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MLB記録 タイトル

関連リンク
:公式サイト:
大家友和オフィシャルHP
:MLB.COM:
Tomo Ohka


大家 友和



44
名前 おおか ともかず
生年月日 1976年3月18日
経歴 京都成章高校-横浜-レッドソックス-エクスポズ-(中略)-インディアンズ-横浜-富山
入団年 93年ドラフト3位
在籍年 94年−98年:10年−11年
背番号 94年−98年[56]:10年−11年[44]
投打 右投げ両打ち
守備 投手
:捕手≫外野≫投手
小柄な2450グラムで生まれた大家は、何年間も病院通いを続けるなど決して丈夫な子供ではなかった。だが9歳の時に少年野球チームに入団すると体はメキメキと丈夫になっていった。ドカベンに憧れていた友和は当然のようにキャッチャーを志望したが、打者がバットを振ると目をつぶってしまうクセが直らず、外野手として野球を始めることになった。そしてその外野からの力強い送球を投げたため、5年生から投手に転向した。

中村 武志
友和の母千恵子が中村 武志の母と同じ職場に勤めていたことから、「中村はこんな練習をしていた」という情報を友和は小学生の頃から知っていた。

条件
友和は京都成章高校への進学を望んでいたが、私立である京都成章への進学は母子家庭である大家一家には難しいものだった。そこで友和は兄である健一に相談した。最初こそ怒られたが最後に健一はこう言った「よし分かった。行けや。学費は兄ちゃんが何とかする。その代わり条件がある。その高校野球の集大成としてプロ野球の入団テストを受けろ」、友和は「分かった」と答えた。

横浜入団
3年時には京都大会の決勝まで進むが敗れて甲子園出場はならなかった。だがスカウトの高い評価は変わらずドラフト3位で横浜に入団した。

初勝利
4月26日には同年の高卒新人としては最速で一軍昇格。その翌日の中日戦で初登板。そして29日ヤクルト戦では2点をリードされた8回表二死二塁でマウンドに上がると、飯田をレフトフライに打ち取りピンチを救った。すると8回裏にブラッグスのホームランなどで横浜が逆転すると、9回は盛田が抑えて、大家は70年の太田幸司以来24年ぶりとなる高卒ルーキーの4月勝利を達成した。

留学
97年のオフになると大家は球団にアメリカ留学を願い出て、レッドソックスのマイナーチームへ留学した。そして帰国後に大家はアメリカへ移籍させて欲しいと願い出た。球団もこれを了承して話がまとまりかけたが前年に伊良部が同じくメジャー移籍を訴えて大問題になっていたため、日本からメジャーへの移籍が凍結されて移籍は不可能となった。

一軍昇格?
98年も日本でプレーすることになった大家は8月に一軍に呼ばれた。一軍に故障者が出たためだったが横浜スタジアムに着くと「故障した選手の怪我もたいしたこと無いみたいだからやっぱりいいや」、と言われ寮に帰ることになった。

最優秀防御率
95年に9.1回を3安打に抑えながら13四死球を与えたように大家の課題はコントロールにあった。だが98年になるとイースタンリーグで126.2回を投げて31四死球という素晴らしい安定感を身に付け、防御率2.70で最優秀防御率を獲得した。だが優勝争いを続けていた一軍からお呼びがかからず、一軍登板はわずか2試合に終わった。

メジャー
99年に念願が叶ってレッドソックスとの金銭トレードでMLBに挑戦。デビュー戦はAAとなったが、その試合を被安打2の無失点でアメリカデビューを飾ると、そこからなんと負け知らずの8連勝を達成して、6月16日にはAAA昇格を決めた。そしてAAAでの初登板も被安打3、無失点の好投で勝利すると、AAAでも負け無しの3連勝で7月18日ついにレッドソックスへの昇格した。そして翌19日には先発のマウンドに立つ大家の姿があった。

メローニ
雨で32分遅れて始まった大家のメジャー初登板は苦しいものとなった。マーリンズのトップバッターであるカスティーヨが放った打球は簡単なショートゴロだったが、これをショートが取り損なってしまう。いつもならガルシアパーラが守っているポジションだったが、この日は翌年に横浜に入団することになるメローニが守っていた。その後連打を許した大家は1.0イニングを投げて、5失点でKOされた。

