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内川 聖一



名前 うちかわ せいいち
生年月日 1982年8月4日
経歴 大分工高校−横浜(00年D1位)−ソフトバンク
入団年 00年ドラフト1位
在籍年 01年−10年
背番号 01年[25]:02年−10年[2]
投打 右投げ右打ち
守備 内野手
手術3回
父親は法政大のファーストとして六大学ベストナインにも選出された事がある内川 一寛。その父が監督を務めていた大分工高校時代に進学すると、1年秋に骨に穴が開く「骨のうしゅ」にかかり左かかとを3度にわたって手術。2年秋に復帰し、3年夏には県大会決勝まで駒を進めるが、惜しくも敗れて甲子園には出場できなかった。だが実質1年余りで43本塁打という驚異的な数字を残した。

横浜入団
津田、前田、緒方らを発掘した広島の名スカウト村上 孝雄は内川の素材に惚れ込んでいた。そうそうに1位指名を決めて、本人からも好感触を受けていたが、実は内川の心は揺れていた。故障の影響で体力に自信のない内川は、12球団一厳しいと言われる広島の練習についていけるか不安だった。内川は広島に「指名されても困る」と入団拒否の意向を伝え、3年間後を見越したトレーニングメニューを提案した横浜に入団した。

嬉しい誤算
3年間はじっくり育てる予定だった内川だが初年度のオープン戦で具台晟からツーランを放つなどアピールして開幕一軍を勝ち取った。森監督が高卒ルーキーを開幕一軍に入れたのは86年の清原以来10年ぶりだった。2年目には早くも22安打を放つ活躍を見せ、中でも代打では25打数12安打、打率.480と無類の勝負強さを発揮した。

謎の故障
03年はキャンプで右目の視力が大幅に落ちたため開幕は湘南で向かえたが、5月18日に怪我の石井に代わって横浜に昇格。右目も回復した内川は16試合で66打数21安打、打率.318で10打点と大活躍してすっかりスタメンにも定着した。このままレギュラー獲得かと思われたが、またもアクシデントが内川を襲う。今度は右手の握力がボールを握れないほどにまで低下し、、6月13日に登録抹消となった。

アゴよさらば
03年、内川を苦しめた故障の原因は、なんとトレードマークのアゴにあった。内川のアゴは右に曲がっており、その骨格のズレが、けい椎の神経を圧迫し、右目と右手に影響を与えていた。03年オフの契約交渉で球団社長は「骨を削って治してほしい」と年棒にプチ整形代を上乗せした。

アゴは死なず
一度はアゴと別れる決意を決めた内川だったが、やはり長年連れ添ってきたアゴと別れることなど出来るはずも無かった。内川はアゴを削る代わりにプチ整形代を使ってかみ合わなかった奥歯を矯正した。

巨人戦として球団初
04年5月18日巨人戦、この日内川は初回に木佐貫から同点ホームランを放つと、3回にも木佐貫から2打席連続ホームラン、そしてなんと4回にはチームとしては80年の田代以来となる3打席連続ホームランを放ち、一躍全国に名を知らしめた。内川はベンチ前で出迎える選手たちの手に、ハイタッチならぬ「アゴタッチ」で応えた。

代打逆転弾
05年9月11日ヤクルト戦。試合は先発の吉見がリグスのスリーランで先制されると、打球を受けて降板する苦しい展開だったが、2回から加藤武が4イニングを無失点に抑えると、6回からは木塚が何とか凌いで試合を作る。すると6回までヤクルト藤井の前に2安打に抑え込まれていた打線が、7回裏に佐伯、多村、種田の3連打などで2点を返し1点差とすると、代打内川が「変化球が来る」と狙っていたスライダーをレフトスタンドに運んで、防御率で三浦と争っていた藤井をノックアウトした。

イップス
06年には自身初の100試合出場を果たし、115安打で打率.286と活躍したが、イップスによる送球難からセカンドのレギュラーを掴み切れなかった。07年は外野手に転向したが開幕から打撃不振で二軍落ちを味わった。だが8月9日に一軍復帰を果たすと同日のヤクルト戦でいきなり3安打5打点を記録。翌日からもヒットを連発して月間30安打で打率.448という凄まじい成績を残した。だが同年は92試合出場で打率.279と期待されたレギュラー取りは果たせなかった。

