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グリエル



10
名前 Yulieski Gourriel Castillo
生年月日 1984年6月9日
経歴 エイドリノサラバリア高−サンクティスプリトゥス−インダストリアレス−横浜
入団年 14年にインダストリアレスから移籍。
在籍年 14年
背番号 14年[10]
投打 右投げ右打ち
守備 内野手
父親が神奈川でプレー
父親のルルデス・グリエルはキューバの英雄リナレス、キンデランと共に10年以上に渡ってキューバ代表として活躍し、バルセロナ・オリンピックの金メダリストという輝かしい実績を残した名プレーヤー。ルルデスはメジャーリーグへの憧れを持ち、実際にメジャー複数球団から契約の打診があったが亡命で家族と祖国を捨てる事は出来ずキューバに留まることを選択した。代表引退後の96年には交流の一環で来日し、社会人野球の阿部企業でプレー。98年には神奈川県藤沢市のいすゞ自動車で都市対抗に出場。4番を任されて1本塁打を含む13打数5安打4打点を記録してチームをベスト8に導いた。

兄弟でプレー
3人兄弟の次男として生まれたユリエスキは2歳年上の兄ユニエスキが野球を始めたことに影響を受けて5歳の時に野球を始めた。父ルルデスが監督を勤めるサンクティ・スプリトゥスに入団。同チームには兄のユニエスキ・グリエルもプレーしていた。

MVP
17歳で迎えたルーキーイヤーに打率.300、7本塁打、50打点という素晴らしい成績を残すと、4年目の04-05年シーズンには打率.341、23本塁打、86打点を記録してMVPに選出されるなどキューバを代表する選手になった。05-06年シーズンには27本塁打に当時の新記録である92打点を記録して二冠王に輝き、2季連続のMVPに選出された。また21盗塁も記録して史上初の20本塁打20盗塁を達成するなど走攻守に優れたオールラウンドプレイヤーとして国外にも名を馳せるようになった。

第1回WBC
06年に行われた第1回WBCでは第2ラウンドのドミニカ戦で横浜で同僚となるソーサからソロホームランを放つなど活躍。準決勝のドミニカ戦では6回裏の守備でベルトレイのセカンドゴロを弾いた上に悪送球を投じるタイムリーエラーで先取点をプレゼントしてしまったが、その直後の7回表にはサードのベルトレイを強襲する内野安打を放って逆転のきっかけを作った。日本との決勝戦では8回裏に渡辺 俊介から内野安打を放ったが、9回裏に二死一塁という場面で打席に立つと、大塚のスライダーに空振り三振に抑え込まれて最後の打者になってしまった。WBC初代ベストナイン(二塁手)。

金メダルを逃す
08年に行われた北京五輪では不振に苦しんで6番に降格。韓国との決勝戦では2対3と1点のリードを許したまま迎えた9回裏に一死満塁で打席に入ったが併殺打に倒れて試合終了と散々な結果に終わった(9試合に出場して打率.229、0本塁打、1打点)。08-09年シーズンにはタイトルこそ逃したが打率.399、22本塁打、90打点という素晴らしい成績を記録した。

第2回WBC
09年に行われた第2回WBCでは第1ラウンドの南アフリカ戦とメキシコ戦でホームランを放つなど第2ラウンド進出に貢献したが、第2ラウンドでは初戦の日本戦で松坂、ゲーム5の日本戦で岩隈と日本を代表するエースを打ち崩せず2試合とも完封負けとなり第2ラウンドで姿を消す事になった。同年の09-10年シーズンには105打点を記録して打点王に輝き、自身初の30本塁打も記録したがデスパイネが31本塁打を放ったため本塁打王は逃した。

