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寺原 早人



24
名前 てらはら はやと(旧登録名:寺原 隼人)
生年月日 1983年10月9日
経歴 日南学園高−ダイエー−ソフトバンク−横浜−オリックス―ソフトバンクーヤクルト
入団年 07年にソフトバンクから移籍
在籍年 07年−10年
背番号 07年−10年[24]
投打 右投げ右打ち
守備 投手
最速
本郷小の3年から野球を始める。赤江東中では九州大会で準優勝し全国大会にも出場した。日南学園では1年の春からベンチ入りし、同年の秋からエースになった。日南学園の小川監督は寺原の強靭な上半身を生かすために徹底的に走り込みをさせた。すると高校入学時には135キロだったストレートの威力が、2年の秋には147キロまで増し注目の的となった。

最速2
日南学園では最後の夏に甲子園出場。大会前から甲子園最速の151キロ越えを公言して臨んだ初戦の四日市工戦で初回にいきなり151キロを投げ、松坂、新垣らが持っていた甲子園史上最速記録に並ぶと、2回裏、5回裏にも151キロを投げ込んだ。初戦を8回5安打無四球で10奪三振という好投で勝ち抜くと、続く玉野光南戦では5回裏からマウンドに上がり、先頭の福田への5球目が154キロを計測。最速記録を大きく塗り替えた。

ホークス入団
準々決勝の横浜戦ではストレートが走らず8安打、9四球とボロボロだったが、それでも8回まで2失点に抑えた。だが2対2の同点で迎えた9回表に、3四球で満塁とすると最後は134キロのストレートを打たれて最後の夏は終わった。同年のドラフトでは横浜、ダイエー、巨人、中日から1指名を受け、抽選の結果ダイエーが引き当てた。1位抽選3連敗中だった王監督は利き手ではない右手で当たりくじを引き当てて嬉しそうに掲げた。

初登板
4月16日の日本ハム戦で初登板初先発。初回、二回と日本ハム打線をゼロに抑えたが、3回裏に井出のソロで1点を先制されてしまう。4回表に城島のソロで同点に追いつくと、寺原は4回、5回を三人ずつで片付けた。すると6回表に松中が犠牲フライを放ちホークスが勝ち越し、これで寺原に99年の松坂以来となる高卒ルーキー初登板初先発初勝利の権利が生まれた。が直後の6回裏に無死から小笠原、オバンドー、クローマーと3連打を浴びてノックアウトされた。今度は敗戦投手になるところだったが、9回表に城島のソロと柴原のタイムリーでホークスが逆転勝利を飾った。

初勝利
4月28日オリックス戦では4回までオリックス打線をパーフェクトに抑える好投を見せる。5回表には相川、葛城の連打で一死一、三塁というピンチを招いたが、シェルドンをセカンドフライ、三輪をセカンドゴロに打ち取ってピンチを脱出。6回表にも二死一、三塁と攻め込まれたが、セギノールをファーストゴロに打ち取り無失点。高卒ルーキーという事もあってこの回限りでマウンドを降りたが、6回を7奪三振で3安打1四球無失点という素晴らしい内容で初勝利を記録した。ドラフト制以後の高卒ルーキー4月勝利は堀内、江夏、大家、松坂らに次ぐ史上8人目の快挙だった。

新人王ならず
初年度は2度の足の故障がありながら、6勝2敗1セーブ、防御率3.59という高卒ルーキーとしては文句のない成績を残した。だが新人王は日本ハムの3年目の正田 樹が9勝11敗で防御率3.44という好成績を残したため、寺原は9票で次点に留まった(正田は104票)。

暗転
03年は4月18日に4安打2失点で初完投を達成するなど絶好調で、開幕から6連勝という素晴らしいスタートを見せた。が、6月15日の近鉄戦で肩に違和感を覚えて降板。診断は右肩の関節炎で二軍降格。7月24日に復帰するが7失点でKOされるなど後半戦は1勝5敗で、通算7勝5敗で防御率5.48に留まった。

どん底
肩を故障してから投球フォームを見失った寺原は、04年はわずか6登板で防御率7.56と大きく期待を裏切った。翌05年は前半戦をウエスタンリーグで1勝5敗、防御率5.14という見る影もない成績で終えると、7月15日に練習中にノックのボールを踏んで左足首靭帯を断裂。後半戦を棒に振った。

965
06年も開幕二軍で迎えたが4月7日の広島戦で6回4安打無失点に抑えて一軍昇格。4月13日のロッテ戦で11ヶ月ぶりの一軍マウンドに上がった。初回に松中のスリーランで先制点をプレゼントされると、寺原は初回、二回と無失点。3回裏に今江のタイムリーで1点を失ったが、5回表に打線が4安打を集中し3点を上げ寺原を協力に援護。寺原は6回に無死一、二塁と打ち込まれたところでマウンドを降りたが、リリーフ陣がロッテ打線を無失点に抑えて寺原に965日ぶりの白星が記録された。