:転機:
08年に就任した杉村コーチにそれまで自信を持っていた前で泳ぎながら変化球を打てる部分を「それがオマエの一番悪い形だ」と指摘されて打撃スタイルを変更、手元までボールを引き付けて右方向への打つ技術に磨きをかけた。

オールスターで5打席連続ヒット
08年は開幕はベンチで迎えたが代打で打率4割を超える活躍を見せて4月下旬からファーストのレギュラーを掴む。その後も徹底した右打ちでヒットを連発して6月8日には規定打席に乗って打率.399で打率首位に躍り出た。その後は多少数字を落として前半戦を打率.357で折り返したが、初選出されたオールスターの第一戦でタイムリーを放つと、横浜スタジアムで行なわれた第二戦では4安打を放って前日から5打席連続ヒットを記録した。

右打者最高打率
オールスター明けの8月6日の巨人戦で2本塁打を含む3安打を放って勝利に貢献すると、28日の巨人戦で4安打、翌日のヤクルト戦で7打席連続安打となる3安打と快打を量産して月間打率.449で月間MVPを受賞した。9月に入っても打率を下げるどころか押し上げて右打者最高打率となる.378で初の首位打者を獲得。出塁率も.416で球団史上二人目の最高出塁率。189安打で最多安打という三冠に輝いた。

WBC
09年に行なわれた第2回WBCでは宮崎キャンプでイチローに「詰まってヒットを打つって本当ですか?」と質問すると「ホントだよ」と言われたことで自身のバッティングに自信を深めた。大会では第1ラウンドゲーム4の韓国戦では初回に三塁線を抜く2点タイムリーツーベース、第2ラウンド決勝の韓国戦では同点ソロと活躍。そしてWBC決勝の韓国戦では同点に追いつかれた直後のレフト線へのヒットをスラィディングしてワンバウンドキャッチし、素早く二塁に送球して見事にアウトにして流れを止めると、延長10回表には先頭打者として詰まったライト前ヒットで出塁し、イチローのセンター前ヒットで決勝点のホームを踏んだ。

2年連続首位打者ならず
09年シーズンは8月7日に村田が左足を痛めて離脱すると、翌日の中日戦では攻守で活躍し、延長11回裏にサヨナラヒットを放って試合を決めた。同8月には打率.365、17打点を記録するなど後半戦に数字を上げて、9月下旬に一時的に打率1位にも立ったが、最終的にはラミレスに破れてリーグ2位の打率.318に終わった。

ソフトバンク移籍
10年は6月15日のソフトバンク戦で9連敗とどん底に沈むチームを救う先制のグランドスラムを放って連敗をストップさせた。同年には全試合に出場して3年連続3割となるチームトップの打率.315を記録したが、チームは3年連続で勝率3割台中盤の断トツ最下位に終わり、同年のオフにFAでソフトバンクに移籍した。また移籍の際に「出て行く喜びを感じられます」と発言したことが横浜ファンの反感を買うことになった。

月間MVP、交流戦MVP
移籍初年度にはいきなり4月に打率.397を記録して月間MVPという絶好のスタートを切ってチームを引っ張った。交流戦最終カードの横浜戦ではハマスタを埋めた横浜ファンから激しいブーイングを受けたが、2試合で9打数5安打を放ち最終戦でソロを放った際には何度もガッツポーズを見せた。交流戦で18勝4敗1分という圧倒的な成績の立役者となった内川は交流戦MVPに選出された。

MVP
交流戦明けからは足の故障で1か月間チームを離れたが、復帰後もヒットを量産して打率.338で自身2度目の首位打者に輝きリーグ優勝に大きく貢献した。優勝決定試合となった10月1日の西武戦では9回途中から涙を流し、チームメイトから胴上げされるサプライズを受けた。またMVP投票では半数以上の1位票を集めてMVPに選出され、クライマックスシリーズでも11打数5安打でMVP、選手会が実施した「選手が選ぶMVP」などMVP尽くしの一年となった。日本シリーズでは3勝3敗で迎えた最終戦でタイムリーを放ってチームの日本一に貢献した。