第3回WBC
13年のWBCでは第1ラウンドの日本戦でキューバは6対3と快勝したがグリエルは4打数0安打と結果が残せず7番に降格。決勝ラウンド進出をかけたオランダ戦では2番に復帰すると4回表にツーベース、5回表にもツーベースを放ったが、7回表の無死一、二塁では送りバントを失敗、6対6の同点で迎えた9回表にはレフト前ヒットで出塁するとすかさず二盗を成功させたが送球が逸れたにもかかわらず二塁にストップしてしまうと、続くフェルナンデスのレフト前ヒットでもホームを狙わない消極的な走塁を見せてメサ監督を激怒させてしまう。これがプレッシャーになったのかその直後の9回裏には先頭のA・ジョーンズが放ったサードゴロをグリエルが弾いて出塁させてしまうと、そこからピンチが広がって格下のオランダにサヨナラ負けとなり予選敗退となってしまった。

横浜移籍
11-12年シーズンからはミズノの低反発球の影響もあって見かけ上の数字は大幅に落としたが、13-14年シーズンには16本塁打、69打点で二冠王に輝いた。14年の5月11日に横浜DeNAが獲得という大ニュースが流れて5月13日に契約を結んだ。契約に至った経緯は前年の12月に横浜DeNAの池田社長と国際関係の担当者がアメリカで行われるウインターミーティングに出席する前に国外への選手移籍解禁を表明したキューバに立ち寄り、キューバ野球の関係者と接触。希望する選手のリストを求められた時に「ナンバーワンの選手」と伝えた所、グリエルの名前が上がり、「キューバの至宝」とまで言われる英雄の来日が叶った。

キューバ料理
ビザの関係で来日は5月31日と遅れたが、6月2日にランドマークタワーの最上階で行われた入団会見にはキューバ共和国大使館から参事官が同席し、球団側もWBCで来日した際に食事が口に合わず2週間で5キロも体重が減少したグリエルのために管理栄養士がキューバ料理店に足を運んでキューバ料理を習得するなどVIP待遇でグリエルを出迎えた。入団会見の翌日に行われたイースタン・リーグの西武戦に出場すると第2打席にバックスクリーンに飛び込むソロを叩き込んで観戦した中畑監督を喜ばせた。

衝撃のデビュー
デビュー戦として予定されていた日本ハム戦は2戦連続で雨天中止となったが、仕切り直しのデビュー戦となった6月8日の楽天戦では初回に楽天の藤田が叩き付けたサードゴロでグリエルが凄まじい強肩を見せてハマスタをどよめかせると、3回裏にはレフト前ヒットで出塁してブランコのツーベースで一気にホームイン、5回表には森山の平凡なサードゴロで再び強烈な強肩を披露、その裏にはレフト線へツーベース、7回裏にセンター前と走攻守で圧倒的な存在感を見せていきなりデビュー戦でお立ち台に上がった(球団の外国人選手では98年のマラベ以来16年ぶり6人目となるデビュー戦猛打賞)。

離脱
6月は15試合の出場で打率.327、4本塁打、11打点という噂にたがわぬ存在感を見せると、7月上旬に沖縄で行われた巨人戦は台風接近に伴う揺れが予想されるため飛行機移動を拒否して欠場となったが、続くヤクルト3連戦では来日した両親とフィアンセが見守る中で15打数7安打(2本塁打)という素晴らしい結果を残した。チームもグリエルの活躍に引っ張られて5連勝を記録したが、当日移動で試合時間5時間39分という熱戦となった7月14日の広島戦にフル出場すると、翌日の第2戦は左脇腹に違和感を感じて途中交代、様子を見て出場した第3戦の第2打席で左脇腹を痛めて長期欠場となった。同試合が前半戦のラストゲームだっただけに悔やまれる故障となった。