対八木
7月26日の日本ハム戦。相手先発は4月15日のホークス戦で10イニングをノーヒットノーランに抑え込むなど対戦防御率0.48のルーキー八木だった。1点もやれない相手だったが寺原は初回に森本、田中賢を連続三振を打ち取ってから3者連続四球で二死満塁としてしまう。SHINJOをサードゴロに打ち取って何とか凌いだが早くも勝負は見えたかに思えた。だがその裏に松中のタイムリーで八木から先制点を奪うと、2回裏には3安打で2点、3回裏にはズレータのソロと八木を一気に攻略。対して寺原は2回から4イニング連続三者凡退。6回二死までノーヒットノーランという初回とは別人のようなピッチングを見せて9回を投げ抜き、2安打3四球で初完封を達成した。

プレーオフ
06年10月1日にはウエスタンの中日戦で5回を2安打無失点に抑え、新垣の故障もあってプレーオフ第一ステージの最終戦先発という大役が回ってきた。寺原は初回に二死二塁というピンチを招いたが、カブレラをレフトフライに打ち取ると、4回まで2安打無四球という好投を見せて、西武先発の西口と一歩も譲らぬ投手戦を演じた。5回裏に西武のまずい攻めでピンチを脱したが、その直後にソロを打たれ先制点を与えてしまった。寺原はこの回限りでマウンドを降りたが5回を3安打1四球で1失点に抑え込んだ。試合は7回表に稲嶺のタイムリーで追いつくと、8回表にズレータのスリーランで試合を決めたホークスが第二ステージ進出を決めた。

横浜入団
06年のオフに横浜の顔とも言える多村とのトレードで横浜に移籍。遺跡後初登板となった4月3日の広島戦では8回を4安打、1四球で1失点に抑えて上々の横浜デビューを飾る。4月を3勝0敗で終えると5月10日のヤクルト戦では打っては初ヒットとなるタイムリーを含む2安打、投げては6安打、3四球で移籍後初完投勝利を達成。チームの開幕ダッシュに大きく貢献した。

2試合連続完封
6月5日には古巣ソフトバンク戦に先発し、7回途中まで2失点に抑えて勝利投手になった。オールスターまでに自己タイに並ぶ7勝を記録すると、9月15日のヤクルト戦で8回を2失点に抑えて初の二桁となる10勝目を記録。なおも9月28日のヤクルト戦で3安打完封を記録すると、続く10月5日のヤクルト戦でも2試合連続の2安打完封を達成して12勝まで白星を伸ばした。なお同年にはヤクルトに6勝1敗、広島に3勝0敗と大きく勝ち越したが、巨人、阪神、中日の3強には1勝9敗という極端な結果を残している。

ストッパー転向
08年は三浦の故障もあって開幕投手を任された。3回まではパーフェクトに抑えていたが、4回裏に2四球を出すと金本、今岡に連続タイムリーを打たれてKOされてしまった。4月27日の広島戦では苦しむチームを立て直すべくストッパーとして起用されて6年ぶりのセーブを記録した。

悪夢
7月2日の広島戦では8回から2イニングを完璧に抑えて10セーブを達成。抑えの仕事が板についてきた頃だった。7月6日の阪神戦は6回裏に同点に追いつくと、8回表のピンチを切り抜け、その裏にウィリアムスからビグビー、大西のタイムリーなど3点の勝ち越しに成功。最高の形で寺原がマウンドに上がった。だが寺原は二死一塁から関本に粘られてツーベースを打たれてしまうと、さらに新井にタイムリーを打たれて1点差に追い上げられてしまう。そして続く金本が打ち上げた打球は阪神ファンの歓声が渦巻くレフトスタンドに吸い込まれて悪夢の大逆転負けとなってしまった。

先発復帰も
08年はオールスターにも選出されたが、低迷するチームで登板機会に恵まれなかった事もあって3勝9敗22セーブに留まった。09年は先発に復帰したが故障で長期離脱した事もあって2勝7敗と大きく期待を裏切ってしまった。10年は好スタートを切ったが、5月4日の広島戦で右ひじの痛みを訴えてリタイヤし、その後復帰を果たすも本来のピッチングには程遠い出来で4勝3敗に留まり、同年のオフにトレードでオリックスに移籍した。

4年ぶりの完封
オリックスではソフトバンクとの開幕第2戦の先発を任されると序盤こそピンチを招いたが、6回表からは一人の走者も許さず5安打、1四球で完封勝利を達成。その後2試合は打ち込まれたが、5月4日の日本ハム戦で6安打、1四球でまたも完封勝利を達成した。