初勝利:
10月1日のオリオールズ戦で3イニングを無失点で抑えてメジャー初勝利を達成。

3人目の大記録!!
00年はAAAで開幕を迎えた大家は4月6日の開幕戦を任されたが6イニングを投げ、2失点で負け投手になり、マイナーの連勝記録が15でストップした。だが6月1日に先発した大家は5回が終わって無安打無四球という完璧なピッチングを見せていた。そして6回にセンター前に抜けそうな打球を打たれたが、その後にメジャーで大活躍することになるエクスタインがこれを好捕してアウトにすると、大家はそのまま9回二死まで完全試合を続けた。そして最後の打者モアをファーストゴロに打ち取り完全試合を達成。投球数77球、うちストライクが59球で2-3にすらならなかった。117年の歴史を持つインターナショナル・リーグ史上3人目という快挙だった。

トレード
完全試合から50日後の7月21日にメジャー昇格を果たした大家は12試合に先発して防御率3.12と好投したが対戦相手がクレメンス、コロン、ムシーナなどエース級が多かったため3勝6敗と勝敗はついてこなかった。そして翌年になるとレッドソックスはコーン、カスティーヨ、野茂というエースクラスの投手を3人も獲得した。大家自身も2勝5敗と結果が残せなかった事もあって、大家+1人と99年に41セーブでタイトルを獲得したウービナのトレードがエクスポズとの間で成立した。

エース
エクスポズでも初年度は1勝3敗と結果を残さなかったが、翌02年になると32試合に登板して、13勝8敗で防御率3.18という素晴らしい安定感を見せてローテーションの中心になった。翌03年も10勝12敗で2年連続二桁勝利を上げたが、04年は打球を右手に受けて戦線を離脱し、3勝7敗に終わった。

トレード2
05年は5月まで4勝3敗で防御率3.20と安定していたが、なかなかロビンソン監督の信頼が得られず、先発ローテションを飛ばさせられたり、中継ぎでの登板を余儀なくされていた。そして6月4日マーリンズ戦で4回途中で交代を告げられると、大家はロビンソン監督に背中を向けてボールを渡さなかった。これでロビンソン監督との対立が決定的になり、罰金も支払うことになった。そして6月10日、同日のマリナーズ戦で先発するはずだった大家にブリュワーズへのトレードが告げられた。

移籍後初登板で
05年6月14日、移籍後初登板となったデビルレイズ戦。チームは5連敗中と最悪の状態だったが、この日は初回に2点を上げて大家を援護。大家はテンポの良いピッチングでデビルレイズ打線を封じ込めて得点を許さない。8回には一死満塁のピンチを招いたがここを併殺で切り抜けると、そのまま9回を投げきって、98球、9安打無四球でメジャー初の完封勝利を飾った。ヨースト監督は「きょうの彼は“ストライクマシン”だった」と大家を称えた。

スイッチヒッター
06年8月24日ロッキーズ戦では前から練習していたという左打席に挑戦。一死満塁で迎えた第一打席は打撃妨害で1打点、第二打席は2点タイムリー、第三打席もタイムリーと2安打4打点という活躍を見せた。肝心のピッチングは5.1回で6失点と今ひとつだったが、自らが上げた大量得点に守られて一月ぶりの勝利を上げた。

横浜復帰
08年はAAAで5勝11敗、防御率4.18と今ひとつの成績でMLB昇格も果たせなかった。だが09年にはインディアンズでMLB1000投球回を達成した。10年にはメキシコリーグのキンタナローに移籍したが、外国人枠の関係で解雇になり、その後に古巣の横浜ベイスターズへの移籍が決まった。

16年ぶりの勝利
湘南での調整登板を経て、5月2日のヤクルト戦で12年ぶりの一軍マウンドに上がると、初回から内野ゴロの山を築く危なげの無いピッチングでヤクルト打線を抑え込む。大家は打席に入ってもカットバッティングで粘るなど勝利への執念を見せた。5回裏の無死一、二塁というピンチも相川から三振を奪うなど後続を打ち取って、6回まで無失点に抑える。7回裏に武内のソロで1点を失ったが、6.1回を6安打、1四球で1失点に抑えて、遠山 奬志の10年間を大幅に上回る16年間の最長ブランク勝利を達成した。18歳の時にわずか3球であげた初勝利から5847日ぶり白星だった。

