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小山 正明



47
名前 こやま まさあき
生年月日 1934年7月28日
経歴 高砂高−阪神−東京−ロッテ−大洋
入団年 73年にロッテから移籍
在籍年 73年
背番号 73年[47]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
阪神入団
53年に阪神の入団テストを受けたが、採用通知が来なかったため洋松ロビンス(現横浜)のテストも受け、大打者の青田に「監督、こいつは取っといたほうがええで」との言葉を貰ったが、合併直後でチームに選手が溢れていたため不合格になってしまう。その後に阪神から採用通知が届くと、翌日には律儀に洋松の宿舎に訪問して阪神への入団が決まったことを伝えた。

::
1年目は月給5000円の打撃投手を務めて戦争帰りの先輩たちからストライクを投げろと怒鳴られ、この時の経験から「ストライクを投げるコツ」を自然に身に付けた。初登板は広島戦の敗戦処理で球界を代表する小鶴が最初の対戦相手で、小山はバックネットに当たる大暴投を投じてしまったが腰が引けた小鶴から初奪三振を奪っている。2年目には早くも11勝を記録。3年目には7勝に留まったが、4年目には17勝を上げ、同年から12年連続して二桁勝利を上げた。

大洋初優勝
60年10月2日大洋戦。相手チームである大洋ホエールズのマジックは1となり、もし小山が敗れればその瞬間大洋の初優勝が決まる。これを阻止するべく小山はマウンドに上がった。だが1回表に小山が投げていると大洋の選手が騒ぎ始めた。実は2時間前に始まっていた巨人対広島戦で、巨人が敗れたため大洋の初優勝が決まったのだった。小山は1失点完投勝利を上げるが、三原監督の胴上げを見せられることになった。だが小山が試合前に「大洋の完全優勝を絶対食い止めてやる」と言っていたとおり、この勝利で阪神が大洋戦13勝12敗と勝ち越し、大洋の完全優勝を阻止した。

沢村賞
小山、村山の二枚看板といわれた62年には、7月7日から7月22日までセ・リーグ記録となる5試合連続完封。7月29日の2回まで47イニング連続無失点という凄まじい記録を残した。マジック1で迎えた10月3日の広島戦では3安打でシーズン13度目の完封勝利を達成して胴上げ投手になった。同年には10無四球試合を記録するなど、27勝を上げて阪神の2リーグ制になって初の優勝の原動力となり、沢村賞にも輝いたが、なぜかMVPには村山が選ばれた。なお同年に阪神が記録した75勝のうち小山が27勝11敗、村山が25勝14敗と二人とも三分の一以上の白星を上げている。

日本シリーズ1
62年の日本シリーズ第七戦。2勝3敗1分と後がなくなった阪神だったが先発の小山が完璧なピッチングを見せて9回を3安打、無四球に抑えてみせた。だが阪神も東映の久保田の前にゼロ更新で試合は延長戦に入った。小山は延長10回表に先頭の張本にヒットを打たれると、続く西園寺にこの日初めての四球を与えピンチを広げると、種茂の犠牲フライで1点を勝ち越されてしまった。だがその裏に阪神は藤井のタイムリーで同点に追いつき、試合は11回に入った。

日本シリーズ2
ベンチは小山続投を決意したが、どこを探しても小山がいない。大騒ぎになったが小山は交代だと信じ込んですでにユニホームを脱いで風呂に入っていた。ベンチはあわてて村山に交代したが、村山は延長12回裏に西園寺に勝ち越しホームランを打たれて日本一を逃すことになった。

世紀のトレード
62年に優勝した阪神だったがチーム打率は.223という貧打に苦しんでいた。藤村監督は甲子園のライトスタンドを指差して「あそこには貧打の神が住みついとる。オレには見える、あれをなんとかせにゃあ、ウチは優勝できん」ともらしていた。そして63年のオフに東京オリオンズの永田オーナーがオリオンズの4番山内 一弘と小山のトレードをもちかけたきた。そして20勝投手と4番打者という世紀のトレードで小山は東京オリオンズに移籍した。

世紀のトレード2
このトレードに大洋の三原監督は「20勝投手は3割打者3人分の価値があります。それを一人と交換するなんてアホですわ」と阪神をからかったが、実際には小山はこの年30勝12敗で最多勝を獲得し、トレード相手の山内も31本塁打を放ち阪神の優勝に貢献するという両者にとって最高のトレードとなった。