スランプからの復活
12年は6月に月間打率.128という大スランプに陥り、一時は打率が250台にまで低迷した。焦りかららしくない三遊間への内野ゴロを量産してオールスターを迎えても打率.266で3本塁打という成績に留まっていたが、8月になって大幅に状態を上げると、8月19日には右手薬指を剥離骨折したが強行出場を続けて月間打率.400を記録、9月も打率.386をマークして5年連続の打率3割と自身2度目の最多安打を手中に入れた。だがチームは3位に終わり、クライマックスリーズでは敗戦に繋がる落球も記録してしまうなど悔しさも残る一年となった。

WBCで涙
13年には春先のWBCで23打数8安打(打率.348)を記録したが、準決勝のプエルトリコ戦で2点を追う8回裏の一死一、二塁で一走の内川がスタートを切ったが二走の井端はスタートを切らず、結果として内川が一二塁間で挟まれてアウトとなった。唯一の好機を逃した日本はWBC3連覇を逃す形となり、敗戦の責任を背負い込んだ内川はベンチで号泣した。シーズンでは4月29日のロッテ戦でドラフト同期の吉見から100号本塁打、5月17日の中日戦からの3試合で14打数12安打で8打点を記録、夏場には肋骨を亀裂骨折したが全144試合に出場して打率.316、19本塁打、92打点という好成績を残した。

7年連続3割
14年には開幕戦で4安打を放つと、第4戦まで複数安打を重ねて、4月10日からの5試合では13安打を積み上げるなど開幕から一か月間打率4割越えを記録、5月下旬から臀部の肉離れで一か月間戦列を離れたが、7月11日の日本ハム戦でボテボテのショートゴロ内野安打で苦笑いの1500安打を達成、同7月に33安打、20打点を記録して月間MVPに選出されるなどチームの首位浮上に貢献、終盤には成績を落としたが打率.307(右打者としては落合に並ぶ史上1位の7年連続3割)、18本塁打、74打点を記録。日本シリーズでも2試合で先制打を放つ活躍で日本シリーズMVPに選出された。

4番キャプテン
15年は新監督に就任した工藤監督から秋山、小久保という偉大な大先輩に続く3代目の主将と4番打者を任された。重責を担いながら7月までは打率3割をキープしたが、8月には21打数連続ノーヒットを記録し、猛練習を行った際に脱水症となり、その後にわき腹痛と苦しみ月間打率.174と低迷した。だが工藤監督から「お前のチームだと思ってやってくれ」とまで言われて迷いが吹っ切れ、9月には11試合で複数安打を記録。最終打率は.284と連続シーズン3割が7年連続でストップしたが、黄金期を迎えたチームは圧倒的な力でリーグ制覇を達成、優勝決定試合となった9月17日の西武戦では最後まで責任を全うした安心感から9回表の守備から涙を流した。

CSでMVPも
CSではファイナル・ステージ第1戦の守備でフェンスに激突したが激痛が残る中で強行出場を続けて延長10回裏にサヨナラヒット、第2戦でも6回裏に勝ち越しタイムリーツーベース、第3戦では3回裏に決勝打となる先制タイムリーと3試合連続で決勝打を放って日本シリーズ進出の立役者になった。CS後の検査で肋骨骨折が判明して日本シリーズは欠場となったが、初戦でお立ち台に上がった松田が「内川さん見てましたかぁ!」と絶叫するなど一つにまとまったチームは2年連続の日本一に輝いた。

106打点
16年には開幕直後の4月14日に震度7の熊本地震が発生、翌日の楽天戦で決勝弾を放った内川はお立ち台で涙を逃した。6月には11日の巨人戦で満塁弾を含む2本塁打、29日のロッテ戦で4安打、翌日には3安打を放つなど月間打率.341で25打点を記録、夏場には数字を落としたが、9月に11日の西武戦でスリーランを含む4打点、次戦では5安打3打点を記録するなど月間打率.347で26打点と大幅に数字を上積みして自身8度目の3割と自己最多となる106打点という好成績を残した。だがチームは日本ハムに逆転優勝を許して3連覇はならなかった。