初回8失点から中1日で先発も
7月31日に郡山で行われたヤクルト戦では投げては2安打、2四球という完璧なピッチングで1失点完投。打っても初打点となるタイムリーを含む2安打を放つなど一人舞台でチームの地方球場での連敗を9でストップさせた。だが続く8月6日のヤクルト戦では初回に畠山のスリーラン、ピッチャー館山のスリーランなどでイニング8失点。その後もリリーフ投手が打ち込まれて被安打22、16失点と大敗してしまった。そして中1日でまたもヤクルト戦に先発したが4回6失点でKOされてチームも11失点で大敗。前日にもチームが10失点を喫しており、26年ぶりの3試合連続二桁失点を記録してしまった。

2度目の退団
11年は秋季キャンプから高血圧を起因とする体調不良に悩まされてそのまま開幕。4月13日の中日戦で2回5失点、19日の広島戦で4回5失点と打ち込まれて二軍降格となってしまった。その後は通院をしながら二軍で調整を行い、7月14日に再昇格して同日の広島戦で5回までノーヒットに抑える好投を見せたが、6回裏に4安打を集中されて2失点を喫して復帰戦を飾れなかった。続く27日の巨人戦でも6.1回を2失点、8月3日の広島戦は6回3失点と試合を作ったが援護なく連敗を重ねると、その後は打ち込まれる試合が続いて登録抹消。9月に右肩の手術を受けたこともあって同年限りで退団となってしまった。

::
右肩の手術から1年半後の13年4月8日に独立リーグのBCリーグ・富山サンダーバーズに入団。80キロ台のナックルを織り交ぜるなど投球スタイルを一新した姿でチームに合流した。翌14年にはブルージェイスのスプリング・トレーニングに招待選手として参加したが3月22日に自由契約となりメジャーには残れなかった。その後はアメリカの独立リーグでプレーし、翌15年はBCリーグの富山に復帰、8月10日に自由契約となると同じくBCリーグの福島ホープスに入団、40歳になった翌16年の11月にはアメリカに渡ってMLBスカウトの前でナックルボールを披露してオリオールズとマイナー契約を結んだ。





初記録
初登板 94年4月27日中日戦
初勝利 94年4月29日ヤクルト戦
初奪三振
初完投 10年7月31日ヤクルト戦
初セーブ
その他の記録
AAA完全試合
イースタン最優秀防御率 98年





  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
94 横浜 15 0 0 1 1 0 28.0 29 1 18 0 18 0 0 13 13 4.18
95 横浜 3 0 0 0 0 0 9.1 3 0 13 0 6 0 0 2 2 1.93
96 横浜 14 0 0 0 1 0 18.0 27 3 14 1 11 3 0 19 19 9.50
98 横浜 2 0 0 0 0 0 2.0 2 0 2 0 1 0 0 2 2 9.00
10 横浜 22 1 0 7 9 0 121.2 145 16 22 3 62 2 0 72 62 4.59
11 横浜 7 0 0 0 6 0 32.2 41 6 10 0 14 1 0 26 25 6.89
通算 6年 63 1 0 8 17 0 211.2 247 26 79 4 112 6 0 134 123 5.23


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
94 横浜 17 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .000
95 横浜 4 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 0 0 .000
96 横浜 14 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 2 .000
98 横浜 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
10 横浜 22 33 1 4 0 0 0 4 1 0 0 2 0 1 0 17 0 1 .121
11 横浜 7 9 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 0 6 0 0 .000
通算 6年 66 48 1 4 0 0 0 4 1 0 0 5 0 1 0 27 0 3 .083


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
94 横浜 8 0 0 5 0 38.0 40 6 16 23 24 22 5.21
95 横浜 13 0 2 4 0 27.1 49 5 21 17 40 32 10.54
96 横浜 11 0 2 0 0 27.1 19 4 21 16 16 14 4.61
97 横浜 29 1 2 8 1 94.1 97 7 60 50 59 55 5.25
98 横浜 25 5 7 8 2 126.2 113 8 31 98 41 38 2.70
10 湘南 3 0 0 1 0 14.0 14 1 4 7 5 5 3.21
11 横浜 9 0 2 0 1 46.0 49 3 5 14 19 16 3.13
通算 7年 98 6 15 26 4 373.2 381 34 158 225 204 182 4.39


