球場を沸かせた。同年のオフにFAで古巣横浜に復帰。

先輩
12年は横浜高の後輩筒香が故障していた事もあって開幕戦で横浜DeNAベイスターズの初代3番を任された。4月21日の阪神戦では勝ち越しタイムリーを放ってお立ち台に上がり「また、このお立ち台に戻ってこられてよかったです」と答えて大きな声援を浴びた。5月に筒香が復帰するとベンチに回ったが7月17日のヤクルト戦で途中出場でホームランを放つと、翌日はスタメンで起用されて2点タイムリーを放ってお立ち台で「後輩の筒香君がだらしないバッティングをしていたので」と不調の筒香を叱咤すると、7月27日の阪神戦では筒香敬遠で二死一、二塁となった6回表に代打で起用されて逆転スリーランと先輩の威厳を見せた。

力がなくなったから
13年は古巣に復帰した多村やモーガンに押し出されて二軍スタート。球宴明けに一軍昇格を果たしたが結果が残せず再降格。9月下旬には戦力外通告を受けると横浜高の同級生である後藤と先輩の多村に相談して引退を決断した。家族に伝えると9歳の息子から「嫌だ、辞めないで」と泣きながら反対されたが、「お父さんは力がなくなったから辞めないといけない」と伝えた。

かっこいいパパ
引退試合となったシーズン最終戦に7番ファーストでスタメン出場。同点で迎えた4回裏にレフトスタンドへ勝ち越しツーランを放って大歓声を浴びると、6回裏にセンター前ヒット、最終打席となった8回裏には涙を流しながら豪快に振り抜いた打球が再びレフトスタンドに飛び込むと最後をかみ締めるようにゆっくりとダイヤモンドを一周して号泣する多村、後藤と抱き合った。試合後の引退セレモニーでは家族に向けて「今年1年、かっこ悪いパパでしたけど、最後の最後にかっこいいパパを見せれました」


初記録
初出場 01年4月20日巨人戦:9回に代打
初安打 01年4月20日巨:岡嶋から内野安打
初本塁打 02年5月23日広:ベルトランから
初打点 02年5月23日広:ベルトランから
初盗塁 02年9月15日ヤ:6回にニ盗


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
01 横浜 19 24 3 7 1 0 0 8 0 0 0 1 0 3 0 6 0 0 .292
02 横浜 60 109 11 28 4 0 2 38 11 1 1 2 1 2 0 31 0 2 .257
03 横浜 9 10 0 3 1 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .300
04 横浜 9 14 4 5 2 0 2 13 4 0 0 0 0 2 0 5 1 0 .357
05 横浜 129 404 66 98 16 0 20 174 53 0 1 37 5 42 4 95 9 3 .243
06 横浜 112 352 45 94 23 2 7 142 33 3 2 39 3 15 8 79 4 2 .267
07 横浜 83 112 14 26 7 0 2 39 7 0 2 5 0 9 0 16 2 2 .232
08 中日 59 141 15 32 8 0 4 52 15 1 1 6 1 10 3 34 4 1 .227
09 中日 101 174 20 40 6 0 7 67 18 1 1 11 0 13 3 42 4 1 .230
10 中日 54 84 3 17 2 1 1 24 5 0 1 6 0 5 4 20 2 0 .202
11 中日 73 127 12 34 8 1 5 59 21 0 0 8 0 12 3 32 6 2 .268
12 横浜 88 130 20 25 4 0 3 38 19 0 0 6 1 10 8 31 5 2 .192
13 横浜 14 27 3 6 0 0 2 12 3 0 0 3 0 0 0 6 0 0 .222
球団 9年 523 1182 166 292 58 2 38 468 130 4 6 93 10 83 20 269 21 11 .247
通算 13年 810 1708 216 415 82 4 55 670 189 6 9 124 11 123 33 397 37 15 .243


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
10 中日 3 4 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 0 .250
11 中日 5 11 1 2 0 0 1 5 1 0 0 1 0 0 0 4 0 0 .182
通算 2年 8 15 1 3 0 0 1 6 1 0 0 2 0 0 0 6 0 0 .200


  プレーオフ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
08 中日 4 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 2 0 .000
09 中日 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
11 中日 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 0 .000
通算 3年 8 5 0 0 0 0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 1 2 0 .000


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
99 横浜 72 175 22 47 9 1 2 64 21 2 7 1 21 45 0 3 .269
00 湘南 97 271 34 61 12 1 6 93 27 8 6 0 37 57 10 4 .225
01 湘南 68 217 37 56 11 1 5 84 31 6 9 1 33 54 7 9 .258
02 湘南 9 32 4 11 2 0 1 16 7 1 0 0 7 3 1 1 .344
03 湘南 82 289 43 94 11 3 10 141 48 5 14 3 19 47 9 2 .325
04 湘南 78 289 50 86 23 2 15 158 46 4 3 0 32 47 2 2 .298
05 湘南 1 4 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 .250
07 湘南 5 18 2 5 1 0 2 12 4 0 1 1 1 5 1 0 .278
08 湘南 36 104 14 22 4 1 5 45 18 2 1 0 22 18 3 0 .212
13 横浜 51 113 12 25 3 0 3 37 19 1 0 3 13 22 2 0 .221
通算 10年 499 1512 218 408 76 9 49 651 219 29 41 9 185 299 35 21 .270
球団在籍時のみ