連続無得点を止める
復帰戦となった8月26日の中日戦でいきなり先制ソロを放つと、8月30日の巨人戦では初回に先制タイムリー、6回裏に内野安打、逆転を許した直後の8回裏には起死回生の同点ソロ、延長10回裏には桑原のサヨナラヒットに繋がる内野安打と4安打の固め打ち。2試合連続の完封負けで迎えた9月14日の巨人戦では0対0の同点で迎えた9回表に決勝ソロを放って連続無得点を30イニングで食い止めるなど活躍を続けて、ここまでは177打数で打率.339、10本塁打、25打点という申し分のない成績を残していたが、翌日から62打数13安打と大失速した事もあり印象度に比べると成績は落ち着いた数字となってしまった。なお過去にプロ野球球団に所属していなかったため新人王の有資格者となり投票で1票が投じられた。

横浜残留
オフに入ると巨人との激しい争奪戦が演じられたが、キューバ側からの条件である「プレーオフも含めると4月中旬まで続く可能性があるキューバリーグが終了してからチーム合流」、「7月にはキューバの代表戦のため一月チームを離れる」を巨人が拒否した事と、横浜が総額5億円とも言われる破格の条件提示を行った事もあって2月2日に横浜残留が発表された。

早期来日が一転
その後にグリエルがキューバで所属するインダストリアレスがリーグ5位となり3月下旬のチーム合流が可能になり横浜ファンを喜ばせた。だがグリエルがキューバリーグで痛めた右太ももが完治してから来日したいと要望を出した事で状況が一変。球団側は来日してからのリハビリを勧め、キューバ政府を通じて診断書の提出も求めたが回答は得られず、3月26日に予約されていた飛行機に乗らなかったばかりかビザの申請もしていなかったため現地に飛んだ球団スタッフがグリエルの自宅を訪れて最終的な交渉を行ったが、グリエルの「ケガが完治したら」という意思は変わらず、お互いに年俸も違約金も払わない形での契約解除となってしまった。

亡命
5月12日にESPNが報じたグリエルのインタビューによれば、3月24日に来日する契約内容についてグリエルは把握しておらず、キューバ野球連盟がグリエルに無断で結んだ契約であり、4月16日の合流を希望したが契約した金額の4割の違約金と3月24日から4月16日までの給与が引かれる事を伝えられたため交渉打ち切りとなったと主張した。また一部で噂されたMLB球団との密約説については否定したが、翌16年の2月に行われたカリビアンシリーズで準決勝敗退後に亡命した。

MLBと契約
7月15日にアストロズと5年4750万ドル(約50億円)で契約、MLBデビュー戦となった8月21日のオリオールズ戦でセンター前ヒットを放って初打席初安打を記録すると、9月4日のレンジャース戦でダルビッシュからタイムリー、7日のインディアンズ戦では初本塁打、翌日にも本塁打を放って流石というところを見せたが、9月25日に4併殺を記録するなどラスト12試合で大幅に数字を落として打率.262で3本塁打という平凡な成績に終わった。なお古巣横浜が初のCS進出を決めるとSNSで祝福のメッセージを送った。

強力打線の中軸に
17年は開幕から主に7番を任されたが開幕から好調をキープして5月15日のマーリンズ戦では田澤から逆転満塁ホームランを放つと、7月1日からの3試合では13打数9安打で10打点と一気に数字を伸ばして信頼を高めた。球宴明けからは4番でも起用されるなど同年に101勝を記録したアストロズの中軸としてチームを引っ張った。打率.299で本塁打は18本に留まったが二塁打はMLB7位の43本を記録した。

ダルビッシュから先制弾も
ポストシーズンでもリーグチャンピオンシップ第4戦で満塁走者一掃の先制タイムリーを放つなど活躍を続けていたが、ワールドシリーズ第3戦でダルビッシュから先制弾を放ってベンチに戻った後でアジア人に対する差別行為と知られていた両目じりを引っ張る動作を見せたことが大きな問題となり翌年の開幕から5試合の出場停止処分を受けた。なおグリエルはアジア人を軽視するジェスチャーである事を認識していなかったのか試合後のインタビューでは的外れなコメントを残したが、ダルビッシュとの再戦となった第7戦では打席に入った際にヘルメットを脱いで謝罪するジェスチャーを見せた。なお大きなプレッシャーのかかる中でも歴史に残る大熱戦となったWS第5戦でカーショウから同点スリーランを放つなどメンタルの強さを見せて世界一に大きく貢献した。