故障
17年には4年前の雪辱を期したWBCに出場、第2ラウンド初戦のオランダ戦で6対6で迎えた10回表一死一塁でレフト線へツーベース、第2ラウンド第2戦のキューバ戦では5対5の同点で迎えた8回裏一死一、三塁で犠牲フライを放つなど代打の切り札として活躍した。シーズンに入っても開幕から高打率をキープし5月終了時点で打率.335、11本塁打、42打点と三冠レースですべて上位につけていたが6月2日に古巣ハマスタでの横浜戦で空振りした際に首を痛めて戦線離脱、、一か月後に復帰すると球宴では第1戦で勝ち越し打を含む2安打を放ってMVPに選出されたが、7月23日ロッテ戦の守備で左手親指を骨折して同年は73試合出場に留まった。

横浜との日本シリーズ
シーズン終盤に一軍へ合流すると楽天とのCSファイナルでは初戦でソロ、第2戦で同点ソロ、第3戦で逆転スリーラン、第4戦で同点ソロとCS史上初の同一ステージでの4戦連発を記録した。古巣横浜との日本シリーズではブーイングも覚悟していたハマスタでの第3戦で試合前に横浜ファンから温かい拍手が送られて内川は帽子を取って応えた。同3戦で先制打を含む2安打、第5戦で3安打を放って古巣を苦しめると、横浜の盛り返しで2勝3敗となり第6戦も9回表までリードを許す展開となったが、9回裏一死から山崎康が投じた渾身のツーシームをはじき返すと、打球は横浜ファンで埋まったレフトスタンドに飛び込む起死回生の同点弾となって内川は何度もガッツポーズを見せた。延長戦の末に競り勝って日本一を決めると試合後の優勝監督インタビューで工藤監督から「内川キャプテン!」と呼び寄せられて、監督から「最高の男です」と称えられた。

横浜への思い
シリーズ前の共同インタビューでは余計な意識が入らないように古巣との対決を「どうでもいい」と発言して反感を買ったが、シリーズ後には自宅のショーケースに横浜のユニホームや帽子などを飾っていることを明かした上で今の横浜の選手たちに「僕が横浜にいたときにはできなかった、ファンに日本一を夢見るチャンスをつくってくれて感謝している。だからこそ思う。次は互いにリーグ優勝して、もう一度日本シリーズで戦いたい。そのときは僕の中でもまた、新たな感情が生まれるのではないかという期待があるから」と語った。





初記録
初出場 01年3月30日ヤ:9回に代走
初安打 02年4月24日中:ギャラードから
初本塁打 02年7月7日中:山井から
初打点 02年6月19日巨:7回に高橋尚から
初盗塁 03年6月8日巨:3回に二盗
記録達成日
1000安打 11年6月9日巨人戦:東野から
1500安打 14年7月11日日本ハム戦:浦野から
2000安打 18年5月9日西武戦:武隈から
100本塁打 13年4月29日ロッテ戦:吉見から

記録達成日
月間MVP 08年8月、11年4月、13年8月
14年7月、16年9月
オールスターMVP 13年第3戦、17年第1戦
日本シリーズMVP 14年
交流戦MVP 11年


01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17
MVP 1回
首位打者 2回
最多安打 2回
最高出塁率 1回
ベストナイン 5回
オールスター 6回


