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鈴木 隆



16
名前 すずき たかし
生年月日 1933年9月22日
経歴 田村高−中央大−川アトキコ−大洋−東京−大洋
入団年 58年に川アトキコから入団
在籍年 58年−65年:68年
背番号 58年−65年:68年[16]
投打 左投げ左打ち
守備 投手
社会人へ
高校時代は無名だったが中央大で頭角を現す。プロの注目を浴びたがプロの誘いをけって社会人川アトキコに進んだ。川アトキコ時代には川ア球場でよく大洋の試合を見たがプロのレベルが高いとは思えなかった。大学時代には上級生に食って掛かり、どんな相手でも逃げずに向かっていく気の強さで恐れられた。

ぜひタイガースへ
57年の秋にデトロイトで行われたノンプロ野球選手権で鈴木は4試合全てに登板して日本を優勝に導いた。MVPに選ばれた鈴木にはタイガース、ヤンキースなどのスカウトが群がったが鈴木はその場で断った。しかし鈴木が球場を出ようと出入り口に向かうと、警官が大声でわめきながら手錠をかけてきた。鈴木は何事が起こったのかわからなかったが、実は熱狂的なタイガースファンの警官が鈴木をタイガースに入団させたくて「スズキこのままデトロイトに残って投げてくれ」と言って鈴木を捕まえたのであった。警官はすぐに「アイムソーリー」といって手錠をはずしてくれたが鈴木は「ジョークだとわかるまで、短い時間だったけど血の気が引く思いでしたよ」

ホエールズへ
巨人入団がほぼ決まっていたが中部オーナーの「いまのホエールズは正直って弱い。でもね僕は本気で考えているんだ。とにかくホエールズを巨人に勝てるチームにしようとね。どうだい鈴木君。僕の夢に君の力を貸してくれないか」と説得され大洋への入団を決めた。「強いものをやっつけよう、というところがなんとも気に入った。しょせん俺は一匹狼。俺のようなやつには巨人のようなチームは似合わない。大洋のようなチームこそ、いい働き場かもしれないな」

新人王を逃す
58年4月8日巨人戦で6安打完封でプロ初勝利を記録した。巨人戦の初登板で完封を達成したのは2リーグに分立後では鈴木が初めてだった。9月3日の国鉄戦でも3安打完封を記録するなどシーズン3完封で15勝18敗で防御率2.72を記録した。同年には巨人戦だけで5勝を上げるなど強い印象を残したが、長嶋が二冠王に輝いたため新人王は長嶋にさらわれた。

ON砲を抑える&プロ入り一号
60年、鈴木は開幕から打線との噛み合わせもあって3連敗と調子に乗れないでいた。そんな中で迎えた4月26日の巨人戦。試合前に鈴木は「左足が痛くてね。だから投げられないのよ」と報道陣に語っていた。だが試合がはじまると先発のマウンドには鈴木の姿があった。鈴木は巨人打線を5安打に抑えて三塁すら踏ませず完封で今季初勝利を上げ、プロ入り一号ホームランまで打って見せた。なおこの試合は巨人の3番王、4番長嶋が初めて「ON砲」を組んだ歴史的な日だったが、鈴木は長嶋を3打数無安打、王を2打数1安打に抑えている。

中継ぎ転向
三原は10球もあれば肩が温まる鈴木の特性に目をつけ中継ぎ転向を鈴木に伝えた。鈴木は「ピッチャーたるもの先発完投して一人前と信じて疑いませんでしたから、三原さんの言葉を聞いたときには『ああ俺の野球人生は、これで終わりだ』と直感したものです。このくそジジイ!三原さんのことを本気でそう思いましたね」。鈴木は三原の前で涙を流しながら抗議したが三原は頑として聞かなかった。最初は三原に反発していた鈴木だったが中継ぎを続けるうちに三原野球にとって自分のポジションがどれほど大事かがわかるようになっていた。だが鈴木は三原が投手交代を告げにマウンドに来ると逃げ出して三原を困らせた。以後三原は球審に交代を告げてからマウンドに来るようになった。

セリーグ記録
60年6月1日巨人戦。3回裏に三原監督はエース秋山に代打を送るという賭けに出て、4回から二番手の鈴木がマウンドに上がった。鈴木は先頭の長嶋にレフト前ヒットを打たれたが、続く王、土屋、広岡から3者連続三振に切ってとると、続く5回表にも森、堀本、与那嶺をすべて三振に打ち取って6者連続三振。そして6回表にも国松、藤尾から三振を奪って8者連続奪三振を記録してセリーグ記録を達成した。そして日本記録をかけて前の打席でヒットを打たれている長嶋を迎えると、鈴木は2ストライクに追い込むとキャッチャーのサインに首を振って内角にストレートを投げ込んだがツーベースを打たれて日本記録はならなかった。「土井が外せと言ったのを調子に乗って勝負してしまった。さすが長嶋だね。だけど記録なんて二の次。チームが勝っただけで満足だよ」