パーム
阪神時代の小山はストレートとカーブを武器にしていたが、実は6年目にアメリカの野球雑誌に出ていたパームボールの握りを見て研究し、その秋に来日したカージナルス戦で投げて好結果を残していた。だがストレートとカーブで十分だったため王 貞治限定でしかパームボールを投げなかったとか。東京に移籍後はパームを駆使して内野ゴロの山を築いて3年連続の20勝を記録した。

200勝
64年8月13日南海戦で200勝を達成。大喜びした永田オーナーが何でもくれるというので「オーナーの腕時計をください」と言った。残念ながらこれはもらえなかったが、翌日には200勝記念と印された200万円の腕時計が届いた。同年には自己最多の30勝12敗で361.1回を投げて防御率2.47という素晴らしい成績を残した。

ワン・ヒット
56年6月6日大洋戦、小山は初回に先頭バッター沖山にヒットを許すが、なんとここから続く27人を完全に打ち取り、1安打無四球で完封勝利を飾った。先頭の沖山に打たれていなければ大記録達成だったが惜しくも逃した。また65年7月15日阪急戦では、9回二死までノーヒットノーランの快投を続けたが、だが最後のバッターとなるはずだったウィンディにセンター前にポテンヒットを打たれ、またも大記録を逃すことになる。小山は最初と最後のバッターに打たれ二つのノーヒットノーランを逃すという大珍記録を打ち立てた。

::
69年にロッテに移籍すると、翌70年には16勝11敗、防御率2.30という好成績を記録して優勝に貢献。同年には史上唯一の両リーグ100勝を達成している。また日本シリーズでは第5戦の先発を任されるなど3試合に登板した。71年の7月3日の東映戦では159球の完投で300勝を達成。同試合で1対1の同点で迎えた8回表に自ら決勝タイムリーも放っている。

大洋で最後の4勝
72年に引退して翌73年に大洋のコーチに就任したが青田 昇監督の要請で現役に復帰して、5月21日の中日戦では1安打、1四球に抑え込んで完封勝利、テンポの良いピッチングで12時31分に始まった試合が1時間22分後の13時53分に終了。13時5分から始まったラジオ中継はわずか48分しか試合を中継できなかった。同年には2完封を含む4勝4敗、防御率2.55という好成績を残した。だが初めての故障というヒジ痛に苦しみ同年限りで引退した。最多勝、最多奪三振は共に1回だけだが、共に史上3位の通算320勝、3159奪三振を記録。

ミスターコントロール
「精密機械」あるいは「針の穴を通すコントロール」と言われた。そのコントロールの精密さで通算73無四球試合を記録した(鈴木啓示に破られるまで日本記録)。01年殿堂入り。また通算244安打を放つなど打撃も良かった。





初記録
初登板
初勝利
初奪三振
初セーブ
初完投
その他の記録
シーズン13完封(セ記録) 62年
5試合連続完封(セ記録) 62年7月7日〜7月22日
通算無四死球試合(セ記録) 47試合
シーズン10無四死球(セ) 58年:62年
シーズン最多無四球5回 58:59:62:66:71
その他の記録
セ・パ・両リーグで100勝 日本記録
先頭打者から7連続奪三振 56年3月27日広島戦
47イニング連続無失点 62年7月7日〜29日