兄弟
18年は2月28日に左手の有鉤骨の手術を受けて出遅れたが4月13日のレンジャース戦で復帰すると翌日にはホームランを含む2安打を記録、6月には月間打率.300で21打点を記録するなど好調のチームをけん引した、9月21日には満塁本塁打を含む2本塁打を放って7打点を記録、同日には弟も2本塁打を放っていたためメジャー史上初の兄弟同日マルチ本塁打となった。快挙を知らされたグリエルは「弟にとっても僕にとってもうれしいことだ。弟が打つ度にチームメートから『また打ったぞ。おまえも打たなきゃ』と言われた。打てて良かった」と喜んだ。9月には打率.356で21打点と数字を積み上げて、打率.291、13本塁打に加えて前年を上回る85打点を記録した。




初記録
初出場 2014年6月8日楽天戦
初安打 2014年6月8日楽天戦:ブラックリーから
初本塁打 2014年6月11日オリックス戦:佐藤から
初打点 2014年6月11日オリックス戦:西から
初盗塁 2014年6月29日広島戦:8回裏にニ盗


キューバリーグ NPB MLB
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 14 16 17 18
本塁打王 2回
打点王 3回
最多安打 1回
MVP 2回


  打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
14 横浜 62 239 46 73 22 0 11 128 30 3 0 0 2 15 2 40 4 7 .305
通算 1年 62 239 46 73 22 0 11 128 30 3 0 0 2 15 2 40 4 7 .305


  二軍打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 犠打 犠飛 四死 三振 併殺 失策 打率
14 横浜 4 18 8 6 2 1 1 13 3 1 0 0 1 0 0 0 .333
通算 1年 4 18 8 6 2 1 1 13 3 1 0 0 1 0 0 0 .333


  MLB打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 アストロズ 36 130 13 34 7 0 3 50 15 1 1 0 1 5 1 12 7 1 .262
17 アストロズ 139 529 69 158 43 1 18 257 75 3 2 0 6 22 7 62 12 9 .299
18 アストロズ 136 537 70 156 33 1 13 230 85 5 1 0 7 23 6 63 22 5 .291
通算 3年 311 1196 152 348 83 2 34 537 175 9 4 0 14 50 14 137 41 15 .291


  ポストシーズン打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
17 アストロズ 18 69 5 21 7 1 2 36 8 0 0 0 0 4 0 10 1 1 .304
18 アストロズ 8 31 5 7 2 0 1 12 3 0 0 0 0 5 0 5 0 0 .226
通算 2年 26 100 10 28 9 1 3 48 11 0 0 0 0 9 0 15 1 1 .280


  AAA打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 AAA 4 18 3 4 1 0 1 8 2 0 0 0 0 1 0 4 0 .222
通算 1年 4 18 3 4 1 0 1 8 2 0 0 0 0 1 0 4 0 .222


  AA打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 AA 5 17 0 2 0 0 0 2 3 0 0 0 1 1 0 6 0 1 .118
18 AA 5 21 3 9 4 0 0 13 3 0 0 0 0 0 0 4 2 1 .429
通算 2年 10 38 3 11 4 0 0 15 6 0 0 0 1 1 0 10 2 2 .289


  A打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 A+ 4 14 2 6 2 0 1 11 9 0 0 0 2 0 0 3 0 0 .429
通算 1年 4 14 2 6 2 0 1 11 9 0 0 0 2 0 0 3 0 0 .429


  ルーキーリーグ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
16 Rk 2 7 0 2 1 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .286
通算 1年 2 7 0 2 1 0 0 3 0 0 0 0 0 0 0 2 0 0 .286