まさかの打席
60年9月27日、マジック3でマジック対象チームの巨人を迎えた最後の天王山。試合は1対1の同点のまま9回表に入り、渡辺四球と土井バントで二死二塁というチャンスで打順は9番の鈴木に回ってきた。鈴木は当然代打だと思っていたが三原監督は「おい鈴木打って来い!サインなんか見なくていいから好きなように打って来い」と声をかけた。「よーし打ってやるぞ!」と燃えた鈴木は藤田の5球目を振りぬき打球は前進守備をとっていたセンターの頭上を越える勝ち越しスリーベースになった。鈴木はそのまま9回裏を抑えて勝利投手になった。

フラミンゴ・オー
62年6月30日巨人戦で7回までノーヒットノーランに抑え込むなど1安打完封を記録。王 貞治も2打数2三振に仕留めると、王は一本足打法への転向を決意し、翌日の大洋戦でフラミンゴ1号を放った。

日本タイ記録
64年9月6日の巨人戦。初回に鈴木は王にシーズンタイ記録となる52号ホームランを打たれた。すると6回に峰 国安が右中間に53号を献上して新記録が達成された。結局王は巨人のシーズン最終戦となった9月23日に佐々木 吉郎からホームランを放って記録を55号まで伸ばした。なお同年の8月には月間17試合登板というリーグタイ記録を達成した。

日本記録
鈴木は通算34完投を記録しているが、62年9月16日から引退するまで、先発67戦連続無完投という日本記録を打ち立てた。(02年に戸叶が記録を更新)





対戦成績
巨人 19勝27敗
阪神 11勝22敗
中日 13勝12敗
広島 17勝17敗
ヤクルト 15勝16敗
その他の記録
8者連続奪三振:セ 60年6月1日巨人戦




初記録
初登板
初勝利 58年4月8日巨人戦
初奪三振
初完投 58年4月8日巨人戦
初完封 58年4月8日巨人戦
記録達成日
1000奪三振 66年9月30日






58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68
オールスター 3回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
58 大洋 58 12 3 15 18 - 260.1 234 24 81 8 197 0 1 94 79 2.72
59 大洋 49 10 3 12 16 - 260.1 228 24 90 6 157 5 0 102 93 3.21
60 大洋 46 1 1 5 11 - 160.1 141 14 53 2 112 4 0 57 52 2.91
61 大洋 51 4 0 8 13 - 190.0 193 17 73 6 112 2 0 88 71 3.36
62 大洋 56 7 5 14 8 - 191.1 151 14 45 9 157 0 0 69 54 2.53
63 大洋 59 0 0 8 17 - 213.1 203 12 80 8 116 2 0 94 80 3.36
64 大洋 70 0 0 9 8 - 151.0 147 11 47 2 61 0 0 59 54 3.22
65 大洋 38 0 0 4 2 - 48.0 43 4 20 2 32 0 0 13 13 2.44
66 東京 35 0 0 2 6 - 83.2 93 17 39 9 61 0 0 50 42 4.50
67 東京 41 0 0 4 2 - 52.2 56 9 20 5 34 1 0 29 28 4.75
68 大洋 16 0 0 0 1 - 14.2 18 3 7 3 10 0 0 15 13 7.80
球団 9年 443 34 12 75 94 - 1489.1 1358 123 496 46 954 13 1 591 509 3.08
通算 11年 519 34 12 81 102 - 1625.2 1507 149 555 60 1049 14 1 670 579 3.20


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
58 大洋 59 78 4 7 1 0 0 8 1 0 0 4 0 4 1 34 3 0 .090
59 大洋 49 73 2 7 0 0 0 7 0 0 2 4 0 4 0 29 0 1 .096
60 大洋 46 45 3 7 3 1 1 15 4 0 0 0 0 2 0 13 0 1 .156
61 大洋 52 56 0 7 1 0 0 8 4 0 0 1 2 0 1 23 1 1 .125
62 大洋 57 49 3 7 1 0 1 11 1 0 0 4 0 1 0 13 0 2 .143
63 大洋 59 60 6 7 1 0 0 8 0 0 0 5 0 0 0 27 0 1 .117
64 大洋 70 39 1 5 0 0 0 5 1 0 0 4 0 0 0 10 0 1 .128
65 大洋 38 5 0 2 0 0 0 2 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .400
66 東京 35 18 0 3 1 0 0 4 0 0 0 2 0 0 0 5 1 1 .167
67 東京 41 9 0 3 0 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .333
68 大洋 16 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 .000
球団 9年 446 406 19 49 7 1 2 64 11 0 2 24 2 1 2 149 4 7 .121
通算 11年 522 433 19 55 8 1 2 71 11 0 2 26 2 11 2 155 5 8 .127


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
60 大洋 2 0 0 0 0 0 5.1 3 1 2 0 4 0 0 2 2 3.00


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
60 大洋 2 2 0 1 1 0 0 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .500


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 3回 3 0 0 0 0 0 3.2 2 0 2 0 2 0 0 2 2 4.50


  オールスター打撃成績
回数 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
通算 3回 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000






 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年