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
01 横浜 3 2 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
02 横浜 42 66 11 22 4 1 2 34 7 0 0 3 0 4 0 13 1 1 .333
03 横浜 45 150 20 47 5 0 4 64 18 4 4 6 0 5 0 13 1 9 .313
04 横浜 94 338 55 97 11 1 17 161 45 2 7 12 1 18 0 42 7 12 .287
05 横浜 90 234 33 64 11 0 5 90 23 1 1 6 1 19 2 36 10 2 .274
06 横浜 124 402 41 115 15 2 4 146 34 8 3 7 3 22 5 64 9 11 .286
07 横浜 92 247 24 69 17 3 7 113 29 3 4 4 1 16 6 37 9 2 .279
08 横浜 135 500 83 189 37 1 14 270 67 2 3 5 4 31 4 49 7 5 .378
09 横浜 132 503 65 160 32 2 17 247 66 1 5 2 4 42 1 56 16 3 .318
10 横浜 144 577 75 182 36 4 9 253 66 1 2 3 4 47 6 51 17 4 .315
11 ソフトバンク 114 429 48 145 21 3 12 208 74 4 0 0 7 25 2 48 3 0 .338
12 ソフトバンク 138 523 44 157 21 3 7 205 53 6 4 0 7 31 6 36 12 1 .300
13 ソフトバンク 144 570 76 180 33 1 19 272 92 1 0 0 5 46 12 47 23 0 .316
14 ソフトバンク 122 488 50 150 26 1 18 232 74 0 0 0 7 34 5 48 5 0 .307
15 ソフトバンク 136 529 60 150 24 1 11 209 82 1 0 0 7 45 4 55 24 3 .284
16 ソフトバンク 141 556 62 169 19 0 18 242 106 3 2 0 9 38 2 53 27 6 .304
17 ソフトバンク 73 266 31 79 13 0 12 128 50 0 1 0 2 32 0 26 9 2 .297
球団 10年 901 3019 408 945 168 14 79 1378 355 22 29 48 18 204 24 361 77 49 .313
通算 17年 1769 6380 779 1975 325 23 176 2874 886 37 36 48 62 455 55 674 180 61 .310


  日本シリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
11 ソフトバンク 7 30 1 7 0 0 0 7 2 0 0 0 0 0 0 3 0 0 .233
14 ソフトバンク 5 20 0 7 2 0 0 9 3 0 0 0 0 2 0 2 0 0 .350
17 ソフトバンク 6 22 2 7 2 0 1 12 3 0 0 0 0 4 0 2 0 0 .318
通算 3年 18 72 3 21 4 0 1 28 8 0 0 0 0 6 0 7 0 0 .292


  クライマックスシリーズ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
11 ソフトバンク 3 11 0 5 2 1 0 9 3 0 0 0 0 2 0 0 0 0 .455
12 ソフトバンク 6 22 1 9 2 0 0 11 2 0 0 0 0 2 0 3 0 1 .409
14 ソフトバンク 6 26 4 7 0 0 2 13 4 0 0 0 0 1 0 5 2 0 .269
15 ソフトバンク 3 12 2 5 1 0 0 6 4 0 0 0 0 0 1 0 0 0 .417
16 ソフトバンク 7 25 4 9 2 0 1 14 3 0 0 0 0 3 0 2 1 0 .360
17 ソフトバンク 5 18 5 7 0 0 4 19 7 0 0 0 1 1 0 3 1 0 .389
通算 6年 30 114 16 42 7 1 7 72 23 0 0 0 1 9 1 13 4 1 .368


  オールスター打撃成績
回数 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
通算 6回 14 28 5 13 3 0 0 16 9 0 0 0 0 0 0 1 2 0 .464


  WBC打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
09 日本 6 18 3 6 1 0 1 10 4 0 1 0 0 2 0 1 1 0 .333
13 日本 6 23 4 8 0 1 1 13 4 1 2 0 0 1 1 3 1 0 .348
17 日本 6 8 1 3 2 0 0 5 3 0 0 0 1 2 0 1 0 0 .375
通算 3年 18 49 8 17 3 1 2 28 11 1 3 0 1 5 1 5 2 0 .347


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
01 湘南 89 286 34 69 16 1 2 93 31 6 2 0 52 30 11 5 .241
02 湘南 38 112 9 25 2 0 1 30 9 0 5 0 12 17 4 5 .223
03 湘南 43 155 28 34 4 1 4 52 12 7 2 0 16 17 2 4 .245
04 湘南 3 11 0 5 1 0 0 6 1 0 0 1 0 1 0 3 .455
05 湘南 1 3 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 1 0 0 0 .333
07 湘南 19 75 12 27 4 0 2 37 10 0 0 2 8 4 0 0 .360
11 ソフトバンク 1 4 0 1 0 0 0 1 1 0 0 0 0 2 0 0 .250
17 ソフトバンク 5 16 1 4 1 0 0 5 1 0 0 0 0 2 0 0 .250
通算 8年 199 662 84 166 28 2 9 225 66 13 9 3 89 73 17 17 .251







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年