  キューバリーグ打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
01-02 SSP 87 353 59 106 26 5 7 163 50 7 6 4 6 8 5 33 3 .300
02-03 SSP 90 333 57 97 20 4 16 173 65 12 3 0 3 45 4 41 5 .291
03-04 SSP 55 215 49 77 14 7 9 132 42 7 3 0 2 19 5 25 4 .358
04-05 SSP 89 370 80 126 16 7 23 225 86 11 1 0 6 29 6 47 10 .341
05-06 SSP 90 349 89 114 19 11 27 236 92 21 4 0 6 51 7 30 3 .327
06-07 SSP 88 348 65 120 28 0 13 187 46 12 5 0 1 50 11 23 13 .345
07-08 SSP 79 295 68 89 14 1 22 171 71 3 0 0 7 48 9 20 15 .302
08-09 SSP 84 328 77 131 22 7 22 233 90 11 5 0 4 48 1 23 14 .399
09-10 SSP 89 344 90 125 17 2 30 236 105 5 4 0 3 54 6 29 11 .363
10-11 SSP 87 327 74 111 21 2 20 196 81 3 0 0 4 48 11 17 12 .339
11-12 SSP 89 321 58 104 18 0 22 188 85 14 4 0 7 61 7 34 10 .324
12-13 SSP 79 280 51 91 18 3 8 139 52 8 5 0 3 44 6 20 5 .325
13-14 IND 81 297 63 93 21 3 16 168 69 10 8 1 3 54 6 31 7 .313
14-15 IND 49 175 40 60 18 1 7 101 35 11 2 0 2 27 2 18 6 .343
通算 14年 1136 4335 920 1444 272 53 242 2548 969 135 50 5 57 586 86 391 118 .333


  WBC打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
06 キューバ 8 33 8 9 2 0 2 17 6 0 0 3 5 .273
09 キューバ 6 24 5 8 1 0 2 15 6 0 0 0 2 .333
13 キューバ 6 25 3 7 2 0 1 12 4 2 0 1 3 .280
通算 3年 20 82 16 24 5 0 5 44 16 2 0 4 10 .293


  オリンピック打撃成績
チーム 試合 打数 得点 安打 二塁 三塁 本塁 塁打 打点 盗塁 盗刺 犠打 犠飛 四球 死球 三振 併殺 失策 打率
04 キューバ
08 キューバ 9 35 6 8 2 0 0 10 1 1 0 0 6 0 3 1 .229
通算 2年







 
安打
本塁打
打点
盗塁
犠打
打率
試合
三振
併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
盗塁死

三振

併殺
勝利
奪三振
セーブ
登板
敗戦
被本塁打
et cetera

安打
二塁打
三塁打
本塁打
打点
盗塁
三振
併殺
盗塁死
勝利
セーブ
奪三振
完投
完封
敗戦
被安打
被本塁打
Average Record
打率
防御率
奪三振率
三振率
被本塁打率
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
SeasonRecord
安打
本塁打
打点
盗塁
打率
三振
勝利
奪三振
セーブ
日米通算 球団在籍選手
打者あ
打者か
打者さ
打者た
打者な
打者は
打者まや
打者らわ
投手あ
投手か
投手さ
投手た
投手な
投手は
投手まや
投手らわ
et cetera
大洋ホエールズ
横浜大洋ホエールズ
横浜ベイスターズ
全選手一覧
監督
その他

打者タイトル
投手タイトル
MVP
新人王
沢村賞
カムバック

et cetera
ベストナイン
ゴールデングラブ
サイクルヒット
ノーヒットノーラン
日本記録
球団記録
ALL
50S
60S
70S
80S
90S
00S
Team Record
巨人
阪神
中日
広島
ヤクルト
松竹&
西日本

ALL
勝利
敗戦
打率
本塁打
三振


65年
66年1次
66年2次
67年
68年