巨人から勝利
5月23日には先発で0勝11敗と大の苦手にしていた巨人戦に先発すると、初回に阿部のタイムリーで先制を許したが、2回以降はピンチを招いても粘り強く無失点に抑えて試合を作ると、1対1の同点で迎えた9回表に自ら四球を選んで出塁して、山崎浩のスリーランで勝ち越しのホームを踏み見事に7安打、2四球で1失点に抑えて完投勝利を飾った。試合後に寺原は「巨人戦で勝つことがトレード後の一つの目標だった」と笑顔で答えた。

トレード相手と対戦で完勝
5月31日に古巣の横浜からも6回無失点で白星を上げると、6月6日には0勝8敗と苦手にしていた阪神戦で6安打、1四球で1失点完投と別人のような好投を続けた。6月14日の横浜戦ではトレード相手の山本と先発で投げ合うという異例の対戦で8回を5安打、無四球で無失点に抑えて完勝。なおトレード相手と翌年に先発で投げ合うのは74年7月7日の日本ハム野村とロッテ金田が投げ合って以来37年ぶりの事だった。

球宴後は失速
巨人戦の完投から7試合連続で白星を上げて球宴前に9勝を記録するなどエース格としてチームを引っ張った.
後半戦は故障などもあって成績を落としたが4年ぶりの二桁勝利となる12勝10敗、防御率3.06という好成績を残した。12年は度重なる故障に苦しんで16試合に登板に留まったが6勝8敗、防御率3.92を記録して同年オフに古巣のホークスにFAで復帰した。

復帰初勝利
13年4月24日に日本ハム戦で復帰登板を果たしたが4回途中5失点KOとなり「横浜へ帰れ!」とのヤジが飛び、小学2年生の息子が友達に「ダメだったね」と言われるなど悔しい思いを味わったが、続く5月1日には首位西武戦相手に8回を4安打で1失点に抑えてお立ち台に上がり、涙を浮かべながら「皆さん、こんばんは。帰ってきました。ただいま。チームのため、ファンのため、家族のため、特に息子のために頑張りました」と語った。だが5月下旬に腰の肉離れを発症するなど前年に引き続き故障に苦しみ4勝7敗で防御率4.65と期待に応える事ができなかった。

7連勝
14年は4月16日の楽天戦で7回1失点に抑えて史上3人目の13球団からの勝利を達成したが、続く23日の日本ハム戦で4回KO、4月30日のオリックス戦でも4回途中4失点となり登録抹消、降格後に右ひざの手術を受けたが以降は毎週膝に溜まった水を抜き、ヒアルロン酸の注射を行う日々を送ることになった。翌15年5月24日の日本ハム戦で7回2安打無失点という素晴らしいピッチングで403日ぶりの白星を手にすると、そこからリリーフでの1勝を挟んで7連勝を記録、終盤には打ち込まれて防御率は悪化したが8勝3敗で防御率3.44という成績を残した。

621日ぶり
16年はリリーフでの14試合登板で防御率4.05と強力な投手陣の中でチャンスを貰うことができなかったが、17年には故障者が続出した事もあって先発のチャンスを貰うと、5月7日のロッテ戦で3回裏一死一塁でなぜか二塁へ牽制球を投げかけてボークとなったが、続く平沢のセカンドライナーで二塁走者が飛び出して併殺と運にも恵まれて6回途中2失点で621日ぶりの勝利投手となった。だが先発では打ち込まれる試合が続き登録抹消、8月に復帰するとロングリリーフ要員として起用されて、横浜との日本シリーズでも登板を果たした。

戦力外
18年はキャンプ終盤に古傷の右ひざを痛めて離脱、5月29日にようやく昇格すると、6月5日のヤクルト戦でロングリリーフで4回を無失点に抑えるなど、主に敗戦処理ながら防御率1点台の好投を続けた。7月9日の日本ハム戦で再び右ひざを痛めて抹消となった。29日に復帰したが圧倒的な層の厚さを誇ったホークス中継ぎ陣という事もあって4試合で抹消となると、シーズン最終盤に昇格して4試合に登板したが同年は21試合登板に留まった。防御率は2.39という好成績だったが26.1回で18四球という制球難もあってから戦力外通告を受けた。

::
ヤクルトに入団。





初記録
初登板 02年4月16日日本ハム戦
初勝利 02年4月28日オリックス戦
初奪三振 02年4月16日日本ハム戦:野口から
初セーブ 02年10月6日ロッテ戦
初完投 03年4月18日近鉄戦
記録達成日
1000投球回 2014年4月2日日本ハム戦