  MLB投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
99 レッドソックス 8 0 0 1 2 0 13.0 21 2 6 0 8 0 0 12 9 6.23
00 レッドソックス 13 0 0 3 6 0 69.1 70 7 26 2 40 3 0 25 24 3.12
01 レッドソックス 12 0 0 2 5 0 52.1 69 7 19 2 37 1 1 40 36 6.19
01 エクスポズ 10 0 0 1 3 0 54.2 65 8 10 1 31 1 0 30 29 4.77
02 エクスポズ 32 2 0 13 8 0 192.2 194 19 45 7 118 2 1 83 68 3.18
03 エクスポズ 34 2 0 10 12 0 199.0 233 24 45 9 118 8 0 106 92 4.16
04 エクスポズ 15 0 0 3 7 0 84.2 98 11 20 1 38 3 0 40 32 3.40
05 ブリュワーズ 22 1 1 7 6 0 126.1 145 16 28 2 81 5 0 65 61 4.35
05 ナショナルズ 10 0 0 4 3 0 54.0 44 6 27 1 17 3 0 23 20 3.33
06 ブリュワーズ 18 0 0 4 5 0 97.0 98 12 35 5 50 4 0 58 52 4.82
07 ブルージェイズ 10 0 0 2 5 0 56.0 68 10 22 0 21 2 0 39 36 5.79
09 インディアンズ 18 0 0 1 5 0 71.0 77 18 19 4 31 3 0 47 47 5.96
通算 10年 202 5 1 51 67 0 1070.0 1182 140 302 34 590 35 2 568 506 4.26


  MLB打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
99 レッドソックス 8 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
00 レッドソックス 13 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
01 レッドソックス 12 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 1 .000
01 エクスポズ 10 15 1 3 0 0 0 3 1 0 0 3 0 0 0 6 0 0 .200
02 エクスポズ 32 55 3 7 1 0 0 8 2 0 0 8 0 4 0 28 0 0 .127
03 エクスポズ 34 55 2 10 0 0 0 10 3 0 0 8 0 2 0 10 1 4 .182
04 エクスポズ 15 25 0 2 0 0 0 2 0 1 0 0 0 1 0 8 0 1 .080
05 ブリュワーズ 22 38 1 2 0 0 0 2 3 0 0 2 0 2 0 20 0 0 .053
05 ナショナルズ 10 16 1 4 0 0 0 4 0 0 0 1 0 0 0 5 0 1 .250
06 ブリュワーズ 18 31 0 5 1 0 0 6 6 0 0 3 0 1 0 15 0 5 .161
07 ブルージェイズ 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 .000
09 インディアンズ 18 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
通算 10年 202 240 8 33 2 0 0 35 15 1 0 25 0 10 0 95 1 15 .138


  AAA投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
99 AAA 12 1 1 7 0 0 68.1 60 5 11 0 63 17 12 1.58
00 AAA 19 3 2 9 6 0 130.2 111 15 23 3 78 52 43 2.96
01 AAA 8 1 0 2 5 0 42.0 55 5 9 1 33 35 26 5.57
07 AAA 4 0 0 0 3 0 22.2 38 6 9 0 9 26 26 10.33
07 AAA 3 0 0 0 2 0 18.1 27 2 3 2 7 15 14 6.87
08 AAA 28 1 0 5 11 0 135.2 146 23 35 3 112 71 63 4.18
09 AAA 9 0 0 3 3 0 52.2 53 6 9 1 26 20 20 3.42
通算 6年 83 6 3 26 30 0 470.1 490 62 99 10 328 236 204 3.90


  AA投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
99 AA 12 0 0 8 0 0 72.0 63 9 25 3 53 26 24 3.00
通算 1年 12 0 0 8 0 0 72.0 63 9 25 3 53 26 24 3.00


  A投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
06 A+ 2 0 0 1 0 0 10.2 12 0 1 0 10 2 0 0.00
通算 1年 2 0 0 1 0 0 10.2 12 0 1 0 10 2 0 0.00


  ルーキーリーグ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 失点 自責 防御率
06 ルーキー 1 0 0 0 1 0 3.0 7 0 0 1 0 4 2 6.00
通算 1年 1 0 0 0 1 0 3.0 7 0 0 1 0 4 2 6.00







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年