53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73
沢村賞 1回
最多勝 1回
最多奪三振 1回
最高勝率 1回
オールスター 11回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
53 阪神 16 3 1 5 1 - 60.2 60 4 17 0 22 0 0 24 23 3.39
54 阪神 40 5 1 11 7 - 166.0 148 15 44 1 75 1 0 62 56 3.04
55 阪神 27 5 1 7 4 - 131.0 110 4 34 0 75 1 0 37 33 2.27
56 阪神 59 8 4 17 13 - 232.1 134 8 40 4 220 3 1 55 43 1.66
57 阪神 52 14 5 15 17 - 250.0 192 9 37 7 201 0 0 76 66 2.38
58 阪神 53 24 4 24 12 - 313.1 226 15 49 2 252 2 1 77 59 1.69
59 阪神 52 22 8 20 16 - 344.0 246 24 62 5 254 2 0 82 71 1.86
60 阪神 60 23 7 25 19 - 362.0 287 20 63 11 273 2 0 106 95 2.36
61 阪神 46 18 4 11 22 - 291.1 222 20 65 4 204 5 0 91 78 2.40
62 阪神 47 26 13 27 11 - 352.2 268 19 59 7 270 1 0 77 65 1.66
63 阪神 34 12 0 14 14 - 233.0 218 27 66 4 98 0 0 108 93 3.59
64 東京 53 25 3 30 12 - 361.1 300 26 87 6 193 1 1 112 99 2.47
65 東京 50 22 4 20 20 - 322.1 270 30 81 9 171 3 0 102 84 2.35
66 東京 49 23 7 20 13 - 304.0 266 24 38 8 187 2 0 85 70 2.07
67 東京 44 9 1 13 11 - 225.1 223 26 55 7 126 2 0 101 81 3.24
68 東京 25 0 0 4 4 - 87.0 82 11 27 4 53 0 0 38 32 3.31
69 ロッテ 33 8 2 11 7 - 182.1 173 15 31 5 136 1 0 70 60 2.97
70 ロッテ 38 18 4 16 11 - 242.2 199 19 40 8 141 2 0 74 62 2.30
71 ロッテ 35 16 1 17 8 - 211.0 213 22 42 5 111 2 0 92 76 3.24
72 ロッテ 28 7 2 9 6 - 152.1 167 21 26 8 57 0 0 74 69 4.09
73 大洋 15 2 2 4 4 - 74.0 64 6 15 4 40 0 0 24 21 2.55
球団 1年 15 2 2 4 4 - 74.0 64 6 15 4 40 0 0 24 21 2.55
通算 21年 856 290 74 320 232 - 4899.0 4068 365 978 109 3159 30 3 1567 1336 2.45


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
53 阪神 16 20 1 1 0 1 0 3 1 0 0 3 - 0 0 4 0 0 .050
54 阪神 40 49 0 1 0 0 0 1 0 0 0 5 0 2 0 9 0 1 .020
55 阪神 27 40 2 5 2 0 0 7 2 0 0 4 0 0 0 7 1 0 .125
56 阪神 59 66 4 15 3 0 1 21 6 0 1 1 0 2 0 19 0 2 .227
57 阪神 52 74 3 14 2 0 0 16 2 1 0 5 0 0 0 25 2 0 .189
58 阪神 53 103 6 17 3 0 1 23 7 0 0 5 0 2 0 25 2 2 .165
59 阪神 52 122 8 25 3 0 1 31 6 0 0 2 0 2 1 30 1 1 .205
60 阪神 60 115 4 16 1 0 0 17 6 0 0 13 0 4 1 41 3 2 .139
61 阪神 46 94 6 17 3 0 2 26 5 0 0 5 0 1 0 23 2 2 .181
62 阪神 47 115 3 14 1 0 0 15 4 0 0 7 1 3 0 28 2 2 .122
63 阪神 34 78 7 20 2 0 3 31 8 0 0 2 0 1 0 13 3 1 .256
64 東京 53 124 5 19 2 0 1 24 5 0 0 10 0 1 0 25 2 4 .153
65 東京 51 97 3 13 2 0 0 15 5 0 0 7 1 2 0 28 1 3 .134
66 東京 51 89 5 19 2 0 0 21 3 0 0 13 0 1 0 22 1 1 .213
67 東京 47 71 5 13 1 0 0 14 7 0 0 5 0 3 0 15 1 1 .183
68 東京 31 23 1 3 1 0 0 4 0 0 0 3 0 0 0 3 0 1 .130
69 ロッテ 33 58 3 11 0 0 0 11 1 0 0 4 0 1 0 9 2 2 .190
70 ロッテ 39 80 2 6 0 0 0 6 1 0 0 6 0 3 1 14 2 1 .075
71 ロッテ 35 70 6 7 2 0 0 9 3 0 0 7 0 4 0 12 2 1 .100
72 ロッテ 28 51 1 7 0 0 0 7 4 0 0 0 0 2 0 14 2 1 .137
73 大洋 15 16 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 1 0 6 1 1 .063
球団 1年 15 16 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 1 0 6 1 1 .063
通算 21年 869 1555 75 244 30 1 9 303 76 1 1 109 2 35 3 372 30 29 .157


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
62 阪神 4 0 0 0 2 - 28.1 21 2 12 0 22 0 0 11 10 3.10
70 ロッテ 3 0 0 0 1 - 12.2 14 2 5 0 4 0 0 5 5 3.46
通算 2年 7 0 0 0 3 - 41.0 35 4 17 0 26 0 0 16 15 3.29


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
62 阪神 4 10 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 .100
70 ロッテ 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 2年 7 13 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 .077


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 11回 13 0 0 2 1 - 26.1 31 4 6 0 15 0 0 16 15 5.19


  オールスター打撃成績
回数 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
通算 11回 14 2 1 1 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .500






 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年