02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18
オールスター 2回


  投球成績
チーム 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
02 ダイエー 14 0 0 6 2 1 57.2 53 5 15 1 41 4 0 24 23 3.59
03 ダイエー 18 1 0 7 5 0 92.0 95 12 47 5 60 1 0 59 56 5.48
04 ダイエー 6 0 0 0 0 0 8.1 13 4 5 0 7 0 0 7 7 7.56
05 ソフトバンク 2 0 0 0 0 0 4.0 6 1 1 0 2 0 0 4 4 9.00
06 ソフトバンク 16 2 1 3 7 0 76.2 90 6 19 2 35 4 0 43 36 4.23
07 横浜 27 4 2 12 12 0 184.2 171 20 46 4 163 7 0 78 69 3.36
08 横浜 41 0 0 3 9 22 71.0 57 4 12 2 66 4 0 26 26 3.30
09 横浜 13 2 0 2 7 0 83.0 89 8 23 1 77 4 1 43 36 3.90
10 横浜 20 0 0 4 3 0 54.0 54 5 24 1 42 4 0 25 22 3.67
11 オリックス 25 7 3 12 10 0 170.1 162 4 43 3 112 7 2 67 58 3.06
12 オリックス 16 1 1 6 8 0 101.0 114 7 31 3 61 6 0 49 44 3.92
13 ソフトバンク 16 2 0 4 7 0 93.0 97 9 30 1 56 5 0 51 48 4.65
14 ソフトバンク 5 0 0 1 4 0 27.2 26 8 11 2 14 0 0 17 15 4.88
15 ソフトバンク 21 0 0 8 3 0 83.2 71 11 19 3 58 3 0 32 32 3.44
16 ソフトバンク 14 0 0 2 1 0 13.1 18 2 5 0 10 0 0 6 6 4.05
17 ソフトバンク 24 0 0 1 2 0 42.1 45 4 18 5 28 0 1 21 20 4.25
18 ソフトバンク 21 0 0 0 0 0 26.1 25 1 18 3 20 0 0 8 7 2.39
球団 4年 101 6 2 21 31 22 392.2 371 37 105 8 348 19 1 172 153 3.51
通算 17年 299 19 7 71 80 23 1189.0 1186 111 367 36 852 49 4 560 509 3.85


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
02 ダイエー 14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
03 ダイエー 18 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
04 ダイエー 6 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
05 ソフトバンク 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
06 ソフトバンク 16 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
07 横浜 37 54 2 6 0 0 0 6 3 0 0 6 0 1 0 24 0 6 .111
08 横浜 43 10 0 1 0 0 0 1 0 0 0 2 0 1 0 4 0 0 .100
09 横浜 13 26 0 4 0 0 0 4 1 0 0 3 0 1 0 8 0 3 .154.
10 横浜 20 12 1 2 1 0 0 3 1 0 0 1 0 1 0 7 0 2 .167
11 オリックス 25 11 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 8 0 1 .000
12 オリックス 16 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 2 0 2 .000
13 ソフトバンク 16 5 0 1 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 3 0 0 .200
14 ソフトバンク 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 ソフトバンク 21 3 0 1 0 0 0 1 2 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .333
16 ソフトバンク 14 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
17 ソフトバンク 24 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 .000
18 ソフトバンク 21 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 .000
球団 4年 113 102 3 13 1 0 0 14 5 0 0 12 0 4 0 43 0 11 .127
通算 17年 311 126 4 15 1 0 0 16 7 0 0 12 0 5 0 59 0 17 .119


  日本シリーズ投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
17 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0.1 2 0 0 0 1 0 0 0 0 27.00
通算 1年 1 0 0 0 0 0.1 2 0 0 0 1 0 0 0 0 27.00


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
17 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 1年 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  プレーオフ投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
06 ソフトバンク 1 0 0 0 0 5.0 3 1 1 0 3 1 0 1 1 1.80
15 ソフトバンク 1 0 0 0 0 1.0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00
16 ソフトバンク 1 0 0 0 0 2.0 1 0 1 0 2 0 0 0 0 0.00
18 ソフトバンク 1 0 0 0 0 2.2 2 0 3 0 1 0 0 4 1 3.38
通算 4年 4 0 0 0 0 10.2 6 1 5 0 7 1 0 5 2 1.69


  プレーオフ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
06 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
15 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
16 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
18 ソフトバンク 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
通算 4年 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000


  オールスター投球成績
回数 登板 完投 完封 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四球 死球 三振 暴投 ボーク 失点 自責 防御率
通算 2回 2 0 0 0 0 0 4.0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00


  二軍投球成績
チーム 登板 完投 勝利 敗戦 S 回数 安打 本塁 四死 三振 失点 自責 防御率
09 湘南 4 1 2 1 0 22.0 21 1 6 26 11 10 4.09
10 湘南 14 0 0 0 3 19.0 21 1 3 19 8 6 2.84
通算 2年 18 1 2 1 3 41.0 42 2 9 45 19 16 3.51
球団在籍時のみ







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年